第9話 犯罪都市 シュバルツアンク④
部屋の中は綺麗に整えられ、品のいい調度品に囲まれた、王侯貴族の執務室(行った事が無いのでただの想像ですが)の体をしておりました。そして、その片隅にある高級そうな食器棚の傍から、男が一人笑顔で出迎えて下さいました。
黒髪をストレートに長く垂らし、整った中性的な容貌をしております。ただ、浮かべている柔和な笑みとは裏腹に、その瞳には鋭い刃物のような切れ味を感じます。そして、部屋同様に、派手すぎず、小奇麗な衣装に身を包んでおりました。
怖いイケメンですね。カバン持ちに食傷気味なマダムとかが好みそうな感じです。
「これはこれは。わざわざお呼びだてしてしまって申し訳ない。
今、お茶を用意するので、そこに座って寛いでくれたまえ。」
そういって、手に持った茶器を掲げ、眼前のソファーへと視線で誘導します。
「……なるほど。ジェイドさん、あんただったか。
風の噂で幹部になったとは聞いていたが、本当だったようだな。」
どうやら、今度はクレイさんのお知り合いのようです。一応、国内の要衝ですので、幹部(に近い)同士で交流があった、ということでしょうか。
「やあ、クレイ君。久しぶりだね。5年振り、いや10年か?
随分と大きくなった。見違えたよ。」
本心からかは分かりませんが、ジェイドさんもそう親しげに返します。
「とりあえず、座ろうか。今更ジタバタしていても仕方無い。それに、この人ならとりあえず信用は出来る。少なくとも利害が反していない間は。」
クレイさんはそういい、率先してソファーへと腰を落とし、私たちを誘いました。
それでは、失礼して。……いい感じの弾力ですね。柔らかすぎもせず、固くもなく……。流石は高級品でしょうか?
「さて、何から話そうかな?
まあ、私に聞きたいことは沢山ありそうだが、何でもかんでも答えられるという訳ではないからね。
……まずは自己紹介から、といこうか。
私はジェイド。若輩ながら、このシュバルツアンクの盗賊ギルドで幹部を務めさせて貰っている。末席ではあるがね。」
「君たちの事は……。失礼ながら少々調べさせて貰った。
と言っても、一人は旧知の仲だし、さほど苦労を掛けてはいないがね。
クレイ・ヴィ・エルディアノ、我が国エルディアノの第三王子。
最近、大怪我をしたようで、大変だったね?
気軽な身の上とはいえ、体には気を付けた方がいい。」
「それはどうも。忠告として受け取っておくよ。」
「アレン・ノアック、魔族殺しの英雄の子孫。
祖先の遺志を継ぐ、という心意気はいいが、懐疑と寛容の心を忘れないようにした方がよいかな。」
「……。」
「リリシア……、強引に連れまわされて大変だったろう。
嫌気がさしたら、いつでも連絡してくれたまえ。出来る限り昔の生活に戻れるよう助力しよう。」
「ご配慮、痛み入ります。」
どうやら、最近の冒険活動に関しても、ある程度把握されているようです。ただ、脇役である私のことはあまり調べる意味は無いと思いますけれども。
「さて、君たちにお越しいただいた本題なのだが……。
簡単に言うと、この件から手を引いて欲しい。」
「!」
「……という訳ではない。その逆と言えば逆かな。
今朝、歓楽街で殺人事件があっただろう?あの事件の調査に協力して欲しい。それが私からのお願い、依頼だ。」
「どういうことだ?わざわざ外部の介入を招くなんて。」
クレイさんの疑問はもっともです。司法・調査権を掌握しているからこそ、事件を闇に葬ることも、他人に罪を着せることも可能になります。
外部のものを係らせるということは、その一部を手放す、ということになりかねません。
「実はね……。お恥ずかしい事に、今ギルドでは内部抗争が勃発中なのだよ。 まあ、強行派と穏健派との争いというありがちな奴でね。
強行派は国の影響を完全に排除して、ギルドによるより強固な統治体制を、という主張。
穏健派はその逆で、国とも融和して、今まで通りやっていこう、という形だ。」
「ジェイドさんはどちらの派閥でしょう?」
「穏健派さ。闇はあくまで闇。表に出張るのは愚の骨頂というものだ。
……で、話を戻すと、もうすぐギルドの代表選が控えていてね。
今まさに抗争が最高潮を迎えている、という訳だ。そんな中、片方の派閥のメンバーが殺された。」
「……なるほど、なるべく中立な立場の人間が捜査した方がよい、と。
だが、本当に俺たちでよいのか?曲がりなりにもこの国の王子である俺がメンバーに加わっていたら、穏健派が主導していると取られる可能性があるが?」
「その位はまあ飲んで貰うさ。代表選までそう時間がある訳でもないし、だからこそこの時期に、という訳だからね。
それと、理由はもう一つある。……アレン君。」
「……ミレニアの事か?」
そう答えたのは、今まで沈黙を守っていたアレンさん。
どうやら、ミレニアさんはこの案件、というかギルドと何らかの関係があるようです。
「そうだ。君も知っての通り、彼女ミレニア・ロークはこの街の体制を作り出した英雄、盗賊王の一人娘。そして、今朝の事件の壁文字を見ただろう?」
「”弑逆の罪は死をもって ―盗賊王―”」
「そう。本当に彼女がやったのか、という問題は別として、何らかの関係があると疑われるのには十分だ。
元々、強権・穏健派という派閥が出来てしまったのも、元をたどれば盗賊王の死に行き着く。そして、その真相は未だに闇の中、だ。」
「巷では、ギルドの権力が拡大するのを恐れた国側による謀殺だ、という話だろう?
そういった意味合いでも派閥抗争の元凶と言える、と。」
アレンさんがそう続けると、ジェイドさんは頷き返します。
「そして、今現在、彼女は姿を隠して見つかっていない。
表だって君たちが捜査していれば、生きている彼女がアレン君にコンタクトを試みる可能性があるかとも思ってね。」
「その場合、彼女を引き渡せ、と?」
若干怒気を孕んだ声でアレンさんが聞き返しますが、ジェイドさんは平然と返します。
「いや。情報だけ流してくれればいい。
正直なところ、私は彼女が殺したとは考えていないのでね。それに、君が幼馴染というのと同じように、私も彼女とは兄妹みたいなものなのだよ。
父親を亡くしたミレニアとは兄妹のようして育てられた。最も、今はあまり仲がいいとは言えないがね。お兄ちゃんは悲しいよ。」
全く悲しそうには聞こえませんけれど。そこで、私は疑問に思っていたことを口にします。
「ひとつ質問して宜しいでしょうか?」
「何だい、リリシアさん。今の恋人の名前はちょっと教えられないけど?」
「いえ。それは女性でも男性でも、どうでもいいです。
そんな事より、殺された方はどちらの派閥でしょうか?」
私のその質問に対して、ジェイドさんは一瞬間を置いた後、答えを口にされました。
「……穏健派、だよ。」
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