第4話② 姫の歌声
長い暗転だった。
いや、実際は数秒だったかもしれない。
しかし、次の場面を今か今かと待ち構えていた真一にとっては、本当に長く感じられた。
彼にとって、暗転が明けた瞬間こそが勝負なのだ。この劇の中で、すでに存在が明らかになった人物でまだ登場していないのは2人。魔王と姫だ。どちらも重要人物であることは間違いない。ミノリが言っていた芸能界が目をつけるほどの人物が今まで出ていないとするのであれば、この2人のうちのどちらかだと、真一は考えた。
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暗転はまだ明けない。流石に長すぎではないだろうか。物音一つない暗闇の中、観客たちは次のシーンを今か今かと待っている。緊張が全身の感覚を鋭くし、今なら自分の鼓動さえ正確に聞き取れそうだ。そんな中、舞台から微かに音が聞こえた。舞台転換の音だろうか。真一は一瞬そう考えたが、すぐに違うことが分かった。
それは歌声だった。その歌声はどんどん大きくなる。美しくも悲しい歌声だ。舞台はまだ暗転している。しかし、舞台が見えずとも真一は感じた。この歌声は姫ものだ。この学園の誰かが演じている姫ではない。魔王に捕らえられた姫が、今舞台の上に存在している。そう感じたのだ。その歌声は瞬く間に観客全ての心を掴み、物語の世界へと引き込んだ。観客は皆、終わらない争いを嘆く姫の心と同化し、この暗闇でさえ姫の悲しみを表しているように感じられる。やがてその悲しみや嘆きが最高潮に高まったとき、遂に舞台が照らされた。そこには、眩いスポットライトの下、純白のドレスに身を包んだ美しい少女が立っていた。艶のある長い金の髪、大きな青い瞳、白い肌、熟れたリンゴにのように赤い頬、それら全てが強烈に姫を感じさせた。もちろん、容姿のみではない。彼女の歌が、彼女の仕草が、全て確かに姫を感じさせるものだった。
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劇はその後、魔王と勇者が戦い、激しい戦闘の後に勇者が勝ち、ハッピーエンドで幕を閉じた。魔王役の子も、とても迫力のある演技をしていたが、やはり姫には及ばなかった。それ程までに、姫の存在は圧倒的だったのだ。間違いない、彼女こそがミノリが見せたかった子だ。
素晴らしい演技を讃えるように鳴り止まない拍手喝采の中、呆然と余韻に浸る真一は、思わず呟いた。
「凄かった…」
それを聞いて、ミノリは嬉しそうに言った。
「でしょ!凄いでしょ!来てよかったでしょ!」
真一は、ボーっと舞台の方を見つめたまま、こう返した。
「ああ…本当に凄い…」
普段の真一ならば、ミノリが話しかけてきているのに、そちらを見ないだなんてことはありえなかった。それ程までに、姫の演技真一を劇の世界へと引き込んだのだ。
やがて拍手が鳴り止み、真一の余韻から覚めてきた頃、ミノリは真一に言った。
「分かったと思うけど、劇中で姫を演じていた子が、真一に見せたかった子だよ」
「うん、本当に圧倒的だったな…」
「そうだね。…それで、ここからが本題なんだけど…」
ミノリは真剣な面持ちになり、真一目を見た。真一は、ただのデートじゃなかったのかと驚きはしたが、真面目にミノリの次の言葉を待った。ミノリは少し周りを見回した後、真一にしか聞こえないような小声で言った。
「あの姫役の子、本名『
その言葉を聞いて、真一の余韻は完全に覚めた。
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