第7話 犯罪都市 シュバルツアンク②

 英気を養うため、夕食を食べた後、部屋で一人寛いでいた私のもとに、訪問者が現れました。


「リリシア?起きているか?」


 クレイさんの声を確認した私は、鍵を開け中へと招き入れます。婦女子を訪問するのには少々遅い時間ですが、まだ許容範囲と思われる時間でしたので。まあ、私なんかに夜這いを試みないでも、そこら辺にいくらでも相手がいらっしゃると思いますが。


「済まないな、こんな時間に。ちょっといいかな?」


「いいですよ。まだ今日の記録でも、と思っていたところですので。」


 因みに、この文章は、大体夜寝る前の時間を利用して書き進めています。←今この辺です。


「それで、どういったご用件でしょうか?」


 そういう私に、クレイさんはちょっと逡巡しました。その後、意を決したように口を開きます。


「実は、アレンの事なんだが……。」


「アレンさん、ですか?アレンさんがどうかされましたか?」


 私のいた村で重症を負われていたのはクレイさんですし、ここ最近にアレンさんが怪我をされた、というようなこともありませんでした。

 何も思い当たることが無かった私はそのまま聞き返しました。


「……実は、昼に冒険者ギルドで手紙を受け取って以来、様子が変なんだよ。」


 付き合いの短い私にはそういったことは感じ取れませんでしたが、幼馴染であるクレイさんが仰るのであれば、そうなのかもしれません。何か普段とは違う兆候のようなものを感じ取られたのでしょう。


「変、ですか。具体的にはどの様な……。」


 と、私が詳細を伺おうとした際、外で扉の開く音がかすかに聞こえてきました。あの方角は確か、アレンさんの部屋の方だったかと思います。


「……ん?やっぱりだ!リリシアもちょっと俺と一緒に来てくれないか?こんな時間にアレンの奴が単独で出かけるなんて初めてだ!これは何かある気がするぞ!」


 そう仰り、扉に近づくと外に耳を傾けられました。そして、階段を下り始めるのを扉越しに確認するや否や、外へと出て行ってしまわれました。私も、それを追って外へ繰り出します。

 私も何なのか気になりますし、記録係としての責務があります。決して、野次馬根性という訳ではありませんよ?

 アレンさんは宿を出ると、比較的安全である宿周辺のエリアから離れ、怪しげな路地へと歩を進めていきます。

 ところどころ立ち止まって思い出すようなそぶりを見せながらではありますが、さほど迷うような様子を見せないところからすると、やはり多少なりともこの辺りの土地勘をお持ち、ということなのでしょう。

 そして、暫くいくと、周囲の怪しさは増し、多種かつ多彩な色を放つ店が乱立したエリアへと入り込みました。私の住んでいた田舎の村では決してお目にかかれない光景です。慣れていない私は目がちかちかとしてきました。メガー。メガー。


「……あいつ、こんなところに何の用があって?」


 クレイさんは私を慮ってのことか明言を避けておられますが、はっきり言ってしまえば歓楽街と呼ばれる区画です。

 酒類をメインに提供するところは勿論のこと、女性を買うような店、そういったところの客引きも見られ、見目のよいクレイさんに対して獲物を狙うような視線を向けて来ております。

 無論、私に対しては「なんだコイツは?」とでも言いたげな視線が寄せられております。

 クレイさんはそんな視線を無言で払いのけつつ、私の手を取って、アレンさんの姿を見失わないように歩を進めます。何か、子供の引率みたいな感じですね。

 確かに、候補とはいえ勇者であるアレンさんがこんなところに用がある、というのは少し意外な感が致します。英雄色を好む、ということなのでしょうか?

 アレンさんは、歓楽街の少し外れにある、他よりは比較的地味な酒場の前で立ち止まると、店の名前を確認されるような仕草をされました。そして、看板を何度か見返して小さく頷かれると、意を決したように店の中へと入って行きます。


「”はちみつと給仕”?とよく分からん店だが……。」


 名前からは、どのような趣旨の店だか読み取れないため、クレイさんは私を連れて行くべきか迷われているようです。


「私のことは、お気になさらずに。黙って静かにしておりますので。」


「……ん、そうか?

 まあ、そういう問題でもないのだが、こんなところに一人置いていく方が不安だからな……。」


 微妙な表情を見せられたクレイさんでしたが、直ぐ意を決したようで、中へと歩を進められました。

 ちょっとどきどきしますね。一体、どんな光景が広がっているやら……。鞭を持ったお姉さんが出迎えて下さるとか?ハチだけに。

 結論から言いますと、その店はいかがわしい類の店、という訳ではありませんでした。若干スカートの丈が短く、露出が多い感は致しますが、所謂ハウスメイド、といったような服装を若干ミツバチ風にアレンジした給仕たちがミード(蜂蜜酒)を振る舞う、というコンセプトと思われる店です。

 アレンさんはこういった格好がお好みなのでしょうか?ハニー達に癒されて、普段のストレスを忘れている的な。

 そんな想像(妄想)とは異なり、アレンさんは給仕と仲良く酒を愉しまれていた、訳ではなく、給仕の一人と何やら口論をされていました。


「何故なんだ!何で君が!」


「あんたには関係ないでしょう!ほっといてよ!」


 と、何かよくある痴話喧嘩的なやりとりをされており、その様子を周りの給仕たちが心配そうに見守っております。

 アレンさんが言い争いをされている相手は、茶色のボブカットでボーイッシュな印象。ただ、長身スレンダーながらも出ているところ出ており、メリハリの利いた体を他給仕さんたちと同じようにレースで修飾された可愛らしい服が覆っていて、健康的?な色気を醸し出しております。

 客側の様子としては、もっとやれと囃す方、興味なさそうに給仕に話しかけている方、詰まらなそうに一人酒を口に運んでいる方、とまちまちです。

 まだセーフのようですが、流石に騒ぎが過ぎれば強面の店員さんが出てきそうな雰囲気も感じます。単なるイメージなので、本当にそんな店員さんがいるのかは分かりませんが。


「ちょっと待て!こんなところで騒いだら店にも客にも迷惑だろう。まずは落ち着け、な?」


 同じように思われたのか、クレイさんが二人に割って入り、アレンさんを宥め始めます。


「クレイ!?……それにリリシアまで、どうしてこんなところに?」


 と、居るはずのない私たちに疑問を持ちつつも、アレンさんは若干落ち着かれたようです。


「とりあえず、事情は後で聞くから、まずは皆さまに謝って店を出ようか、な?

 ……連れがお騒がせして申し訳ございませんでした。

後でよ~く言い聞かせておきますので、この場は平にご容赦を。それでは失礼します。」


 クレイさんは演技がかった口調でそう言って優雅に一礼すると、まだ何か言いたげなアレンさんを強引に引っ張り、店から退出しいきます。それを見届けた私も、一礼をした後、その後を追いました。

 どうもお騒がせして申し訳ございません。ごゆっくりミードと給仕をご堪能下さい。どちらがメインディッシュなのかは分かりませんが。


 その後、ひとまず宿へと戻った私たちは、アレンさんに詳しい事情を説明して頂きました(というより、クレイさんが聞き出されました)。

 それによると、どうやら言い争いをされていたお相手の給仕の方はミレニア・ロークさんというお名前で、アレンさんとは旧知の仲(幼馴染、という奴でしょうか?)。お二人の父親が知り合いだったらしく、幼い頃に何度かこの街に滞在されたらしく(道理で、地理に詳しい訳です)、その度によく遊んでおられたようです。

 お互いの両親が亡くなられてからは疎遠になり、今般久し振りに再会された、という経緯です。何故、あの店で働いている事が分かったかと言うと……。


「手紙があったんだ。冒険者ギルドで受け取ったやつの中に。

差出人は不明だが『ミレニア・ロークは歓楽街東外れの”はちみつと給仕”に居る』、って。」


「差出人不明、か。……心当たりは?」


「いや。だが一応は確認しておこうと思って。

どうやら、盗賊ギルドのよろしくない連中とも繋がりがある店のようだったので。」


 やっぱり、いかがわしい部分もあるお店だったようです。どんな繋がりで、どういうシステムになっているのかは私には想像もつきませんが。

 そうして、訪ねてみたら本当にミレニアさんが店で働いていて、何でこんなところにいるんだ、辞めろ辞めないで口論となった、という流れです。

 差出人不明の手紙、ってかなり怪しげですがどんな意図があってアレンさんにミレニアさんのことを伝えたのでしょうか?お二人の関係を知っていた、ということはかなり身近な人間の仕業のように思われますが……。実はクレイさんが黒幕、とか?その場合、この件も自作自演になりますね。


「とりあえず、差出人にどんな意図があるのか分からないが、もう一度ミレニアと話しをしてみるよ。

 ……出来れば一緒に来てくれると助かる。」


「そうだな。また騒ぎになって店やバックの連中の不興を買うとまずいだろうし。

俺も一緒に行くよ。」


「恩に着る。」


 どうやら話はまとまったようですが、これは私が省かれるパターンでしょうか?一応記録係ということなので、出来れば付いていきたいのですが……。

何度も言うようですが、興味本位ではないですよ?お仕事の一環です。

 ただ、結果から言いますと、私が仲間外れにされることはありませんでした。というより、それどころではない事件に巻き込まれ、話を聞きに行く、ということ自体が流れてしまったためです。

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