第10話 犯罪都市 シュバルツアンク⑤

 そんなやり取りの後、調査状況など細かい話を伺い、私たちはジェイドさんの依頼を受け入れました。

 とても裏がありそうで、リスキーな感はしますが、アレンさんの心情にも配慮した形となります。一通りの状況説明の中には、タイムリミットへの言及がありました。


「実のところ、代表選までにあまり時間が無くてね。どうにか事を進めておきたいのだよ。」


 その言葉通り、もう後2日、つまり、明後日には代表選が開催される、という状況のようです。

 そのため、とにかく、強引にでも捜査をして、首謀者側に揺さ振りをかけるよう念押しをされました。

 その言質を基に、という訳ではないですが、地上へ戻った私たちは、早速件の”はちみつと給仕”にがさ入れをさせて頂きました。

 抵抗を受けるかとも思っていたのですが、ジェイドさんの名前を出すと、あっさりと中に招き入れて頂け、話を伺うことができました。

 ただ、結果は芳しくなく、既にミレニアさんの影も形もない、という状況でした。


「うちはまっとうな商売しかしていないんだがな……。」


 と、店の責任者には愚痴をこぼされましたが、一体何をもってまっとうと言っているのかはよく分かりません。

 この街でのボーダーラインは何処にあるのでしょうか?謎です。

因みに、責任者の方は、やっぱり強面のお兄さんでした。がくがく。ワタシハシジニシタガッタダケノ、アワレナニンゲンデスヨ?


「ミレニアの行き先?さあ、分からんよ。昼頃、連絡をとろうとしたら既にもぬけの殻だった。

 ……まあ、ここらではよくある事だからな。特段、探すようなこともしていない。」


 行方不明も日常茶飯事、ということで気にも留めなかったようです。そういう街、だというのも確かですので、不自然という訳でもありません。


「誰の紹介か、って?教えてもいいが、無駄だと思うぜ。

 何と言っても、奴さんは、川泳ぎの後、土の下まで潜っちまったからな。つい、数日前の話さ。

 まあ、これもこの街じゃ珍しいことじゃないんで、深く追及はしてないな。」


 どうやら、裏に繋がりそうな人間は既に始末済み、ということのようです。

 一応、紹介者の名前だけ聞いて、裏取りもしましたが、やはりお亡くなりになられた後で、その犯人も現状不明のまま、ということのようでした。


「……やはり、厳しいな。素人冒険者の一朝一夕の捜査で真相解明なんて夢のまた夢だ。

ジェイドの狙い通り、俺らを囮にして相手方の動きを誘う、というのが正解なのだろうな。」


 その他、聞き込み等、私たちなりに頑張ってみたものの、捜査の進展は芳しくありませんでした。

 クレイさんの仰る通り、相手に揺さ振りをかけ動きを誘う、というのが一番手っ取り早そうです。私たちが危険を背負わされる、という不条理な話ではありますが。


「仕方ないな。とりあえず一旦宿に戻って作戦を練り直すか。

夜の街で相手の襲撃を誘うのは流石に危険すぎる。」


 陽が沈み、闇が闇の中でその勢力を更に増そうという頃合いになったところで、クレイさんから一時転身の提案がありました。

 流石に、進展もなく疲れてきたのか、アレンさんからも特段反論はなく、私たちは宿へと帰還する運びとなりました。


「さて、明日の方針だが……。

 正直、このままヒアリングだけ続けていても、明日中にどうにか出来るとは思えない。

 ジェイドの奴も、まだ何か隠していそうだし、一度捜査の進展報告、相談を兼ねて面談を申し込もうかと思うのだが、どうかな?」


 芳しくない捜査結果を受け、クレイさんが、ジェイドさんとの再面会を提案されます。


「……そうだな。

 紹介者の素性等ももっと詳しく把握してそうだし、あいつから聞き出しておいた方がよいな……。」


 と、アレンさんがその提案に合意したところで、扉の外に人らしき気配がしました。

 素人の私にも分かる位ですので、当然、お二人ともお気づきになられました。


「……ん?こんな時間に訪問者、か?先んじてジェイドの方から接触して来たのか、或は……。」


 そこで、扉がノックされ、声がかけられます。


「……アレン、いる?私、なんだけれど。」


 つい最近聞いた覚えのある声、ミレニアさんと思しきものでした。

 意外な訪問者に、全員が一時停止をしました。そして、その凍結を破ったのはアレンさんでした。


「!

 ……、俺が出る。ちょっと待っていてくれ。」


 そう言うと、扉の施錠を外し、そっと開きます。そして、眼前の人物の顔を確認し、安堵の表情をされました。


「……ミレニア!どうした、こんな時間に。今までどこに?」


 やはり、ミレニアさんで正解だったようです。

 強行派の刺客だったら、という心配が杞憂に終わってほっとしました。まだ、安心はできないですが。ミレニアさんがそうでない、という確証は特にありませんので。

 そして、申し訳なさそうな態度をみせつつ、ミレニアさんが答えます。


「ごめん、アレン。ちょっと色々あってさ。昨晩もカッとなっちゃって……。

 少し、時間いい?相談したい事があるんだけど、出来れば……。」


 と言って、私たちの方に視線を送ります。はい。私たちはお邪魔ですね。分かります。

 それを見て、クレイさんはアレンさんに軽く頷き返します。視線をミレニアさんに戻すと、了承の意を示します。


「分かった。そっちの部屋で話そうか。」


 そういって部屋から出られると、ミレニアさんを自分の部屋へと誘導します。そして後ろ手に指を動かし、クレイさんに何らかのサインを出します。

 それを確認し、部屋を出て行く二人を見送ったクレイさんは、私を自分の部屋の方へと誘います。

 目的は予想がつきますが、ちょっとどきどきしますね。


「直ぐ隣だから、耳を澄ませばなんとか話は聞き取れると思う。安上りな壁が幸いして、ね。」


 そうして、部屋をそっと出た私たちは、クレイさんの部屋へと移動し、壁ごしで、中の様子に耳を傾けました。傍から見ると、とても怪しい光景です。

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