第16話 学園都市 ワイズアビス③
「ふん。貴様らが下等な精霊魔術を使える、という冒険者か……。
ぱっとしない顔ぶれだな?特に、優秀で冒険のブレーンとも言うべき魔術士がいないなんて!
よくそんなんで生き残ってこられたものだ!」
と、いきなりのディスりで迎えられた私たちですが、とりあえずは大人しく依頼詳細を伺います。
まあ、確かに魔術士がいない、というのは致命的とも言える欠陥ではあります。レベルを上げて物理で殴ればいい、という訳にはいきませんからね。逆に、当たらなければどうという事はない、という場合もあります。
依頼主のレンさんは、他お二人のように容姿秀麗、とまではいきませんが、それなりに整った顔立ちをされており、短く切りそろえられた黒髪の下に、他人を威圧するような鋭い双眸が覗いております。優秀な学生、という前評判とは大きくかけ離れていない印象です。
そして、具体的な依頼の内容ですが、カウンターのおじさんから伺っていた通り、教授から出された課題のクリアを手伝って欲しい、というものした。
「ふんっ!何を血迷ったのかのあの教授、この俺に精霊回廊へ潜って最下層の精霊石を採ってこい、などどのたまいやがって。」
精霊回廊、というのは学園が管理する訓練用の迷宮の一つらしく、どうやら、精霊魔術が使える、精霊の姿を確認できる人間にしか奥まで到達できない仕掛けとなっているようです。
精霊の存在を感知して正解の道を辿らないと、入り口まで戻される、というような。
やっぱり、何とかの右手の法則は通用しない、ということですね。寧ろ、法則が通用するようなダンジョンが今後出てくる可能性はあるのでしょうか?ちょっと怪しいですかね。というか、そういうものを法則と呼んでよいのでしょうか。
古代語魔術一辺倒(というか偏重)のレンさんは、当然の如く精霊魔術なんて使えず、クリアするには誰か精霊魔術を使える人間に協力して貰うしかない、という訳です。
勿論、レンさんの同級生にも精霊魔術士の方は多数いらっしゃるのですが……。
「あいつら、俺が協力させてやる、って言っているのに、どいつもこいつも断りやがって!」
とまあ、今回の依頼みたいな調子で協力を要請していたらしく、当たり前のように誰からも拒否されたようです。そりゃそうですね。
そんなこんなで、課題クリアの期日まで余裕が無くなったところで、冒険者ギルドを介して精霊魔術士を募集、依頼を出した、という経緯です。
よく考えたら、結構崖っ縁ですよね。こんな依頼を受けてくれる奇特な方なんてまずいらっしゃらないでしょうし。万が一卒業出来なかったら一体どうなるのでしょうか?留年してもう一年頑張りましょう、或は直ぐに退学処分とか。
という事を、居丈高に語られたレンさんでしたが、ミレニアさんがその後の交渉を買って出ると、それまでの態度から一転、押し込まれる展開となりました。
「別に精霊術が下等だろうと、あんたが天才だろうが秀才だろうがはたまた凡才だろうと知った事が無いんだけど、あんたさあ?結構ぎりぎりなんでしょ?
期日が近い、っていうのにあてもなくて。だったらさあ、こっちで物を言ってくんないかな?」
と指で円を描き、カウンターのおじさんに引き続き依頼主からの報酬も吊り上げに掛かられます。
「なっ、何て下劣な!
高邁な魔術士の偉業に手を貸せるだけでも光栄な事だというのに、これだから盗賊、女は……!」
後で聞いたところによると、レンさんは若干女性に苦手意識、嫌悪感を持っていらっしゃったようです。どうにも、ご実家が悪い女に騙されて没落させられた、だとか。
それで、女性、特に金にがめつい女性に敵意を持たれているとのこと。辛い思いをされたのですね。お可哀相に。オンナハマモノデス。
「はいはい。高邁だろうが下劣だろうが、そんな事はあんたが勝手に思ってればいいんだけど。
こっちも商売なんだよね?貰うものは貰わないと。
それに、あんただって卒業できなかったら、ご自身の素晴らしい経歴に泥を塗ることになるんでしょ?
あ~あ!天才だってふれこみなのに卒業課題の一つも出来ないなんてね。
ついでに協力してくれる友達一人もいないボッチ人生、と。そんなんで、卒業後の行き先なんてあるのかしら?」
「だ、だから一人につき銀貨3枚も出してやると……。」
「あ~、はいはい。あんたにとって卒業なんてその程度の価値なんだね?
それならいいわ。他を当たって貰おうかしら。期日までに間に合うといいわね。まあ、望み薄だと思うけど。
せいぜい頑張りなさい。」
そう冷たく言い放ち、私たちを但して部屋から出ようとするミレニアさん。
その姿を見たレンさんは慌てて引き止めに掛かります。
「……ま、まて!分かった。一人につき4、いや5出す!これでどうだ!」
「ん~~。6枚。これ以下ならやらない。」
「わ、分かった。それでいい。その代り、全額成功報酬にさせて貰うからな!」
結局、吊上げは成功し、当初の倍の報酬を貰うこととなりました。後から聞いた話では、レンさんは貯蓄の殆どを巻き上げられる形になったのだとか。
ギルドからも報酬を頂きますので、結果的に私たちにとってはかなり実りのいい依頼となったのではないでしょうか。ミレニアさん様々ですね。
他方、レンさん・おじさんのお二人は……、強く生きて下さい。陰ながら応援しております。
「で、本当に精霊魔術が使えるんだろうな?役に立たなければ勿論報酬は渡さんぞ?」
私を見てそう仰るレンさん。どうやら、私が精霊魔術士だと思われているようです。まあ、格好から考えればそう思われても仕方無いかもしれません。
「いや。精霊魔術を使える、というのは彼女――、リリシアではなく、俺だよ。」
アレンさんが横から口をはさみ、勘違いを正されます。
「あんたか?そういえば、勇者とか呼ばれている奴の子孫なんだったんだか。
まあ、それなら他の奴らよりは信用できそうだが……。」
レンさんがそう呟かれた瞬間、突如部屋内に風が吹き、机上に整理されていた書類を床へと運びます。
「く!何だってんだ!いつもいつも!全く、ついていない!」
そう言って、慌てて書類をかき集められるレンさん。とりあえず、私たちも協力します。
何でも、昔から突然書類だのが風に飛ばされたり、物が急になくなって、その後唐突に戻って来たり、といったような事が度々あるそうです。……妖精さんの悪戯ですかね?
ご本人は、天才の自分を妬んだ誰かの仕業だろう、と推測されているようです。目立った才能をお持ちの方は何かと大変ですね。ご愁傷さまです。実際は単なる自意識過剰、という線も否定できませんが。
「全く、どいつもこいつも、他人の足を引っ張ることばかり考えやがって!
これだから低能、愚民どもは困るんだ!
……まあいい、で、あんたの役割は何なんだ?
その格好で下等な精霊魔術士でないとすると、古代語魔術士なのか?」
ようやく書類を元に戻し終えたところで、レンさんは愚痴りながら当然の疑問を呈されます。
「いえ。私は一行の記録係、を務めさせていただいております。
後は、炊事係、等を兼任しております。」
そうお答えした私に対して、レンさんは『何それ美味しいの』的な表情を返されました。まあ、当然の反応ですね。料理は多少美味しくできていると自負させて頂いているのですが。
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