第2話 デート当日

デート当日


 大空学園は、初等部、中等部、高等部を総合した大学園だ。そのため規模も大きく、幅広い年代の子どもたちが通う超マンモス校となっている。表向きは様々な技術開発をしている大企業であるSOLAの資金提供によって成り立つこの学園には、SOLAの隊員も多く通っている。ミノリやその姉の御月みつき、雅輝や大智もその内の一人だ。進学校と言うより、それぞれの子ども達の得意分野を育てるを重視した学校であり、初等部の児童でもプロ顔負けの特技を持つ子どももいる。このようなことから、我が子を入学させたいと思う親は後を絶たず、大空学園は日本でも屈指の人気校となっている。真一は、その学園の正門前に立っていた。


 日付は10月の上旬。こよみの上では秋に位置付けられる季節だが、まだ寒さはなく、過ごしやすい気温となっていた。時刻は9:00、集合時間の30分前。真一はTシャツにジーパン、小さな鞄という格好でミノリの到着を待っていた。

真一ほどこのデートに対して真剣であれば、もっと気合を入れた服装(そしてその気合が空回りした服装)、例えばタキシードなどを着ていきそうなものである。それにも関わらず、こんなシンプルで無難な格好になったのには理由がある。


 家を出る直前の真一の格好は、今の服装に加えて、銀のネックレス、ブレスレット、腰に巻くチェーン、ゴテゴテした黒い皮のジャケット、ドクロの指輪などであった。真一は満足気な表情で鏡の中の自分を見て、そのまま家を出ようとした。しかし、幸か不幸か、その姿を妹の真理奈まりなに見られてしまったのである。真理奈はまだ11歳で幼かったが、真一に似て美しい容姿をしていた。しかしこのときの真理奈の顔は、驚きと呆れたのと怒りとで酷く歪んでいた。

そんな顔を見ても真一は「おはよう真理奈!僕はこれから出かけるから、留守番よろしくね」などと言い、真理奈の表情の理由に気づかないものだから、真理奈は慌てて真一に「お願いだからめて。その格好で外出ないで。こんな人が兄だと思われたくない!」と言って止めた。そこから真一は、真理奈に言われるままに渋々アクセサリーを外していき、最終的に現在の格好に落ち着いたのである。


 そんなことをしていたものだから、元々は8:30に、つまり集合時間の1時間も前に到着する予定であったのが少し遅れてしまったのだ。そんなに早く着いてもすることがないのではないか、と思うかもしれない。しかし、真一には秘策があった。

 どこかで見た恋愛テクニックの一つに、デートでは集合場所に早く到着して本を読め、とあったので、真一はそれを実行しようとしていたのだ。集合場所にまだミノリがいないことを確認した真一は、鞄から分厚いゲームの完全攻略本を取り出し、真剣に読み出した。丁度ゲームで苦戦していた敵がいたので、真一にとってとても有意義な時間の過ごし方だった。


「そうか…形態ごとに弱点が違うのか…じゃぁ最初は遠距離重視で後半は…」


などと呟きながら本を読む姿は、遠目に見るとそこそこ絵になるものだった(読んでる本が攻略本であることを除けば)。そんなこんなで、真一はミノリが来るまでの時間を有意義に過ごした。

ミノリが集合場所に到着したのは9:20。集合時間より早く着いたはずなのに先に到着していた真一を見て「ゴメン、待った?」とお決まりのセリフを言うものだから、真一は爽やかな笑顔で「いや、今来たところだよ」とここぞとばかりに言ってやった。

 見ると、ミノリはいつも通りの制服で来ていた。自分のいる学校に来るのに私服というのもおかしな話なので、考えてみれば当然である。しかし、真一は少しガッカリしていた。SOLAではいつも制服を着ているミノリなので、休日に会うときくらい私服が見られると思っていたのだ。しかも2人きりのデートだ。もの凄くオシャレをしてくるかもしれない。そう期待していたのである。しかし、真一はそんな様子を外には出さなかった。万が一にでもミノリに不快感を与える訳にはいかないからだ。真一は至って平然と、

「今日は何をするのかな?用事の内容は当日まで秘密って言われてたけど?」

と、ミノリに話しかけた。ミノリは、

「行けば分かるよ。さ、行こう!」

と言って、真一の手を掴み、そのまま学園内へ入って行った。


 突然掴まれた真一は、当然平然としてはいられなかった。ミノリの細く白く柔らかな手が、自分の手に触れていると思うだけで、言い様のない幸福感に包まれた。そして同時にかつてない程の動揺と緊張感に襲われた。これら2つの感情が同時に押し寄せてきた真一の表情は、ミノリから見れば単に驚いただけのように見えたかもしれない。しかし真一は全身が真っ赤になっており、思考がまとまらず、非常に混乱していた。


 結局真一はずっと混乱したままミノリに手を引かれ、自分がどこをどう通ってきたのか全くわからないまま目的地に着いた。真一は、ミノリに「ここだよ」と言われると同時に手を離され、それでようやく我に帰った。周りを見渡すと、目の前には大きなコンサートホールのような建物があり、入り口前の立て看板には「大空学園おおぞらがくえん初等部しょとうぶ学芸会がくげいかい」の文字が書かれていた。


「もしかして…用事ってこれ?」

にわかには信じられないという様子で真一はミノリに尋ねた。しかしミノリは屈託のない笑顔で、


「うん!そうだよ!」

と答えるのみだった。

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