第20話 学園都市 ワイズアビス⑦

 闇に呑まれてから数十分程たったところでしょうか(因みに、時間は後から逆算・推察したものですのであしからず)?

 目を覚ました私は、周りを見渡しました。すると、案の定天井は埋まっており、もと居た場所に戻る、というのは難しい状態です。

 もっとも、埋まっていなくとも、どの位落ちてきているかも分からず、登る術もない状態なので如何ともし難いのですが。

 そして、入り口の方向と思しき側の通路も瓦礫で塞がれており、通り抜け出来ません。


「……んっ。こ、ここは……。」


 と、そこでレンさんも目を覚まされました。直ぐに焦点の定まらない瞳で周りを見渡され、私と同じ結論に至ったようで、溜息を一つ零されます。

 そして、私の方へ視線を移されたところで、何故か驚きの声を上げられます。


「お、お前は!り、リリシアか……?」


「はい。そうです。どうやら一緒に底まで落ちてきてしまったようです。しかも……。」


 そう言って、私は埋まっていない先の方へ視線を移します。その先には見事なまでに四つに分かれた路がありました。


「見ての通り、四択のようです。

 正解を選べる確率が無い訳ではないですが、かなり分が悪いのではないかと思います。

 勿論、一旦地上に戻る、というのも悪くない選択だとは思いますが。」


「そ、そうだな?勇者の子孫たちと合流するのも難しそうだし……。

 そんなに猶予がある訳でもないから、賭けてみるか?

 と、いうよりそれしかやり様がないのか……。」


 レンさんは私の方にちらちらと視線を寄せながら、そう呟かれます。

 そうですね。上にも登れず、後ろに道が無い以上、前に進む以外の選択肢は無い(この場で待っても、直ぐに合流できるとは思えませんので)状態です。

 1/4でも可能性があるだけまし、でしょうか。今のところ、ですが……。


「ところで、レンさんは、よく何もないのに物が飛ばされたり、隠されたりする、と仰っておりましたね?」


 私は、4つの選択肢を前に迷って沈黙されているレンさんに話しかけます。


「……?まあ、そうだが。

 大方、この俺の溢れんばかりの才能に嫉妬した低脳どもが嫌がらせでもしているのだと思うが、それがどうかしたのか?」


 突然の私の問いかけに、怪訝な表情をしながらもレンさんは答えます。


「そうですか。そういう見方、そういう事例もあるかも知れません。でも――。」


 そこで一旦区切り、正解を見出すための本題へ移ります。


「それには恐らく、レンさんの周りにいらっしゃる、精霊さんたちの悪戯もかなりの量含まれているのではないでしょうか?」


「なっ!せ、精霊だと?俺の周りに?」


 そう言って周囲に目を凝らされるレンさん。

残念ながら、その目は精霊たちを捉えられなかったようで――。


「何も見えないが……。

 まあ、訓練も何もしていないのだから、当然と言えば当然だが。

 しかし、もしそれが事実だとすると、精霊たちの俺への嫌がらせだったということか?俺を嫌って?」


「いえ。そうではないかと。寧ろその逆ではないでしょうか。

 皆さん、レンさんの事がお好きのようですので、どうにか気づいて貰いたくて、つい悪戯をされてしまわれたのでは無いかと思います。

 好きな女の子に遂悪戯をして嫌われてしまう、男の子のような感じでしょうか。」


 その私の言葉に、レンさんは困惑の表情をされます。まあ、当然の反応ですね。

 今までさんざん下等呼ばわりして嫌っていた精霊たちに好かれている、何て急に言われたら。疑って当然です。


「す、好かれている?この俺が?精霊に?そんな馬鹿な事が……。」


 頑なに否定されるレンさんに、私は更なる推察を加えます。


「いえ。事実だと思います。精霊の皆さんもそう仰っていますし。

 それに、レンさんの指導教授がこんな卒業試練を出したのも、それが理由では無いでしょうか?

 精霊たちに好かれて才能があるにもかかわらず、それを毛嫌いして古代語魔術以外を学ぼうとされないレンさんに、視野を広げ、自分の新たな可能性に気づいて欲しいと思われたのではないですか。」


「そ、そう言われてみれば、確かに……。

 そうであれば、こんな試練を課された理由にも納得がいくが……。だが、しかし……。

 というか、あんたにも見えているならそれで――。」


 尚も逡巡されるレンさんに対して、私は更に言葉を重ねます。


「どうでしょうか?一回、蟠りを捨てて、周りの気配、声に耳を澄まして見られては?

 そうすれば、見えてくるものがあるかも知れませんよ?」


 有無を言わさぬ口調で告げる私に、レンさんはようやく観念され――。


「……わ、分かった。やってみる!やってみるから!

 それで駄目だったら、頼むぞ!?」


 そう言うと、ゆっくりと目を閉じ、心を落ち着けられます。

 そして、暫くの間精霊が見えると自己暗示をされた後、またゆっくりと眼を開けられました。


「!」


 どうやら、自分の周りに無数と群がる、精霊たちが感じ取れたようです。

 因みに、灯り群がる何たらに見えなくもない光景です。レンさんが光り輝いている、という事ではありませんが。


「ほ、本当だ!何でこんなに?俺の周りなんかに群がってきているんだ!?」


 レンさんが驚きの声を上げます。初めて見る幻想的な光景?にテンションも上がっている様子です。

 どちらに対してかは敢えて明示致しませんが、謹んでお祝い申し上げます。おめでとうございます。長かったですね。


「どうやら、成功したようですね。

 世の中には、体質なのか、生まれつき精霊に好かれる、という方がいらっしゃるようですよ。本人の思考、好み如何によらず。

 勿論、それを魔術に繋げられるかどうかは本人と訓練次第の部分が大きいですので、そのままで何でも言う事を聞いてくれる、という訳ではありませんが。」


「んっ?何か言っているのか?聞き取れないが……。」


 群がっている精霊さんの中でも、かなり大きめの個体がレンさんに何やら話しかけて来ているようです。


「ついてこい、と言っているようです。精霊石のところまで案内して下さる、と。

 今はまだ見えるようになったばかりで、言葉は聞き取れないようですが、いずれは会話も出来るようになると思いますよ。」


 その私の言葉に頷かれた精霊は、踵を返されると、四叉路の一つへと真直ぐ飛んで行かれます。その行く先からは、濃密な精霊力が感じられます。


「おっ、おい!待ってくれ!

 ……ん、何だこの巨大な力は?これが、奥にあるという精霊石の気配なのか!?」


 どうやら、レンさんにも精霊石の気配が感じられるようになったようです。

これで、この卒業試練の本来の課題はクリアされた、と言えるのではないでしょうか。こちらも、おめでとうございます。

 後は、おまけ?の石を回収するだけですね。まあ、奥まで行くだけならともかく、回収が簡単に行くかは怪しい感もしますが……。

 私も、慌てて精霊を追って行かれるレンさんの後に続いて、奥へと歩を進めました。

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