第44話 東方小国群 ライクライ⑦
そこは血と死体に埋め尽くされておりました。死体の大半は、身に着けている武具からこの国の兵士だろうと推測されます。中には、体の一部が蝙蝠?にでも変化したような、異形のものも含まれております。そして、その山の中央には一人の女性が佇んでおりました。
「君たちは……、冒険者か?こんなところに何の用だい?」
その女性は私たちの姿を認めると、平然と話しかけてきました。ボーイッシュな口調のハスキーボイスが耳に心地よく、それが周囲との対比で違和感をもたらします。
「お前こそ何者だ!?こんなところで何をしている?」
周囲に満ちた血の匂いに触発されたのか、若干興奮気味のアレンさんが問い返します。
「僕?僕はロッティーシャ・ターゲッフェンガー。誇り高き闇夜の眷属さ。何を、というところは単純な話。我々の誇りを汚す者たちに粛清を加えていた。ただそれだけの話だよ?」
そう言い捨て、ロッティーシャさんは周りの骸たちに侮蔑の視線を向けました。口調にあった短い髪が微か揺れ動きます。村で聞いていた、礼儀正しい女性の方、というのはこの方の事でしょうかね。
「お前は……、吸血鬼か!今回の事件を引き起こしていたのはお前なんだな!?」
「?だから、粛清を加えていた、と言っただろう?」
アレンさんの詰問に困惑した表情のロッティーシャさん。確かに、何となく話が噛み合っていない感はします。ただ、自らを『闇夜の眷属』と称しておられたことからすると、吸血鬼であることは間違いなさそうです。また、それが今回の事件の犯人とイコールであるかは不明ですが、少なくとも、今目の前にある惨状に関しては彼女がやったものである事も確かなよう。
「君が何者で、何を目的としてこんなところにいるのかは正直よく分からないが、少なくともこの兵士たちを惨殺したのは間違いないな?冒険者として、これは流石に見逃せないな。とりあえず取り押さえさせて貰う!」
クレイさんが冷静にそう言い放ち、武器を構えます。それに合わせて、他の皆さまも戦闘態勢へと移行しました。
「君たちはこいつらの仲間ではなさそうなので、僕としては特に争うつもりは無いのだけど……。そちらがやる気ならば仕方無いね。相手をしてあげようか!可愛い娘たちをお土産にしたら、お姉様も喜んで下さりそうだしね!!」
ロッティーシャさんが腰の細剣を抜き放ち、私たちへ向けて構えると同時に、周囲の闇が増したように感じられ、無言圧力が私たちを襲いました。これは、中々強大な力を持っていると考えた良さそうです。まあ、精鋭?である大量の兵士を簡単に屠っているところからして、それは明らかな事ではありますが。
「英霊の力よ!我らの武具に貴君らの加護を!」
「風精よ!力を貸して貰うぞ!」
まずはカンナさんが皆さんの武具に神霊の力を宿らせるとともに、レンさんが風精にお願いして身体を軽く、動き易くします。まあ、強敵との戦いでは定番の、補助魔法で能力アップ、という奴ですね。これがあるのとないのとでは、ボス戦での生存率が大きく変わってきます。しょーがくせいにそれを求めるのはどうなんだ、というのはありますが。
「ふふっ!まずはこんな感じかな!?」
それを見てとったロッティーシャさんは、軽快な動きで死体の山から駆け下りると、アレンさんに対して神速の突きを繰り出してきました。
「ぐっ!?」
それを辛うじて捌いたアレンさんは、勢いをいかしつつ切り返しを狙いますがそれはいとも簡単に空を斬り……。
「遅いよ!」
ロッティーシャさんが放った蹴りをまともに受け、吹き飛ばされます。とんでもない威力ですね。流石は吸血鬼、身体能力は桁違いのようです。それにしても、短いスカートで蹴りだなんて、中が見えていてもおかしくありませんね。なんと破廉恥な?けしからん、もっとやれ!
「このっ!」
「はあぁっ!」
すかさず、ミレニアさん・クレイさんが斬りかかります。ですが……。
「甘い!」
それも、簡単に受け止められてしまいました。クレイさんの剣は細剣で絡めとられ、ミレニアさんの方は腕を抑えられています。
「ぐっ!!」
そして、クレイさんの方は、『お前はいらない』とばかりに、直蹴りで吹き飛ばされてしまいました。一方のミレニアさんは、振り払おうと力を入れてもビクともしない、という有様です。それどころか、もう一方の腕もとられ、顔を近づけられます。
「な、何よ!」
ロッティーシャさんは無言のままミレニアさんの首筋に舌を這わせ、舐めとるような動きをみせます。突然の所業に、ミレニアさんも若干腰砕け気味になりました。
「ちょっ、ちょっと……!」
「ふうん。そんななりで、結構可愛いんだね?まだ男も……。」
と、そこでミレニアさんの渾身の蹴りが繰り出されたため、ロッティーシャさんは慌てて飛びずさりました。
「な、なにを言おうとしてんのよ!!あんたは!!」
「ふふふ。まあ、いいや。次行こうかな?」
どうやら、舐めとった血液成分から、乙女の秘密?も暴けるようです。とても危険な能力ですね。気を付けないと。そんな事、あんな事が白昼に晒されてしまいます。がくがく。というか、やっぱり怪しいお店で裏メニューを担当されてはいなかった、という事でしょうか?
「雷光よ!彼のものww……。」
「あんたは邪魔!」
レンさんが隙をついて古代語魔術による攻撃を試みようとしましたが、いつの間にか接近したロッティーシャさんに蹴り飛ばされ、あえなく中断となりました。心なしか、他の方々より飛距離が長いように見受けられます。色々と軽い感じだ、という事でしょうかww?
「光輝を!彼のものを打ち据えなさい!」
そして、カンナさんも魔術攻撃を試みますが……。
「まだまだだね!」
それを、いとも簡単に素手で弾いたロッティーシャさんは、カンナさんの更なる追撃も軽くステップを踏んで避けながら接近します。
「あんっ!」
そして、ミレニアさん同様、カンナさんも舌による成分分析の餌食となります。ちょっと色っぽい感じでしたね。ゴチソウサマデス。
「ふふっ。こっちも、中々の上物!これはそそられるね!」
何だか知らないですが、ご満悦のようです。とりあえず、これで満足してご退散頂けないでしょうかね?それ以上は妄想の中だけにして下さい、みたいな。
「あとは……、と!」
残念ながら、私の方に狙いを定めて来られたようです。何で性別がばれたのでしょうか?匂いとかで判別出来たりするのですかね。単純に夜目が効くので光が遮られていても関係ない、と言うだけかもしれませんが。そして、ちらりと目に入ったクレイさんの表情が、心なしか期待に満ちているように見えるのは気のせいでしょうか?最近、ちょっと疲れ気味なのが原因ですかね。養生しないといけません。効いたよね?早めの何たら。まだ飲んでいないですけれど。
いつの間にか接近してきていたロッティーシャさんの手を紙一重で避けてすれ違ったところまでは良かったのですが、余計な事を考えていて反応が遅れて、覗き込まれたフードの中で目を合わせる羽目となりました。
「君は……!」
驚きの表情を見せたのち、数歩進んだところでロッティーシャさんが動きを止めました。そして、暫くすると、肩や頭を震わせ、突然大きな声で笑いだしました。
「はっ、はははははははっ!
これはいい、退屈な仕事かと思っていたら掘り出し物に出会えたかな?
とはいえ、これは僕が先に味見をしたら怒られてしまいそうだ!」
「?何を言っているんだ!」
そこで、こちらを振り返られたロッティーシャさんは、元いた山の上へと飛び移り、疑問顔の私たちに言い放ちます。
「ふふふ。残念ながら、僕だけで君たちをもてなす訳にもいかないみたいだ。
きっと、お姉様が盛大に歓迎して下さる事だろうから、この奥へと進むといい。
暫く行けば、美しき居城が君たちを出迎えてくれる!」
そういって、更に東の奥を指さしたロッティーシャさんは、私たちをその場に置き去りにして、奥へと去って行ってしまわれました。
あまりの早業に、暫くの間呆然と佇んでいた私たちでしたが、今更あとに引く訳にもいかず、その後を追って奥へと歩を進めることとなりました。
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