第5話 二人きりの時間・・・?

 真一たちは、さっきまで学芸会をしていたホールの裏にある、学園を一望できる丘の上に来ていた。彼らは緑の芝生の上にビニールシートを敷き、二人で一緒にお弁当を食べようとしていた。他の人から見れば、それは中学生の遠足の一場面のようにしか見えないかもしれない。しかし、真一にとっては娘(有栖川のことらしい)の学芸会を見に来たときの両親になったかのような気分であった。それはつまり、ミノリと夫婦であるかのように錯覚していたということである。そして、今から出されるお弁当はミノリの手作りなのである。真一は、劇の感動や悪鬼関連の話など全て忘れてしまう程にミノリの作ったお弁当が楽しみで仕方がなかった。


「はい。真一の分のお弁当」


 そう言って渡されたのは飾り気のないどこにでも売っているようなお弁当箱だった。しかし、それでさえ真一は「本当に夫婦で学校に来たときみたいだ!!」と心の中で喜んでいた。中身が気になって仕方がなかった真一は、早速蓋を開けて食べようとした。しかし、ミノリがまだ食べ始める気配がないことに気がついた。気になってミノリをよく見てみると、ミノリはお弁当箱を2つ持っていた。一つはミノリ自身の分だとして、もう一つは誰のものだろうか。ミノリは少食ではないが、別に大食いという訳ではない。そのため、二つともミノリの分だとは考え難い。となれば、自分のためにお弁当を2つも作ってきてくれたのだろうか。そう考えて真一は歓喜した。真一自身も大食いではなかったが、ミノリの手作り弁当なのであればいくらでも食べられる自信があった。


「ごめんお姉ちゃん。待たせちゃった?」


 真一の背後から少女のような声が聞こえてきた。その声は、知り合いの声ではなかったが、妙に聞き覚えのある声であった。真一が声の方へ振り返ると、そこには12,3歳くらいの少女が立っていた。少女は肩より少し長い美しい金色の髪に、透き通るような青い瞳をしており、ここまで走って来たのか少し息が上がっていた。服装こそ薄桃色のワンピースという年齢に似つかわしくない少し大人びた格好をしていたが、その嬉しそうな無邪気な笑顔は歳相応の少女の表情そのものであった。真一は、目の前にいる彼女の姿と、記憶の中のイメージとのギャップのせいで、しばらくは彼女が誰なのか分からずにいた。しかし、やがて彼女が先ほどの劇で姫役を演じていた有栖川麗華その人である事に気がついた。


「大丈夫だよ、アリスちゃん。私たちも今来たところ」


 ミノリが有栖川の質問に対してこう答えた。アリスちゃんとは、有栖川のことだろう。「ありすがわ」だから「アリスちゃん」という分かりやすいあだ名であるが、問題はそこではない。あだ名で呼べるということは、2人はそれ程まで親しい関係になっていたということである。ミノリが、いつから有栖川が悪鬼のターゲットになっていると分かっていたかは定かではないが、そんなに昔のことではないだろう。せいぜい3,4日前か、遠くても1週間くらい前であろう。そんな短期間で年下の、しかも小学生の才能溢れる少女と親しくなれるミノリはやはり只者ではない。

 真一が考えを巡らせている内に、有栖川は不思議そうな眼差しを真一に向けていた。当然であるが、彼女にとって真一は初めて会う相手なのだ。友達との待ち合わせ場所に知らない人がいたら不審に思うのは当たり前であった。真一はそんな彼女の心境を察して、自ら名乗ろうとした。

「えーっと・・・僕は、」

「あなたが星野真一ね!!」

真一の発言を遮るように、有栖川は真一に近づきながらこう言った。

「話はミノリお姉ちゃんからよく聞かされてたわ。お姉ちゃんの新しい友達なんでしょ!うわぁ、話には聞いてたけど本当に綺麗なんだね!女の子みたい!でも腕を見るとやっぱり筋肉があるね、カッコいいよ!剣を使ったダンスが得意なんだよね?始めたばっかりなのに凄く上手なんだっね!それに・・・」

有栖川は真一が想定していたような、恥ずかしがり屋の引っ込み思案の少女ではなかった。 初対面の真一を相手に、延々と一人で楽しそうに話し続け、もう完全に自分の世界に入っているといった感じだった。その迫力に、逆に真一の方が臆してしまった。


「ほらアリスちゃん。そんなに一気に喋ったら相手がビックリしちゃうよ」

ミノリがそう言って、優しく有栖川のマシンガントークを遮った。

「あっ!そうだった!・・・ごめんなさい、私、嬉しくってつい・・・」

「うん、大丈夫だよ。真一も、ちょっとビックリしただけだから。ね?」

「お、おう!」

突然ミノリに話を振られて戸惑いながらも真一は答えた。

「さ、アリスちゃん。劇も終わってそれからいっぱい喋ったし、お腹空いたでしょ?一緒にお弁当食べよ」

ミノリがそう言うと、有栖川は嬉しそうに笑い、真一たちのいるビニールシートの上へ上がった。

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