第46話 東方小国群 ライクライ⑨
私が目を覚ますと、目に映ったのは地面に横たわる皆さんの姿でした。まだ息はしていそうですが、気を失う直前に見たのと同様、全身傷だらけでボロボロの状態です。
一方の私はと言うと、何故か椅子に座らされておりました。しかも、見慣れぬゴシック調の衣服を身に着けた状態です。はて?いつの間に着替えたのでしょうか?しかも、体を動かそうとしたのですが、指一本反応しません。何か、大きな力に押し付けられているような感覚です。
「一体どうなったのでしょうか……?」
幸いな事に口は大丈夫のようです。そして、もう一つ動かす事が可能な眼球を使って、周囲を観察します。すると、私の直ぐ横に、椅子の背にもたれかかるような状態で一人の少女がいるのを発見しました。
「あら?もう目を覚ましたのね。うふふ。おはよう。よく眠れたかしら?」
「ええ。十分に。ですので、この束縛を解いて頂けると助かります。」
甘い声が耳朶をうち、くすぐるのを我慢しながら私は答えます。そう言えば、とある業界では、どんな時間帯でも『おはよう』と挨拶されるのでしたでしょうか。何でも、顔面を白塗りにしたかぶき者たちの挨拶が起源だとか。まあ、そんなことは、今はどうでもいいですね。
「くすくす。流石はマキの娘ね?全く動じていないなんて。でも、駄目よ?もう少しそのまま私とお話しましょう?」
残念ながら、簡単には開放して頂けないようです。ただ、直ぐに何か危害を加えられるという事もなさそうですので、抵抗は諦めて『お話』に付き合うことにします。
「母の名前をご存知だという事は……、貴女がオロチさんの言っていた『ロッテ』さん、という事ですか?」
「ええ。そうよ。私はリーゼロッテ。闇夜の眷属の主、真祖の一人よ。最近はこの辺りを縄張りとしているの。ここに来る途中、私の可愛い眷属――妹に会わなかったかしら?
マキやオロチとは『永遠の17歳』仲間と言ったところね。宜しくね、リリシアちゃん?」
やはり、この方が『ロッテ』さんだったようです。吸血鬼の真祖、という時点で17歳はとても信じられる年齢ではありませんが。まあ、お母さま含めて、皆さん見た目は公称値に準じて若いのですけれどね。
それにしても、何故私の名前をご存知なのでしょうか?お母さまから聞いていたのか、或はここまでの道中の会話をどこかで聞かれていたか。脳に直接聞いた、という怖い想像もありますが、とりあえず脇に置いておきます。
「妹さん、というのはロッティーシャさんの事でしょうか?その方でしたら、不幸な事故で剣を交える事になってしまいましたが、大きな傷を負われることも無く、何処かへと去って行かれました。ついでに、その際ここをご紹介頂きました。」
「あらあら、あの妹ったら……。まあ、貴女は勿論、他の娘たちも含め、私好みだと思って気を利かしてくれたのかしら?」
新たな妹?候補を、という事でしょうか?余計なお心遣いですので、丁重に辞退させて頂きたかったですが。というか、ロッテさんは此処からその様子を伺われていたと思われますので、その上で黙認しただけでしょう。
「まあ、お陰でマキの娘にも会えたことだし……、お仕置きは無しにしておきましょうか。」
「そうして頂けると助かります。どうやら、私たちも勘違いで喧嘩を吹っかけてしまったようですので。」
ここにきて、何となく事件の全貌が見えてきました。正直、動機が見えてこないのですが、まあ、心の中を読む事は出来ないので仕方無い事ですかね。全ては行動その他からの推察で、真実は常に闇の中です。
「いくつか、質問してもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論。もっと、お話しましょう?」
満面の笑顔で了承頂けたので、これ幸いと情報収集をさせて頂きましょう。後で法外な料金を請求されたりしないですよね?原価数円の飲み物が、お話付になるだけで、その千倍、万倍になったりする怖い世の中ですから。
「村の事件は、リーゼロッテさんやロッティーシャさんが起こされたものでは無いのですね?」
「ええ。私は勿論、あの妹も、かわいい娘以外は好みではないもの。それに、乾涸びるまで吸うなんて無粋な真似、闇夜の眷属の振る舞いとして相応しくないでしょう?
ああ、後、私の事は『ロッテ』でいいわよ。」
なるほど。村で聞いた、昔と今とで被害者の傾向が異なる、という話とは合致しますね。やはり、そういう偏った嗜好をお持ちの方だったようです。
「そうですか。ありがとうございます。早速次ですが、ロッティーシャさんが兵士たちを惨殺したのは、彼らが実際の犯人だったから、ですか?」
「ふふふ。そうよ。無粋な真似をした上に、私たちの所為と見せかけるなんて……。私たちへの侮辱だとは思わないかしら?だからね、報いを受けて貰いましたの。」
実行者が『粛清』と言っていたのはそういう理由ですね。自ら『貴族』と称するような方々ですから、相応にプライドがお高いのでしょう。それに見合った実力もお持ちですしね。
「では最後に。あの、兵士たちの中に混じっていた『異形の化け物』は、ロッテさんたちの同族ではない、という事で宜しいでしょうか?」
「ふふふふふ。よく観察しているわね。そう。あれは単なる『人外のなりそこない』と言ったところではなくて?私たちとは全く関係のないものね。一緒にされるようでは心外だわ。」
そうでしょうね。人間が『真似てみた』感じの、洗練されていない形相でしたし。
「要するに、今回の依頼は自作自演、私たちは何らかの意図をもってここへ導かれた可能性が高い、という事でしょうね。」
「ふふふ。そうね。まあ、大方この私に貴女たちを始末させようとでも思ったのではなくて?
まあ、人間たちだけで実行出来た仕掛けだとは思わないけれども。」
裏には……、という事ですね。これ以上は冒険者らしく?自らの足で調査・対応すべき事がらでしょう。ここらで答え合わせは切り上げる事にします。タダより怖いものはなく、またそれ以外でも体で払わせられそうで危険です。妹的な意味合いで。
「色々とありがとうございました。それと、もう一つお願いが。今後の方針に関して相談したいので、皆さまを開放して頂きたいのですが。また、ついでと言ってはなんですが、一部屋お貸し頂けたら。説明・説得には結構時間を要しそうですので。」
「あら?もういいの?……それは残念ね。
部屋の方も構わないわよ。何だったら、私が人間たちを説得して差し上げてもいいわよ?」
表面上穏便な言葉が使われておりますが、お任せしたら大変な事になりそうなので、丁重にお断りすることにします。ただ、首を縦に振るだけの人形になったり、虚ろな目で終始うつむき顔になったりしそうです。
「いえ、そこまではして頂かなくて結構です。後は私の方でどうにかしてみます。」
「ふうん。……まあいいわ。あっ、そうでしたわ。これを返しておきましょう。」
そう言って、私に見覚えのある紅い液体が入ったボトルを差し出します。
「ちょっと味見をしてみたかったのだけど……。」
「そうですか。好奇心に身を任せられなくてよかったと思いますよ。美味しいものは体に良くないものです。大体が脂肪と糖とか。」
そんなこんなで、ようやく解放された私たちは、長い議論を経て、証拠集めと事件解決のための打開策を練るべく動き出しました。詳細は割愛なのですが。
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