第1話ー④ 初任務 

「家庭環境が特別に悪いわけでもなさそうね」

「そうだね」


 キリヤたちはそんな会話をしながら、塀の陰から怪奇能力者候補の少年の家を観察していた。


「ただ、下の子が小さいだけに、母親はその子にかかりっきりの印象はある」

「赤ちゃんは、3歳くらいまで手がかかるって言うからね」

「キリヤ君は赤ちゃん事情に詳しいの?」

「詳しいわけじゃないけど、昔、母さんがマリアの誕生日の時にそんな話をしていたなと思って」

「へえ。お母さんってそうなんだ……」


 優香は観察対象の家を見ながら、そう言った。


「あ、ごめん……」


 キリヤは優香とその母親の話を思い出し、慌てて謝った。


「謝らないでよ。別に気にしているわけじゃないから」


 優香はキリヤの顔を見ることもなく、そう答えた。


(優香、怒ったかな……いや。もしかしたら昔のことを思い出して、傷ついたのかもしれない。あんなことを言うなんて、僕って馬鹿だな)


 キリヤはそう思いつつ、この空気の重さに耐えることにした。


 それからしばらくすると、小学生の少年たちが数人歩いて来るのを見つけるキリヤたち。


「身長は低め、そしてトレードマークのクマ柄のTシャツ……たぶん、あの子だね」


 ターゲットの少年を見つめた優香は静かにそう告げた。


 その少年は数人の友人に囲まれ、和気あいあいとしているようだった。


「うん。……でも悪さをしそうな雰囲気には見えないけどな」


 友達と帰宅する姿はとても無邪気で純粋で、とても楽しそうにしていた。


 あの少年がそんなに毎晩、誰かに悪さをするだろうか――。


 キリヤはそんな疑問を抱いていた。


「人間、表面だけじゃわからないことってあるでしょ? 私がそうだったように。もしかしたら、楽しそうにしているフリかもしれないじゃない」


 優香の言葉に妙な説得力を感じつつ、確かに優香の言う事にも一理あるかもしれないと納得するキリヤ。


「とりあえずもう少し観察してみようか……」

「そうだね」


 キリヤはそう言って頷いた。


 それから数時間、キリヤたちはその場で少年を観察することにした。


「……普通の少年みたいだね」

「そうね……」


 その少年はキリヤたちが見る限りでは優しい少年だった。小さな妹の世話をする母に苦労を掛けない為、家の手伝いを進んでやったり、ご飯の支度の時は母に代わり妹の面倒を見ていたり。


「やっぱりあの子じゃないのかな――」

「待って! 2階に上がっていった……」


 キリヤの声を遮るようにそう言う優香。


「どこかの部屋に入ったんだろうけど、なんで電気をつけないんだろう……?」


 キリヤはそんな疑問が浮かぶ。


「きっとこれからその理由がわかるよ」


 そしてしばらくすると、墓地に幽霊の姿が現れた。


「本当にあの子が犯人、なの?」


 キリヤは信じられなかった。さっきまであんなに良い子だと思っていた少年は、優香の読み通り一連の事件の犯人だったことが――。


「どうするの?」


 キリヤは優香に問う。


「うーん。とりあえずキリヤ君は、あの幽霊を見てきて?」


 笑顔でそう答える優香。


「え!? なんで僕!?」

「いいから、早く!」

「わあ、ちょっと押さないでよ!!?」


 そして優香に押し出されたキリヤは、幽霊たちがいる墓地へと向かった。


「もう、なんでこんなことに……」


 別に幽霊が怖いわけではないけれど、なんとなく嫌な気持ちはあるんだよね――。


 キリヤはそんなことを思いながら墓地に足を踏み入れると、そこにいた幽霊たちは姿を消した。


「結衣と似たような能力なのかな。でも結衣と違って具現化というよりは、幻影みたいな感じ?」


 そして――


「ネエ、オニイチャン。ボクトイッショニアソボウヨ……」


 背後から急に聞えた声に振り返るキリヤ。


 すると、そこには顔面が崩れた子供の姿があり――


「うわあああ!」


 驚いたキリヤは、思わず声を上げた。すると、その幽霊は笑いながら姿を消した。


「一体何だったんだ……」

「大丈夫、キリヤ君?」


 心配そうに駆け寄る優香。


「大丈夫……。それで、優香は何していたの? どうせ何か策があって、僕に行けっていったんだよね」

「うん。ちょっとね! ……でも、そろそろ――」


 優香がスマホに目を向けると、時刻は19時50分と表示されていた。


「今日はここまでだね。続きはまた明日でいい?」

「そうだね……。じゃあゆめかさんとの待ち合わせ場所に行こう。……その時にさっき見たものを教えてよ」

「わかった、わかった。キリヤ君の犠牲あっての成果だもん。ちゃんと教えるよ!」

「犠牲って! 僕、生きてるよ!?」


 そして優香は笑いながら、歩いて行ってしまった。


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