第4話 プロローグ④
翌日、陽が天中を過ぎ、気温がピークを迎えた頃にクレイさんが眼を覚まされました。
「……ここは?俺は確か魔物にやられて……。君は確か……?」
まだ、ぼんやりとされているようですが、昨日の記憶が多少はおありのようで、私のことも朧気ながらも、覚えていらっしゃるご様子です。
「おはようございます。ここは村の片隅にある薬屋で、私はその薬師見習いです。
昨日、アレン様がクレイ様をここまでお運びなられ、僭越ながら私が治療させて頂きました。
お加減は如何でしょうか?よろしければ、アレン様をお呼び致しますが、如何でしょうか?」
多少早口で、簡便に説明を加え、判断を仰ぎます。まあ、必要ない、と言われても、目覚められたことはお伝えに行くつもりですが。約束ですし。
「あ、ああ。お願いするよ。……それと、治療をしてくれてありがとう。礼を言うよ。」
「いえ、村の恩人に対して当然のことをさせて頂いたまでのことですので。
では、お呼びして参りますので、暫しお待ちください。」
そう言い残し、私は部屋を去ると、急ぎ宿へと向かい(スカートのプリーツは……、いえ、何でもありません)アレンさんを連れてきました。
その後、お二人は簡単に現状確認をされ、クレイさんの体力が回復するまでは暫く村に留まられることを決められたのち、私にその分の宿泊費を支払われる旨告げられました。
「暫くの間厄介になるが、宜しくお願いする。」
「申し訳ないが、暫くの間こいつのことを頼みます。」
そうして、一週間ほどの間、お二人は村に滞在されました。
クレイさんの体調が戻られ、いざ出立される、という予定の日。私はお二人とともに村長宅に呼び出されました。
お二人と、私、そして村の中でも重役と呼べる数人がテーブルを囲う中、村長がおもむろに口をひらきます。
「クレイ様、もう体調は宜しいのですかな?」
「ええ、もうすっかり。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
特に、治療をして下さったリリシアさんにはなんとお礼を言っていいのやら。
ありがとうございます。」
「いえいえ、恐れ多いことです。大事なくようございました。
御身に何かあられたら、それこそ……。」
確かに、王太子ではないとはいえ、一国の王子がこんな辺境の村で命を落としたとあれば大変なことになりそうです。
もしかしたら、ろくな治療が出来なかったことを責められ、モンスターともども村ごと灰塵と帰されかねません。そう考えると、私の責任は意外と重大でしたね。がくがく。ぶるぶる。
「いや、俺は既に父王に見放された身ですので、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。
大した権力もありませんし、小遣い欲しさにこうして友人と冒険者稼業に勤しんでいる位です。」
そうやって笑顔をみせるクレイさん。容貌との相乗効果できらきらと輝いて見えます。
給仕をしている若い女の子も頬を朱らめ、思わず見とれています。まあ、辺境の村にはそんな観賞に耐える程整った容貌の方はまず居りませんので、仕方がないでしょうか。正に、眼福といえるでしょう。ありがたや、ありがたや。
そんなこんなで、場が和んでいたのですが、クレイさんがその後に続けられた言葉により、場が凍り付きました。
「……助けて頂いたことにはとても感謝しているのですが、ひとつ確認したいことが。
リリシアさんのことですが、彼女は治療魔術が使えますね?」
その言葉に皆がドキッとした顔をします。
「……いえ、実際に施術して頂いているので分かってはいたのですが、念のためです。
しかし、困りましたね。命の恩人に言うのは気が引けますが、彼女は未登録の治療術者ですよね?
寡聞にもこの村に術者がいるという話は聞いたことがありませんし、登録証もみにつけていらっしゃらない。」
そう。この国、というかこの国を含む周辺国では、治療魔術が使えるものに関しては国への登録が義務付けられております。
実は、治療魔術は結構希少な魔術で、適正がある人間は少ないですが、その有用性はかなりのものです。高位の魔術者であれば死の半歩手前からでも復活させられますし、それこそ戦場においてはこの上無く有用。
そのため、申告・登録義務により、国の管理下に置かれております。当然、申告漏れや意図的にそれを隠蔽、拒んだものには罰則が適用されることとなります。それこそ、村ごととり潰されるような。
「……いえ、その、それはですね?このものの力は大したことも無いので、届け出てお役人様のお手を煩わせるまでも無いかと、ですね……。」
焦って、よく分からない言い訳をし始めた村長を、クレイさんの言葉が遮ります。
「いえいえ。瀕死となっていた俺を即座に治療できる位ですから。
登録すれば恐らく、高位の術者と判定され、重用されること間違いないでしょう。」
更に言葉を重ねるクレイさんに、アレンさんが口を挟みます。
「おいおい!命の恩人に対してそれは無いだろう?
俺たちがただ見なかったことにすればいいんじゃないか?」
「いや。別に俺は責めている訳じゃない。
感謝しているし、目を瞑ること自体は別にいい。
これまでの事もお咎めなしにしていいと思う。ただな……。」
アレンさんのとりなしに対して、クレイさんは同意しつつ、尚も続けます。
「ただ、今後も似たようなことが無いとは限らないし、誰かに知られて役人に情報が伝わる可能性はゼロじゃない。そうだろう?」
「……確かにそれはそうだが。お前の力でそこも含めてどうにか出来ないのか?」
「過去に遡って登録証を発行するよう取り計らう位なら俺にもできるだろう。
だが、高位の術者を国がこのまま放置するとは思えない。間違いなく都へ召し上げられるだろう。
それでは、リリシアさんはこの村から出ていくことになるし、その後の自由もない。
それは俺たちの本意ではない、そうだろう?」
「……んん。」
そこでアレンさんは考え込むように黙ってしまわれました。
村長以下、村の衆も皆不安顔です。私一人差し出せばいいとはいえ、祖父の不在である以上、村唯一の薬師を手放すことになるので、それが不安なのでしょう。
私としては、いずれこうなる可能性はあるかと考えておりましたので、覚悟はしておりました。いざとなったら、祖父とともに国外逃亡も視野に入れております。そのための備えは……、はて?あったでしょうか?
クレイさんは、沈黙したアレンさんから眼を放すと、急にこちらへ顔を向けられました。
「そこでだ。リリシアさん、俺たちと一緒に来ませんか?」
「……はい?」
思わず間の抜けた声で聞き返してしまいました。
何をどう血迷われたのかと一瞬思いましたが、直ぐに何を言わんとされているのか思い当たり、得心しました。
「俺たちと一緒に来て、冒険者になりませんか?
それであれば、問題を解消出来るし、自由も失わずに済みます。」
はい。そうです。実は、登録制度には一つだけ抜け道があります。
各国に跨って存在する冒険者協会に登録すること。つまり冒険者となることです。
治療術者は当然冒険者にとっても有用で、欠かせない存在であると言えます。ですが、国に管理されていては当然冒険者なんてできません。
そこで、各国に便益をもたらしている冒険者協会と、各国間で交渉、取り決めが為されており、冒険者協会に登録されている冒険者であれば、治療術者であっても各国への申告・登録は免除される、ということになっております。クレイさんが仰っているのは、この抜け道を利用する気はないか、ということでしょう。
実のところ、祖父も冒険者だったりします。現役の。だからといって、孫娘を放っておいて、諸国漫遊をしていていい訳ではありませんが。
「町まで行っての登録と、仮登録期間を経る必要がありますが、冒険者として登録されさえすれば、この村で薬師をし続けることも可能となるでしょう。
そのために、俺たちと一緒に来ませんか?勿論、リリシアさんの身は俺たちが守りますので。」
冒険者というのは、協会に行って登録すれば誰でもなれる、という訳ではありません。ある程度の特権、自由が認められる代わりに相応の働きを要求されることになります。
第一歩としては、名ばかりではなく実が伴っていることを証明するため、暫くの間は「仮」登録とされ、その間にきちんと実績を残すことで正式に登録される、という運びになっております。誰でも好き勝手なれるという話ですと、フリーライダーの存在を許すことになるので仕方が無いとは思います。
因みに、この仮登録期間はそれなりに長く(半年~1年位でしたでしょうか?)、かつその間はある程度特権が制限された形となります。
「我々としても、貴重な治療術士に同行して貰えるのはとてもありがたい話です。
どうでしょうか?是非ともお願いできませんか?」
そういい、私に少し近づくと、顔を覗き込むように視線を寄せながら沈黙されました。どうやら、私の回答を待っているようです。
クレイさんの顔越しに周りを見渡すと、村の中でも若い方に属する衆がクレイさんに敵意に満ちた眼を向けています。
私を仲間と思ってくれているのはありがたいのですが、少々不安になります。何といっても、クレイさんは国の王子です。こんな辺境の村であれば、気分ひとつでどうにでもなるのが実情でしょう。うっかり気を悪くされたら大変です。
そのままクレイさんにも目を向けると、ありがたいことに、その視線を平然と受け止められており、怒った様子は見られません。ほっと胸をなでおろしました。
寧ろ、その敵意の視線に気づいていて、それでいて尚面白がっているのか、挑戦的な笑みを浮かべているようにも見受けられます。何故でしょう?
とりあえず、どうすべきか考えてみます。
確かに、きちんと冒険者として登録されさえすれば、その後は国からのあからさまな干渉は受けずに(全くない、とは言い切れませんが)、治療魔術を行使できるようになります。
それに過去の闇営業も不問に、ということですので、皆さんに迷惑を掛けてしまう可能性は低くなります。
デメリットとしては、どの道暫くの間は村から離れなければならなくなること、冒険者として活動していかなくてはならないことでしょうか。
ただ、アレンさん、クレイさんの仲間として連れて行って下さる、ということですので、仲間が見つかるか、といったような不安要素は抱え込まずに済むという利点もあります。
何も知らない初心者が一人で冒険に繰り出せば、それこそカモがネギを背負っているようなものでしょう。魔物や野盗にとって、ですが。
それに、ちょっと村の外の世界に憧れる気持ちもあります。祖父も「一度位は、村の外の世界も見てきた方がいい」というようなことを言っておりましたので、この場にいれば後押しをするような気がします。自分は今でも現役ばりばりで放蕩三昧ですから、その言い訳という面もあるでしょうかね。
私の心がある程度固まったところで、村長さんに目をやると、「好きなようにすればいい」とでもいうように、頷いて下さりました。
はい。申し訳ないですが、好きなようにさせて頂きたいと思います。恐らく、村長さんも自分で決めたくはないでしょうから。
「クレイ様。よいお話を頂き、ありがとうございます。
是非、ご一緒させて頂けたら、と思います。
暫く村から離れることになってはしまいますが、最終的には冒険者としてこの村に戻ってくるのが一番安心確実なやり方かと、私も思います。
冒険の『ぼ』の字も知らない身で、色々とご迷惑をかけてしまうかと思いますが、宜しくお願い致します。」
私の回答に対して、クレイさんは満足そうに頷かれます。
「おお!それはありがたい!こちらこそ宜しくお願いするよ!
……そうだな。流石に色々と準備があると思うので、出発は延期させてもらいましょう。申し訳ないですが、それで宜しいですか?」
「……分かりました。リリシアの事、宜しくお願い致します。」
こうして、私の勇者一行への同行が、突然に決定したのでした。
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