第12話 犯罪都市 シュバルツアンク⑦
「さて、本日の議題だが……。分かっての通り、次期ギルド代表を選出する。」
初老の男のその言葉によって、会議は開始された。
その声、表情には一切の感情が伴っておらず、そこから内心は全く窺い知れない。
議会の席に並ぶのはギルドの幹部。そこには現主流である穏健派、国の影響を可能な限り排除し権限を強化したい強行派、そしてどちらの態度も示していない中立派である。
構成比率としては穏健派が若干強行派よりも多いが、中立派の同行如何によっては、逆転の可能性もある状況。
そして、議長を務めているのは現ギルド長、そして穏健派の代表格でもある男であった。彼が淡々と本題を進めようとしたところに、横から声があがる。
「ひとつ、宜しいですかね?」
「……、何かね?」
声をあげたのは小太りの男で、顔に張り付いたような笑みを浮かべていた。柔和な態度に反して、強行派の中でもかなりの強硬派で鳴らしている男、バレンだった。
「いえ、何でも最近、本代表選に関係がありそうな、宜しくない事案がありましてね。
独自に調査もさせて頂いたので、その報告を先にさせて頂けないでしょうかね?」
「ふむ。それが代表選に関係がある、と?
そういうことであれば、まずは話を聞きてみるとしようか。」
おおよそ内容に予想はついていると思われるが、それを全く面に出さず、続きをただす。
その様子に、更に笑みを増し増し(油は最初から増し増しですが)にして、バレンが話を続ける。
「ありがとうございます。
ええ、お話したい事とは、皆さんご存知の、一昨日の殺しの事ですよ。
この代表選が近い、という時期に、”弑逆の罪は死をもって ―盗賊王―”ですからね。
皆さん興味津々な事でしょう。」
「確かに、興味はあるな。続けたまえ。」
「ええ。私もとても興味を持ちましてね。独自に捜査をさせて頂いたのですよ。
そしたらですね、やっぱりというか”盗賊王”に縁のある方が捜査線上に浮上してきましてね。
ええ。皆さまもご存じのミレニア・ロークです。」
そこで、列席者の中でも最年少であるジェイドに視線を送る。本人は気にするそぶりもなくそれを受け止めた。
「盗賊王と呼ばれたゲイル・ロークの、一人娘ですわ。
そこにいらっしゃるジェイド殿とは兄妹のような仲、でしたかな?最近仲違いをされていたようですが。」
「そうですね。仲違い、という部分も特に否定はしませんよ。」
平然と答えるジェイドにバレンは感心した様子をみせる。
「ほほ。まあ、いいでしょう。
そのミレニア・ロークをどうにか、確保寸前、というとこまで追い詰めたんですがね。残念なことに寸でのところで取り逃がしてしまったのです。
ただ、その過程で面白い事を聞き出せましてね。」
「ほう、どんな面白い話が聞けたのかね?」
「実はですね。彼女はどうやら、今のギルドの状態に疑念があったようなのですよ。
何でも、現主流派に属する方々の中に、国と内通しておられるような方がいらっしゃる、というような話でして。
何せ、彼女の父君も国側に危険視されて暗殺された、という専らの噂ですからね。そんな真似は許さない、と意気込んでおられました。
……そういえば、一昨日殺されたのもどちらかというと主流派の方でしたかな?」
そこで、穏健派メンバー達に対して、嫌らしい視線を一巡りさせる。
「そして、昨日の火事です。
彼女もそれでお亡くなりになられてようですが、何でも、犠牲者の中には第三王子もいらっしゃったとか。痛ましい限りですが、はてこの国の王子が一体、何の用でこの街に来ていたのでしょうかね?
いやはや。彼女はこの街の未来を憂えて、決死の覚悟で火をつけられたのでしょうか。
悲しいことです。」
そう言って、目頭を押さえ嘆くバレン。
その様子を面白そうに見ていた議長が、更に続きをただす。
「それで、何が言いたいのかね、バレン殿?
筋書としてはまあまあだが、結論がよく分からんな。」
「いえね。なんと言ってもゲイル・ロークのお陰で、こうして我々は街を仕切って居られるわけですからね。
その娘さんの心意気、街への思いと盗賊王への大恩を改めてご認識頂いた上で選挙に臨んで頂きたい、とそう思った訳ですよ。」
「なるほど。確かに、我々がどうしてこう在れるのか、というところは再度認識すべき点かもしれんな。
で、言いたいことはそれだけかね?」
「ええ。皆さんご清聴ありがとうございました。是非、この街の未来のために、よりよいご選択をお願い致します。」
そう言い添えると、演技がかった仕草で一礼し、着席する。
「そうか。それでは本題に、行きたいところだが……。
ジェイド君。何か言っておきたいことはあるかね?君にも関係のある話のようだから、何か補足その他あればこの場で。」
議長に促され、ジェイドが口を開く。
「そうですね。それではお言葉に甘えまして。
バレン殿。私も中々面白い筋書だと思いましたよ。
細部の練りはまだまだ、と見受けられましたが。娯楽小説でも発表されたら、皆こぞって買っていかれるのではないでしょうか。
ただ……。」
そこで一呼吸置くと、ジェイドは妖艶な笑みを浮かべて続ける。
「本人から聞いた話と食い違う点がかなりあるようですので、その点は皆さまにも聞いていただいた方が良いかもしれませんね。」
「!……本人、ですか?お亡くなりになられる前に、お会いされたのですかな?」
「いえいえ。死ぬ前も何も、まだ生きておりますからね、我が妹は。
……ミレニア!入ってきなさい。」
ジェイドのその言葉を受け、議場へと足を踏み入れる人影――ミレニアの姿をみて、バレンはそれまでの張り付いた笑みを崩し、始めて驚きの表情を見せる。
「私も冒険者を雇いながら独自に調査を進めておりまして。その中にはミレニアと旧知の仲のものも居たので、張り込みをしていたのですよ。
そうしたら、いきなり火がでましてね。状況確認のため、部下を突入させたら……。」
そこで再度間を置き、やれやれ、といったジェスチャーを加える。
「怪しげな連中と交戦する冒険者とミレニアを発見したので救出させた、という訳です。
そういえば、その怪しげな連中はバレンさんのところで見かけたことがあった、というような報告もありましたが……、まあ、部下の見間違えでしょうかね?」
「……まっ、待ってください。
確かにうちの部下からは、ミレニアさんはお亡くなりになられた、という報告をうけました。
失礼ながら、その方は本当にご本人で……。」
「本人に決まってんでしょ!
あんたんとこの誰かさんに唆されてあんな店でバイトさせられた挙句、殺されかけるなんて……。
誰のご指示だかは知らないけど、こっちはいい迷惑よ!」
本人かどうかに疑念がある、としたバレンを侮蔑が籠った眼でミレニアが制する。
そして、そんなミレニアをジェイドは窘める。
「まあ、落ち着きなさい。
……さて、誰が何のために宿に火を放ったか、暗殺者を送り込んだか、は兎も角として、盗賊王の娘、ミレニア・ロークは今生きて、無事この場に居ります。
代表選前であまり時間がありませんが、折角ですので本人からも一言貰って、この街の未来のためにどうすればよいか、最終確認を致しましょうか。
ミレニア。皆さんに、何か言っておきたいことはあるかい?」
ミレニアはジェイドに非難じみた視線を送った後、仕方ないといった風に言葉を紡ぐ。
「じゃあ、少しだけ。
正直、このギルドを誰が仕切ろうが、街の行く末がどうだろうと私は興味ない。
権力闘争がしたければすればいいし、国に喧嘩を売って破滅するのも自由よ。でも。」
「少なくとも父さんはこの街が好きだった。
はみ出し者が、行き場の無い者たちが、少なくとも生きてはいけるこの場所を無くしたくないと思っていた。
だから、他国と戦ったし、国とも大きな争いをせず体制を維持しようとしたのだと思う。
国に暗殺された、なんて噂もあるけど、私は違うと考えている。
この街のため、父さんは最後まで争いを避けるよう、努力していたはず。そんな人間を国が殺すのは非常にリスキーで、利の無い行動よ。国もそんなに馬鹿ではない。」
「私が言いたいのはそれだけ。後はあんたたちの好きにするといいよ。」
そういい残すと、ミレニアは振り返らず議場から退出していった。議長はそれを見送ると、本題へと場を進める。
「ふむ。長い前置きとなってしまったかな。
それでは、代表選を始めようか。
事件の犯人探しや制裁などは終わった後にゆっくりとやればいいことだからの。」
そう言って議場のメンバーを見渡す。もう、異論は挟むものはおらず、そのまま選挙が進められ……、結果、順当に穏健派から代表者が選出される運びとなった。
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