第3話

「もしかして、ヤマトタケル?」

 ほっぺに指をぶっ刺されたままアタシが訊くと、男は頷いた。

 身長はアタシより高いけど、高すぎるわけでもない。一つ結びにした黒髪、鋭い目つき、通った鼻筋。顔はいいほう。首も太い。ブラックレザーのシングルジャケットとデニムにエンジニアブーツ。パッと見はバイカーの青二才って感じ。

 ってゆーか、今コイツ、アタシのこと弱いっつった?

 ヤマトタケルの喉仏を狙った手刀が、彼の反対の手に止められた。ほっぺの指が離れて、アタシのハイキックを止めた。連続した蹴りも拳も、鞭みたいな動きで全部躱された。

 さすが神話ネーム。まったく歯が立たない。ムカつく!

 悔しいから攻撃を続けても躱されるか、受け流されるか。リッキーさんたちのいるカウンターまでヤマトタケルを追い詰めたつもりが、最後のハイキックで足首を捕まれ半回転させられて放り投げられ、胸の真ん中に手根の一発を喰らい、床に倒された。息が詰まって起き上がれない。

「さっき注文したテキーラ・サンライズを取りにきた」

 ヤマトタケルはリッキーさんにそういうと、テキーラサンライズを二つ受け取った。

 そして、やっと起き上がったアタシに一つを差し出す。

「町田八重子。これ好きなんだろ?」

 アタシは頷いて、差し出されたタンブラーグラスを持った。

「お前は弱いが、安心しろ。今からおれたちはパートナーだ。よろしくな」

 はァ? 自分が強いからって、こんなに他人ヒト見下す? っていうか、コイツ、最初から躱しながらカウンターに行ってた? むーかーつーくー!

「どうせアタシ弱いんで! 今日の飲み代、強ーいアンタが全部持ってよね!」

 腹いせにいうと、ヤマトタケルは眉一つ動かさず、そっけない声でいう。

「もちろんだ。安心しろ。おれは弱者から奪ったりしない」

 そしてアタシをチラッとみて、フッと鼻で笑った。

 頭に血が上ってプチッとキレそうになった。何こいつマジでムカつく!! 初っ端から人のことバカにしすぎじゃない!? テキーラサンライズを飲み干して、カウンターにタンブラーグラスを置く。

「リッキーさん。おかわり」

「大丈夫?」

「まだ一杯しか飲んでない」

「いや、今の、神話組だろ?」

「アタシ一人いなくなったってここの売上に影響ないと思うけど」

「塵も積もれば山となるっていうでしょ? それにやっぱり可愛い女の子は減って欲しくないじゃない?」

「リッキーさん……♡」

 コン、とアタシとリッキーさんの間に空のタンブラーグラスが置かれた。

「甘すぎて吐き気がする。テキーラ。ショットでライムもつけてくれ」

「はーい」

 とリッキーさんは、いそいそとカウンターを離れていった。

「甘すぎて吐き気がする? アタシが好きなの知っててそんなこという? 意地悪くない? サイテー」

 横目で睨んでも、ヤマトタケルは微動だにせずカウンターに肘をついている。どうせ、アタシになにを言われようとどうだっていいんだろうけど!

 あんなヤツとこれからペアで仕事をしなきゃならないなんて本当にサイテーだ。

 美紅と桔梗がいるテーブルに戻ると、美紅にデコピンをされた。

「あんたなにしてんのよ。ここで一悶着起こして、なにかあったら出禁になっちゃうでしょ!?」

「まさか。天下のヤマトタケル様からすればアタシみたいな雑魚なんて取るに足らないよ」

「――で、さっき渡しそびれた書類です。八重子。頑張ってね」

 と、桔梗がA4の紙が入った封筒をアタシに押しつけた。

「何コレ?」

「彼の食べ物の好き嫌いリスト」

「はあ?」

 いつ死ぬか分からない超絶ブラックのK4職種で、貴重な乙女の時間をあんな感じ悪い男のために使わなきゃならないなんて冗談じゃない。

「表面上は恋人なんだから、さっきみたいなファイトごっこは禁止です。この仕事が終わったら、報酬は過去最高額から十倍。一年間のバカンス。さらに特別手当付きです」

「え? アタシの過去最高額一億だけど」

「なら十億出ますね。十億持って一年間のバカンスですよ」

「やる。そしてその一年で超絶イケてるカレシを作ってラブラブする」

 アタシは握りこぶしを作って頷いた。

「そんなに待遇いいって、どんだけ厄介なの。あいつ」

 カウンターの方を見ると、ヤマトタケルは一人で座っていて、誰も寄せつけないオーラを漂わせている。

 はいはい。どうせ、あなた様に比べれば、その辺の凄腕も赤子の腕でしょうね。

 美紅の呟きは気になったけど、飼育方法が書かれたトリセツもあるし、なんとかなるはず!  アタシは十億と一年間のバカンスをかけて、俄然やる気になった。

「で? 期間は?」

「まあ、半年から一年はみてるわ」

「そんなに!? どんな相手なのよ、あいつの標的は〜!」

「それが公開されてないのよ。どんな要人なのかしらね」

「やっぱりボス直属になると情報公開も極端に少ないのね」

 桔梗と美紅の話を聞きながら、アタシはヤマトタケルを観察した。パッと見は青二才のバイカー。全然強くなさそうなのに、アタシの攻撃を軽々躱していた。受け手もソフトで殴っても蹴ってもこっちの衝撃まで少なかった。力の差は歴然。あの打ち合いでまざまざと見せつけられた。悔しい。アタシだって血豆に血豆を重ねるような特訓をしてきたのに。全身色んなところを骨折しても立ち上がってきたのに。その全てがアイツには通用しない。悔しい。

 ふと、ヤマトタケルがこちらをみた。

“なんの用だ”

 と、唇だけでいう。一見ほとんど動いているようには見えない。なかなか高度な読唇術だ。

“アンタに用なんてない”

“何を見ている”

“ムカつくから睨んでたの”

“誰が”

“ アンタよ”

“おれは何もしていない”

“テキーラサンライズをバカにした”

“それで何故お前が怒る?”

“好きなものをバカにされて怒らないやつがいる? アンタ、好きなものってある?”

“ある”

“じゃあ、それが誰かにバカにされたら? ひどい言い方されたらアンタどうする?”

“食べ物や飲み物がバカにされたくらいじゃなんとも思わないな”

“なら、好きな人は? 傷つけられたり、バカにされたら?”

“そりゃ、皆殺しだ。だが、食べ物や飲み物がバカにされたくらいじゃ……”

“もういい”

「なにヤマトタケルと見つめあってるのよ」

 と美紅にからかわれて超絶胸糞悪くなる。

「見つめあってなんかない! あんなやつ! あーもう気分悪い。場所変えよ!」

 と立ち上がると、桔梗の手があたしの手の甲に置かれた。

「貴女のターゲット、つまりはヤマトタケルが現れた時点でミッションはスタートされています。ここからの行動は、彼と。」

 桔梗の声が事務的になった。つまりはボスからのゴーサイン。

 アタシは腹を括るしかない。

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