第3話 プロローグ③
二人を見送った私は、着ていたローブを脱ぎ、施術用の白衣を羽織ります。
普段陽の光を直接浴びるような生活をしていないので、周囲が眩しく感じられましたが、直ぐに慣れ、問題なくなります。やはり引きこもりに陽の当たるところは辛いですね。暗くてじめじめしたところがよく似合います。薬になるような植物もとれますし。基本的に植物の生育に陽光は必須ではありますが。
この村は農作物や狩りで生計を立てているような前時代的なところですが、私の家には簡易的な水道などが整備されていたりします。薬師としてだけでなく、魔術や科学技術にも精通した祖父が、長い時間をかけ、趣味で設置したものです。そのお陰で、2階でも問題なく水が使えます。
伊達に放蕩している訳ではない、ということですかね。それで全てが許されるという訳ではありませんが。
「熱しなさい。」
そして、簡単なワードと多少の魔力で、お湯を沸かしたりすることもできます。便利ですね。
私はお湯を使い、簡単に機器の殺菌をするとともに、清潔な布を濡らし、それでクレイさんの患部をふき取っていきました。
「ぐっ!」
苦し気なクレイさんの声に、心が揺れましたが、そんな事を斟酌している場合ではないので、そのまま続けます。中にはイケメンの苦しそうな声が堪らない、聴くと興奮する、というような嗜好をお持ちの方がいらっしゃるのかもしれませんが。私は違います。多分。
ほどなくすると汚れがとれ、患部がよく見えるようになりました。鋭利な爪で、肩口から胸にかけて大きく抉られており、かなり危険な状態に見えます。よく見えるようになった分だけ、よりグロテスクに感じられます。見えない事が優しさ、ということもありますね。
「仕方ありませんね……。」
普段は、自然治癒力を最大限に活かす、という方針で、魔術は最小限、自然の生薬等をメインに据えて治療を行っているのですが、今回はそういう訳にはいかなそうです。
というより魔術を使わないのには別の理由もあり、後で魔術を使ったことを若干後悔することになるのですが、それはまた後述するのでここでは割愛させて頂きます。それに悠長に生薬で、とやっていたら、流石に血を失い過ぎて命まで流れ出てしまう気が致します。
私は、殺菌消毒に使用できる生薬を手早く傷の周りに擦り込ませると、両手を傷の直上にあて、意識を集中しました。
「治癒の光よ!」
私の声に応え、体内の魔力が掌を介して外へ放出され、光へと変換されます。そして、それを浴びた傷口が徐々に塞がっていきます。
実のところ、治療魔術はかなり体力・精神力を削られるのですが、我慢して続けます。1分程で傷口が完全に塞がったのを見届け、術を解きました。
失った血と体力は戻りませんが、これでひとまず命が一緒に流れ出ていく事態だけは止められました。後は、薬品庫から持ってきた液状の生薬を飲ませれば、失われた血と体力の回復も早まり、助けることが出来るでしょう。
かなり苦く、宜しくないお味なのですが、効果だけは折り紙付きのとっておきの品です。自分では二度と飲みたくありません。どこかに、喉だけでなく、口当たりもよくする添加物的な物は無いでしょうか?
私は薬瓶の蓋を開け、先ほどまで、痛みに耐えて絞られていたクレイさんの口に少しずつ流し込みました。
「苦しいかもしれませんが、我慢して飲んで下さい。」
そう声をかけると、先ほどまで痛みに耐えながらで彷徨っていた紅い瞳が、多少なりとも焦点を結び、ぼんやりながらも私の顔を捉えたようにみえました。
「天からの使いか……?」
ちょっと出し惜しみが過ぎて、ぎりぎりの所まで追いやってしまったのかもしれません。反省です。
「……違います。お迎えではありませんので、安心して飲み干してお休み下さい。そうすれば、まだ地上にいられますよ。」
幻でも見えたのか、よく分からないうわ言をするクレイさんに薬を流し込みます。すると、クレイさんも力が抜けたのか、そのまま目を閉じてお休みになられました。勿論、苦さに耐えきれず永眠された訳ではないですよ?
それを見届けた私は、いそいそと後片付けをし、アレンさんたちを呼びにいきました。
2階へ上がってくるまで、心配そうな顔をされていたアレンさんも、安らかに寝息を立てておられるクレイさんを見て安心されたようです。
「ありがとうございます。助かりました。」
私の方に向きなおられると、そう礼を述べられました。
「いえ。当然のことをさせて頂いたまでのことです。お構いなく。
ところで、こちらの方が目覚められるまで、お泊りになられますか?近くベッドをご使用頂いて構いませんが……。」
私の申し出に、アレンさんは申し訳なさそうに首を横に振ります。
「いえ、流石にそこまでご厄介になる訳には参りませんので、宿の方で待たせて頂きます。
治療費・薬代も勿論支払います。
……こいつ、クレイのことを宜しくお願い致します。」
薬代はともかく、治療費を頂戴つもりは無かったのですが、とりあえずこの場ではそこには触れず流しておきます。
隣のおじさんは、そのアレンさんの言葉に何故かほっとしたような顔をしております。
「分かりました。では、クレイ様が目覚められました、連絡差し上げます。」
「重ね重ね申し訳ない。宜しくお願い致します。」
そう言い残して、アレンさんはひとまず宿へ引きあげていかれました。
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