第47話 東方小国群 ライクライ⑩

「あら?皆さまご無事でしたのですね!村を出られてから行方不明と聞いて心配致しましたわ!それで、どうされたのです?事件の方は無事解決頂けたのですか?」


 謁見の間へと進んだ私たちを見たプリメラさんは、一瞬驚きの表情をみせましたが、直ぐに満面の笑みで上書きして近づいてこられました。


「そうですね。事件の真相がようやく掴めましたので、その報告に。」


 油断なく、少し距離をとった状態でアレンさんがそう答えました。


「真相、ですか?それは一体どのような……?」


 不思議そうな顔で首を傾げるプリシラさん。その表情には全く偽りがないように見えますが……。


「ええ。今回の事件がプリメラ王女、貴女とそこの貴族、メドレによって引き起こされた、という事です。」


 そう言い放ったアレンさんに対し、突然何を言われたのか分からない、といった体でプリメラさんが返します。一方のメドレさんは困惑の笑みを浮かべてはいるものの、平静を保ったままの様子。


「ええ!!それは一体どういう事ですの?私が何をしたと……?

 カンナお姉さま!お姉さまも何か仰って下さい!お姉さまは私の事、信じて下さいますよね!?」


 そこで、カンナさんに縋るような目を向けるプリメラさん。正に小動物、と言った体で庇護欲を駆り立てられる姿ですが、カンナさんは静かに首を横に振ります。


「プリメラ王女。私も同じ結論に至っています。」


「そっ、そんな!?お姉さままで私を疑っておられるだなんて……。あんまりですわ!」


 そこで、助けを求めるように、玉座の主へと向きを変え、訴えはじめました。その表情、目にはまだ余裕のようなものも感じられます。


「お父様!皆さま、何かお考え違いを為さているようですわ!私が事件の犯人だなんて恐ろしい事を……。

 そうですわ!別の部屋でお休み頂いて、ゆっくりお話すれば、誤解も解けるはずですわ!そう致しましょう!?」


 切実そうに見えるその訴えは、静かに首を振った父親に退けられる事となります。


「プリメラ。そなた達が儂らに掛けた術は既に解けておる。そして、事の真相も全てアレン殿たちから伺っておる。そなたの思い通りにはならぬぞ。」


 哀しそうな表情ではあるもののそう言い切った王が片手を挙げると、脇に控えていた兵士たちが進み出て、プリメラさんに矛先を向けます。


「!」


「大人しくしなさい、プリメラ。王族として籍を置きながら、無辜の民を手に掛けたそなたの罪は重い。我が娘とはいえ、容赦は出来ぬ!」


 そこで、初めてプリメラさんの表情が変わります。驚きから憮然へと変化し、唇を固く締めたままうつむいて暫く静止します。そして数瞬の後、顔を上げて大きな声で笑い始めました。


「くっくくくくくく!ははははははははははっ!!」


 ひとしきり広間に声を響き渡らせた後、私たちの方へと顔を向けました。そこには黒い笑みが貼り付いており、普段の印象を大きく覆す形相です。


「なるほど!村を出た後行方をくらましたので、森の吸血鬼にでもやられて野たれ死んだのかと思っていたら……。こそこそと嗅ぎまわって、私を貶めるための策を弄していた、と言う訳ね!!やるじゃないの!!王族・貴族が集まっているだけあって、冒険者としては二流だけど、権謀術策は一流ってわけ!!大したものだわ!!」


 痛いところをついてきましたね。まあ、冒険者としての実力はまだまだというところと、出自その他コネを上手く生かして調査、そして王たちに掛けられた術を秘密裏に解くところまでこぎつけたのは事実なので、その評価は正当だとも言えます。


「何故です、プリメラ王女!あんなにも慕って下さっていたというのに、何故私たちを嵌めるような真似をしたのです!」


 プリメラさんは、カンナさんのその問いに、ドス黒い笑顔と声で答えます。


「はあん?そんなの演技だったに決まっているでしょう!あんたの事なんて、最初っから大~~嫌い、でしたわ!!大体、前の大戦で調子に乗って人の国を占領して、好き放題やっていたっていうのに、好かれると思う方がどうかしているわ!しかも、移民合衆国に大敗した分際の癖に、今ではすっかり復興・繁栄しているし!!」


 色々と心の内に不満を溜めていたようです。まあ、ゼスタネンデがここら一体に侵攻、占拠していたのは事実ですので、よく思われていないのは特に不思議な事ではありませんが。『大東亜共栄圏』という名の傀儡・従属国造り、みたいな。笑顔の演技の下で、復讐の機会を狙っていた、という事でしょうか?


「カミだとかいう化物共の威を借りているだけの分際のくせに!!しかも、移民合衆国にも色目を使って、いいように甘い汁を吸って!!

 ……だからね?私は決めましたの。力を手に入れると。この国にも力さえあれば、それと同じ事が出来るって!!」


 そこで、唐突にプリメラさんが腕を振るいました。それに合わせて、出現した闇が周りの兵士たちを吹き飛ばします。そして、人間とは思えない跳躍力で後ろへと飛びずさりました。


「ふふふふ!!こんな風にね!彼、メドレがそれを叶えてくれる、いや、くれたわ!!」


 着地点には、兵を引き連れたメドレさんが変わらず静かに立っていました。プリメラさんは彼にしな垂れかかります。


「ねえ、貴方。私に力を貸して下さるのでしょう?ここにいるお馬鹿さんたちをぐちゃぐちゃにして、一緒にこの国を世界一の大国へと導きましょう!」


 妖艶に微笑むプリメラさんの手を優しく引き剥がし、メドレさんが前へと進みでます。そして、何故か私の方へと声を掛けて来られました。はて?何か気に障る事をしてしまいましたでしょうか?目立たぬよう、大人しくしていたつもりでしたが。


「貴様がヒュペリカの言っていたあの……、リリシア・クリステアか!貴様がいる以上、出し惜しみはせん。全力をもって、確実に仕留めてくれよう!」


 今まで涼やかなイケメン顔を崩さなかった壮年貴族、もとい魔族のメドレさんが本性を現しました。抑えていた魔力も開放し、蝙蝠のような羽根も生やして若干グロテスクな感も醸し出しております。そして、後ろに控えて、もとい擬態をしていた部下たちも正体を現し、私たちを取り囲みにかかります。


「ヒュペリカさんが何を仰っていたのか存じ上げませんが、それは買被りというものです。私はただの記録係ですので。

 ……それに、どうやら貴方のお相手は私たちでは無いようです。」


逆に言うと、後ろの方々はちょうどよく私たちのダンスのお相手になるのでしょうか?そう言った私の直ぐ後ろに唐突に巨大な闇の気配が出現しました。


「……なっ!こっ、これは!!」


「ご機嫌よう、皆さま方。」


 皆さまのご期待通り、多数の蝙蝠の幻影とともに登場されたリーゼロッテさんが優雅にカーテシーをきめられました。その格好ともマッチして、とても様になっておりますね。


「この昼間から!?デ、デイ・ウォーカーの吸血鬼なの?ま、まさか……。」


 その姿を認めたプリメラさんも驚きのあまりか、口をぱくぱくしながら言葉を絞りだします。


「初めまして。私は闇夜の眷属にして、可愛い妹たちを統べる真祖が一柱。リーゼロッテ・ターゲッフェンガーと申します。以後お見知りおきを。」


 唖然として言葉も出て来ない一同をよそに、たおやかに微笑みながら自己紹介をされるリーゼロッテさん。若干、一族に対する嗜好が滲み出ておりますが。


「そして、いきなりで大変申し訳ございませんが、皆さま方には死んで頂きますね?」


 笑顔のまま、そう言い切るリーゼロッテさん。表情が変わった訳でもないのに、その中に昏さが加わったように思えます。有無を言わさぬ巨大な圧力が周囲を凍てつかせました。ぶるぶる。今年最大級の寒波――冬将軍でも到来されましたかね。雲の発生地点が陸地に近い程、寒気が強いらしいですよ。


「……な、何故お前が人間たちの味方をする!?こんな国や冒険者の事などどうでもいい事のはずだろう!」


 場に呑まれ圧倒されつつも、メドレさんがそう疑問を呈します。単なる利益を追い求める獣ライクな方々なら確かにそうなのですが……。


「あら?私たちは誇り高き闇夜の眷属ですのよ?たかが人間や下っ端魔族程度にいいように利用され、それを許容するとでも?それに……。」


 そこで、私の方に視線を送るリーゼロッテさん。


「全く知らない娘たちと言う訳でもありませんですし。可愛い義妹候補のためにひと肌脱ぐのは、優しいお姉さまとして当然の行いではないでしょうか?」


 不吉な当て字をされた感がとてもしますが、今はリーゼロッテさんに前に出て頂いた方が、都合がよいので黙っておきます。これが、保身という奴ですかね。汚い大人にはなりたくないものです。『歯喰いしばれ! そんな大人!修正してやる!』、『これが若さかッ……(きりっ)』、みたいな。


「……くっ!仕方ない!真祖とはいえ、たかが吸血鬼!この私の敵では!」


「……くすくすくす。エンシェント・シックスならいざ知らず。たかだか下っ端の魔族如きに侮られるとは思いませんでしたわ……。」


 プレッシャーを跳ね除け、どうにか虚勢だが強気の発言を絞りだしたメドレさんでしたが、それは死亡フラグというものです。『風が吹けば桶屋が……』的な奴ではないですよ?あれくらい先読みが出来るのであれば、『りゅうおう』にもなれますかね。この『だら』が?


「身の程を知りなさい!!」


 かつてない程のプレッシャーという名の魔力が吹き荒れます。思わず私も後退ってしまいました。がくがく。ぶるぶる。どこか、隠れられる段ボールとかは無いでしょうか?


「ぐっ、があああああああああっ!!」


 メドレさんがそれに耐えきれず、リーゼロッテさんに向かって行きます。はい。これで人生

オワタと相成りました。ご愁傷さまです。

 暫く弄ばれた上に、圧殺される未来が目に視えておりますので、後は私たちが目の前の雑兵たちのお相手をするだけですね。

 とはいえ、私が何かする必要がありそうな感じではなく、アレンさんたちだけで十分戦えそうな感じの方々たちです。魔族やちょっとした人外っぽいものが混じっておりますが。そもそも、私は非戦闘要員ですからね。とりあえず、周りの方々に声を掛けておくだけにしましょう。


「あなたたち、ちょっとだけ力を貸してあげて下さいね。」


 そんなこんなで、アレンさんたちが兵士たちへと向かってしまうと、私はプリメラさんと二人取り残されたような感じになりました。リーゼロッテさんもメドレさんで遊んでおられるようですので、やることもなくちょっと暇です。という事で、ちょっと話かけてみる事にしました。


「プリメラさん。ちょっとお伺いしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」


 突然話かけた私に、びくっと肩を跳ね上げられましたが、相手が無害そうな私だけだという事で直ぐに気を取り直したのか、話に応じて下さいました。


「何かしら?……リリシアさん、でしたかしら?」


「ええそうです。よくご存知ですね。お返事頂けたところをみますと、お付き合い頂けるという事ですかね。

それで早速の質問なのですが、何故どちらにも助力されないのでしょうか?一応、それなりに戦えるようにお見受けしますが。」


 まあ、手を貸したところで、最後はリーゼロッテさんに全て吹き飛ばされてしまいそうですが。『出て来なければやられなかったのに!』みたいな。


「何故?メドレが全て何とかして下さいますのに、私が何かする必要があるかしら?」


 そうですか。盲信とは言え、何かを一途に信じられるというのは凄い事ですね。まあ、それで何でもどうにかなる、という事は無いのですが。救われるかどうかは気の持ちようでしょうけれども。気合いだけでは戦力差を埋められません。とりあえず、そこはスルーして続けます。


「そうですか。それと、もう一つ。カンナさんへの鬱憤から私たちを陥れようとした、というのは分からないでもないですが、何故自国民を犠牲にされたのですか?吸血の被害者もそうですが、人外化してそれを行ったのもこの国の方ですよね?」


「それも、何が不思議なのか分からないですわね?この国の主となる私が、民をどうしようと何の問題もないでしょう?それに彼らも、私たちの素晴らしい計画の礎となれたのですから、本望でしょう?むしろ、それに歓喜、涙している事でしょう。」


 もう何を言っても駄目な感じですね。もともとこういう性格だったのか、メドレさんがこうなるよう仕向けたのか。どちらなのかは分からないですが。


「……そうですわね。メドレからは貴女には手を出すな、と言われているのですが。魔族とはいえ、唯のクォーターに今の私が恐れる必要は何もないですわね。

 折角メドレに貰った力ですもの、少し試してみましょうかしら?」


 力を手に入れた者はそれを使いたがる、という事ですね。使わずに理性を保っているには相応の資質がいるものです。大概、自ら持ちたがる、やりたがる人間に任せると碌な事になりません。王や兵士たちを操っていたのも、村で事件を起こしていたものの『吸血能力』同様、人外化により得られた力によるものでしょうか?


「やめた方が宜しいですよ。そんな『人外に成り損なった』程度の力では、本物の魔族には通用しないと思います。」


 四分の一だけですけどね。


「はっ!!対した自信ね!!」


 プリメラさんが手を伸ばすと、掌から私に向けて漆黒の雷撃が走りました。忠告を聞かない人ですね。私はそれを無言で払い除けます。


「……」


「!!なるほどね!魔族だけあって、魔術に対する耐性はそれなり、って訳!だったら!」


 魔術がいともあっさりと弾かれたのをみて若干放心をしていたプリメラさんでしたが、直ぐに気を取り直して、更なる実力行使にでました。人間離れした脚力で一気に近づいてきた彼女は、変質した指先を私の顔めがけて差し入れてきました。


「危ないですね。」


 私はプリメラさんの手首を掴んで、それを間一髪のところで止めました。ふぅ、危ないところでした。油断大敵です。というより、近接戦なんて、昨今ではほぼしたことがありません。記録係ですので。


「ぐっ!?こんな!!」


 尚も追撃を加えようとしたプリメラさんを、後ろに生じた魔法陣から伸びた鎖が絡めとり、動きを封じます。


「安心して下さい。鎖で拘束した上に、『ちょっとだけ痛いの我慢できる?』とか言って砲撃したりはしませんので。」


 『全力全開』とか言ったりして、お友達にも容赦ないですね『白い悪魔』さんは!


「ですが……。」


 ゆっくりとプリメラさんの将来性ある胸元へと手を伸ばします。


「少し、頭冷やそうか?」


 私はプリメラさんの自信の源を握り潰すことにしました……。


 結局、私がプリメラさんと和やかにお話をしている間に、アレンさんたちはどうにか兵士たちを撃退し、リーゼロッテさんは遊ぶのに飽きて、ボロ雑巾となったメドレさんを片手に居城へと戻っていかれました。色々と禍根が残る結果ではあるものの、これにて事件は一件落着?です。今回は散々でしたね。

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