番外編① 来訪者

 有栖川ありすがわの劇が終わったのと同刻、真一たちがいるのと同じホール、その最後列に2人の女性がいた。

 2人とも青いジャージを着ており、頭には黒のキャップを目深に被っていた。顔はよく見えないため、2人の違いは髪の色くらいしか分からなかった。一方は黒い髪で、もう一方は白い髪をしていて、どちらの髪も腰に届く程長かった。

 周りの観客はみな、素晴らしい劇を見せてくれた子どもたちを讃えるように舞台に拍手を送る中、黒髪の女性はずっと不満そうにしていた。

「なぁノビー。小学校の学芸会にこんなに人が来るなんて聞いてないぞ」

ノビーと呼ばれた白髪の女性は少し困った顔をしながら答えた。

「本当だね。調べた情報だと、出演者の家族くらいしか見に来ないはずなのに」

そう言ってノビーは周り見渡した。

「どう見てもそれだけじゃ集まらない人数がここにはいるね」

あはは、と、可笑しそうに笑うノビーとは対照的に、黒髪の女性は更に不機嫌になって声を荒げた。

「笑ってる場合かよ。せっかく時間を作ってこっちの世界に来てやったってのに、これじゃ会うのも一苦労だ。御月から、ここに来れば会えるって聞いたんだがな…」

黒髪の女性は、それから大きなため息を吐いた後つぶやいた。

「いっそ、直接あいつらの基地にでも乗り込むか…」

「だめだよレーナ!あんまりこっちの世界に関わり過ぎるのはよくないよ!」

ノビーが慌ててレーナと呼ばれた黒髪の女性の考えを否定した。

「本当は、あの姉妹に会うのだってあんまりよくないんだから…」

そう言うノビー見て、レーナは面倒臭そうに頭を掻いた後、のっそりと起き上がった。

「じゃぁ、さっそと見つけて用件済ませよう。ノビー、この会場に溢れる声からミノリの声だけを聞き分けて、ミノリの場所を探してくれ」

「えっ?私が探すの?」

「そういう細かい作業が私にできると思うか?」

レーナにそう言われて、ノビーは渋々、しかし満更ではなさそうに声の聞き分けを始めた。レーナの要求は、普通の人間であればそんなことはできないし、よほど訓練された人間ですらおそらく不可能であろう無理難題であった。しかし、人間の常識など彼女たちには通用しなかった。ノビーは会場のざわめきの中から正確にミノリの声を聞き分け、ものの数秒で彼女の場所を突き止めた。

「見つけた」

「流石、仕事が早い!それで、どこにいるんだ?」

「私たちから前方に20m。そこから左に3m。一番いい席にいるね」

ノビーが指し示した場所にレーナ目を凝らした。

「お!いたいた、流石だな!」

「もう!真面目にやればレーナにだってできることでしょ?」

「出来るのと得意なのは別なんだよ……ん?」

レーナが急に言葉に詰まった。何かを見つけたようだ。ノビーは気になってレーナに尋ねた。

「何?どうしたの?」

「おいノビー、ミノリの隣を見てみろ」

そう言われて、ノビーはミノリの隣にいる人物に目を向けた。そこには長い黒髪を頭の後で一つにまとめた、ミノリと同い年くらい人物がいた。そしてその人物は、とても美しい顔立ちをしていた。

「わぁ!キレイな人!ミノリさんにあんな友達がたんだね。でも、それがどうかしたの?レーナ?」

「よく見ろ!アイツ、女みたいな顔してるが、よく見たら男だ」

「えっ、嘘!?……本当だ!…と言うことは…?」

「あぁ…と言うことはこれは…」

2人はゆっくりとお互いに向き合い、にやにやしながらこう言った。

「「デートだ!」」

ただ会いに来ただけなのに、面白い現場に遭遇してしまった。こうなっては、もう2人は好奇心のままに動いてしまう。会話の内容を聞いていると、ミノリたちはどうやらこれから昼食の時間らしい。とっておきの場所があるからと、隣にいた少年の手を引いて会場を出て行った。

「おい!私たちも後を追うぞ!」

「うん!あはっ!楽しくなってきた!」

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