第2話 プロローグ②

 私が元々住んでおりましたのは、総人口で100人にも満たないような小さな村でした。近くの主要都市から徒歩で数日~1週間と離れたところにあり、主な産業といえば森と湖、村近傍の小さな畑からとれる動植物・農産物位です。

 ある日、そんな辺境、片田舎のよくある寒村には似つかわしくない冒険者たちが訪れました。訪れたと言っても、実際には片方は担ぎ込まれた、というのが正確ですが。


「おいっ!大丈夫か?しっかりするんだ!」


 そう声を上げられている方は、アレンさん。当然その時点では名前を存じ上げておりませんでしたが。

 金髪・碧眼で整った顔立ち。そんな美男美女のテンプレートのようなアレンさんは勇者、過去に魔族幹部と刺し違えたといわれる英雄の子孫だそうです。

 子孫がいらっしゃるということは、既婚者だったのでしょうか?或は決戦前夜に告白、その流れで……というような、涙さそう物語があったのか。私もそこまでは存じ上げておりません。想像だけならいくらでもできますが。

 妄想中……、妄想中……。妄想終わり。……勇者様ったら鬼畜ですね!

 もう一方、担ぎ込まれてきた方はクレイさん。こちらもお名前は……以下略。

 驚くべきことにこの国の王子という立場にある方です。王子と言っても、上に二人の兄がおり、本人の弁では王位には程遠い、というよりまず就くことは無い、ということのようです。

 確かに微妙な立ち位置のように思われます。下手すると内乱の呼び水ともなりそうですので、あまり自由には過ごせそうにないお立場のような。

 ……と言いながら、実際には旅に出られており、こんな辺境にも足を運んでおられるのだから、意外と自由な身の上なのでしょうか?ただ単に、厄介払いされただけという可能性も捨てきれませんが。

 アレンさんとは違い、クレイさんは白銀の髪に碧の瞳です。ただ、その整った顔を歪め、今は非常に苦しそうな顔をしておられます。

 マニアックな方なら、涎を垂らして喜んでいるかもしれません。じゅる。はしたないですね!

 何でこう、勇者だとか王子だとか呼ばれる方々は容姿端麗な方ばかりなのでしょうか?勿論、実際に何人ものそういった方々を見たことがある訳ではありません。伝え聞くところによると、です。まあ、パートナーを選ぶ自由度が高いということはあるのかもしれません。

 余談ですが、国によっては側室を何人も囲っていて、「いつでも、どこでも、誰とでも」、というところもあるそうです。そういったところですと、尚更に容姿端麗化が進むのでしょうか?

 囲う側の容姿にもよるかもしれませんが。子供が親のどちらに似るのか、という問題もありますし、2で割っても……、という残念な場合もあるかもしれませんので。


「どなたか、治療の……、魔術でなくてもよいので、心得のある方はおりませんか!?」


 私の思考が脇道に逸れている間も、アレンさんの問いかけは続いておりました(若干不謹慎だったでしょうか。反省)。

 焦りで多少声が裏返っているものの、それでもよく通ります。美声は美顔に宿る、ということでしょうか。天は二物も三物も与えることが多いものですね。


「一体どうなさったので?お連れ様は、大層なお怪我をなさっているようですが?」


 アレンさんの近くにいたおじさんは意を決したようで、恐る恐る話かけます。よく見ると、ちょっと後退した頭に、脂汗がうっすらと浮かんでいます。

 他の皆さんもそこからちょっと離れたところに集まり、様子を窺っております。私もその一人だったのですが。

 事態の緊急性は理解するところではあるものの、こんな片田舎ではそうある事ではありませんので、皆どうしたら良いのか分からずオロオロしている、という形です。


「近くに巣くっていた魔物たちの一群を掃討したのはいいが、クレイが最後の最後で鈎爪をうけて……!

 誰でもいい!治療の心得がある方を!」


 アレンさんは律儀にも質問に答えながら、治療者を探し続けておられました。

周りを見渡し、小さな可能性がどこかに落ちていないか探すのに、必死の様相です。


「そうですか!やってくれましたか!

 ……ち、治療の出来るものですね!ちょっとお待ち下さい。心当たりがあります。」


 ここ最近頭を悩ませていた魔物が掃討されたと聞いて、うっかり喜びを表に出しそうになったおじさんは、アレンさんに少し睨まれると、焦った顔で誰かを探すように周りに目をやります。その視線が私を捉えると、安堵した顔をみせました。

 うっかりと後ろを向きそうになった私でしたが、おじさんの言っている心当たりに『心当たり』があったので、思いとどまります。

 まっすぐとこちらに駆け寄ってきたおじさんは、私に声をかけます。

 ……因みに、「おじさん」と呼んでおりますが、名前を知らない訳ではありません。人口も人口ですので、見知らぬ人を探す方が大変です。

 感情的な理由がある訳でも無く、ただ単に皆さまには必要で無い情報だから。名前を考えるのが面倒だから、でもありません。……ええ。勿論。


「リリシア!ちょうどよかった、ちょっと来てくれ!」


 やっぱり私でした。

 実を言うと私はこの村で祖父と薬師をやっていたりします。そして、多少ですが魔術を使えたりもします。小さな村だということもあり、他に治療を行えるような薬師等はおりません。

 祖父が村にいれば、そちらの方が適任ですが、あいにく暫く帰ってこない見込みのため、現時点では私が最善な選択肢と言えるでしょう。

 因みに祖父は結構な頻度で家を空け、かなりの間戻らないということが多々あります。放蕩祖父、というやつでしょうか?よくぐれなかったですね、私。

 ……自分では気付かないだけで、素行に問題有、と皆さんは思っている可能性も無きにせよ、あらずですが。


「……そちらの怪我されている方の治療、でしょうか?」


 初期からの『見守り』で内容を概ね把握していた私はそうおじさんに答え、ともにアレンさんたちの元へ近寄ります。

 おじさんに連れられて来た私の方に目をやり、若干何か言いたげな顔をしたアレンさんでしたが、直ぐに覚悟?を決められたようで、真剣な表情で私に向き合われました。

 一目で信頼を得られるような見た目ではないので、不審に思うのも無理のない話ですかね。


「君には治療の心得が?……なら、クレイを助けてくれ!お礼は何でもする!だから!」


 村にアレンさんの切実な声が響きます。

 先ほどのやりとりでも想像がつくかもしれませんが、私たちの村の近くに魔物が住み着き、その退治をお二人にお願いした(実際には、町の冒険者協会を通じて、ですが)結果、大怪我をされるような事態となった、というのが今回の経緯です。

 私も、依頼を出していたことは存じ上げておりましたので、事の経緯に関して直ぐに想像がつきました。


「お礼等は結構です。お話よれば、村周辺に巣くっていた魔物たちを倒して頂けたとのこと。お礼をしなくてならないのは私どもの方です。村の一員としては、助力させて頂くのが当然かと思います。

 ……私はこの村で薬師をしており、傷の治療に関しては多少の心得がございます。直ぐ近くに私の家がありますので、申し訳ございませんが、そこまでそちらの方を運んでは頂けないでしょうか?」


 アレンさんは私の声を聞いて驚いた表情をされましたが、直ぐに快諾してくださいました。

 ……そんなに変な声でしたでしょうか?アレンさんのような万人受けする美声ではないですが、ごく一般的な声だと自分では思っているのですが。


「わかった!案内を頼む!」


「こちらです。」


 私が速足で先導すると、クレイさんを担いだアレンさん、それをおじさんと周りに様子を窺っていた方の何人かが補助しつつ続き、ほどなくして我が家へと辿りつきました。

 扉を手早く解錠し、三人を中へと招き入れます。


「二階に上って直ぐの扉を入って頂くと、そこに施術用の部屋がございます。申し訳ございませんが、そこまで運んで頂き、ベッドに寝かせて差し上げて頂けますか?

 私は準備をして、直ぐに参りますので」


「分かった!」


 皆さんが階段を上っていくのを見送りながら、私は入口近くに設置してある水がめで素早く手を洗い、奥にある薬品保管庫へと向かいます。治療に必要な薬と包帯等の道具を取りに行くためです。必要な物品を手早くかき集めると、私も急ぎ早に二階へと移動しました。

 施術室に入ると、中央のベッドの上にはクレイさんが横たえられ、それを残りのお二人が心配そうに窺っているところでした。

 そんな様子を横目に、私は持ち出してきた物品を作業台に載せ準備をします。そして、一通り済んだところで二人に声をかけました。


「申し訳ございませんが、皆さんは外に出ていて頂けますか?

 施術には清浄な環境が必要ですし……。」


 実際のところ、理由は別にあるのですが、とりあえず表向きの理由を告げ、おじさんに念を込めた視線を投げかけます。……少ないわかめを更に減らすための呪いではありませんよ?

 私のアイコンタクト?が通じたのか、おじさんは私に向けて小さくうなずきます。


「分かった。

 ……アレン様。申し訳ございませんが、ここはリリシアに任せて、一緒に下でお待ち頂けませんか?我々がここにいても邪魔になりますし。

 ああ見えても腕は確かで、信頼もおけます故。どうかご了承頂けませんか?」


 アレンさんは躊躇いの顔をみせられました。小さな村の怪しげな薬師――しかも自称――に大切な友人を任せられるか、と考えると、少々、というか大いに躊躇われるところだと思います。私が逆の立場でもそうなるでしょう。

 若干はらはらしつつ二人の様子を窺っていたのですが、アレンさんは直ぐに腹を括られたのか、声を絞り出しました。


「……よろしくお願い致します。」


 そう言い残し、おじさんの指示に従って部屋を出られ、下りて行かれました。

流石は勇者様。「任せる」という勇気もお持ちのようで何よりです。他人を信頼して任せる、というのは意外と難しいものです。信用とは違い、保証がある訳ではありませんので。

 何はともあれ、これで安心して治療に専念できるというものです。

 決断まで時間がかかりそうだったら、「祖父の言いつけで……、」だとか家庭の事情をお話しつつ、衛生環境等を絡めて滔々と説得をするつもりだったのですが。

 そういった細かい事情は、下でおじさんに代行して頂けそうですので、私は目の前の方をどうにかすることだけを考えることにします。

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