第883話_ウェンカイン王城

「誰か向けたんだよね? あの村には、敵意や害意ある侵入を防ぐ結界を張ってる。それが反応した形跡があったから、弾かれたか、そんな状態で近くに行ったはずなんだけど」

 私はそれを自分の目で見付けており、モニカからそのような報告は無かった。

 だから大きな争いは無かったのだろうと思う。

 そもそも夜には私も気付かなかったくらいの微かな痕跡で、朝、門に行った時にようやく見付けた。破損などは全く無かったから、脅し、もしくは牽制の為に剣を向けたとか、その辺じゃないかなと予想している。

 とは言え。軽微だからと見逃してやっていい話ではない。

「少々、行き違いがあり、その」

「誰?」

 ベルクの言葉を遮って問いを繰り返す。まずは聞いたことに答えてほしいんだよね。私の意図は伝わったと思う。ベルクは一度、言葉を止めた。

「私と衛生兵を除く全員が、臨戦態勢を取ったことと思います。構えのみで、剣を抜いた者はおりません」

 ふむ。『本当』みたいだ。

 ベルクの後ろに控える騎士達は、真っ青な顔で俯いている。

「どんな理由であれ、あの村に敵意を向けるのは私に敵意を向けるようなものだと思ってるよ。お咎めなしにするつもり?」

 特に威圧は掛けていないし、私の中にも激しい怒りがあるわけではない。淡々と問い掛けているだけ。しかし更に緊張の色を深めたベルクは「いえ」と短く答えた後、考えるように数秒黙った。

「此方で、然るべき処罰を与えます」

 そう告げる彼は苦し気な表情をしていた。状況は知らないけど、騎士達が動いたのはきっとベルクを慮った行動だろうから、処罰するのが辛いのは分かるよ。でもスラン村に牙を向けるのは絶対に許せないからね。

「なら、今回は任せるよ。次からは自分で『反撃』するから、覚えておいてね」

「肝に銘じます」

 ベルクが深く頭を下げたのに合わせて、後ろの騎士も一斉に頭を下げた。

 私が背を向けたところでようやく騎士らは退室を許され、ベルクから休息と治療を命じられていた。ほとんどがヴァンシュ山の麓の洗礼を受けた怪我人だからな。お大事に。

「アキラ様、此方へどうぞ」

「うん」

 王様に促されるまま移動する。この広い部屋で話すわけではないようで、別室に連れられた。隣に小さい応接間があったようだ。

 既にお茶を準備中の侍女が居て、ソファに座ったらすぐにお茶が並べられた。素早いお仕事。

「詳細な報告を得る前のことで、状況を把握できておらず申し訳ございません。我が城の騎士が何か無礼を働いたようですね」

 冷静でありつつも、王様はそう言って真っ直ぐ私に頭を下げる。後方ではベルクも居心地悪そうな顔で、他の従者らと共に再び頭を下げた。

「あの場所はアキラ様のご領地であると同時に、モニカ嬢ならびにアグレル侯爵家の生存者の村でもある。我々は常に敬意を払うべき場所です。今後、失礼の無いように必ず徹底いたします」

「そうしてくれると助かるよ」

 本当にね。私の領地じゃなかったとしても、あの村は絶対に刃を向けるべきじゃない。王侯貴族が無為に傷付けた相手なんだから、むしろつぐないとして全力で守らなきゃいけないだろう。

 ケイトラントがその時にどう動いたか知らないが、騎士らが五体満足だってことは反撃しなかったんだと思う。私だったらその場で全員殺したぞ。もしかしたらベルクも一緒に。

 でも、この話は一旦後回しだ。

 王様は一度深く下げた頭を上げると、ベルクを振り返り、前に来るように手振りで指示した。

「まずはアキラ様がマディス王宮を去られた後のことを、ベルクに報告させます」

 応じるように私が頷けば、ベルクが深く一礼をしてから説明をしてくれた。

 私が「城に飛ぶ」と言ったことを、コルラードが聞き取っていたらしい。

 コルラードは即座に、『城なら此処よりも遥かに高い水準で治療が受けられる』と判断して、衛生兵の呼び出しを撤回し、他の怪我人の対応を続けさせた。

 今思えば、マディス王宮にも『高い水準の治療』はあったのだと思うけど。マディス側は魔族の結界による攻撃で兵士だけじゃなく非戦闘員も巻き込まれていたし、元々、魔物の大群に襲撃されていた時期に出た負傷者のケアもあって手が足りていなかった可能性は高い。だから判断としては正しかったと思う。まあ、飛べなかったんだけど。

 とにかく、コルラード達は魔物らの迎撃体勢を整えた後、ようやく城に連絡を取った。

 私のやつと違って三文字しか送れない通信魔道具。複数使って文字数を増やしても不便なものには違いない。よって、多くを説明せずに端的に私の容態を問い合わせて、何の話だ、と返ってくる。負傷した私が城に転移したはずだと続けるが、来ていないと返る。

 双方が混乱しながら、改めてコルラード側が状況を丁寧に説明。しかし城には私の影も形も無いのが事実で、まあ、大騒ぎだろうな。

「私共で予想できる居場所は、現在ご滞在中の街か、ご領地のどちらかでした」

 だけどジオレンは自宅が分からない。

 指名手配のようなやり方で調べるわけにもいかない。

 ただ一応、ジオレンの各厩舎きゅうしゃには『検問の追加調査』って名目で馬の出入りの記録を見せてもらって、私が馬を持ち出したままであることは確認したとのこと。

「契約を終了した上で出られたのであれば、スラン村に居を移されたのだと推測しました」

 私が厩舎に口頭で伝えた「近い内にまた来るねー」は流石に記録には載っていなくて知らなかったようだ。だとすれば確かに、「スラン村に居を移した」が有力だね。

 だって、私が馬を引き取ったのは城に転移する当日の朝だった。他の街に到着できる時間など全く無い。別の街の付近に転移をしたところで、新しい場所で馬を預けたり宿を探したりする時間を考えたら忙しすぎる。

 スラン村以外に、全ての事情を知る場所があれば話は別だけど、とにかく把握している範囲で推測しようとすれば、スラン村に望みを掛けたくなる気持ちは分かる。実際当たりだったわけだし。

「陛下からジオレンの調査結果を聞くより前に、私はご領地に訪問するべく、部隊を編成していました」

 あの早さでヴァンシュ山に到着したということは、出発の判断も早かっただろう。厩舎に対して不自然にならない温度で聞き取り調査している時間を待っていたら、あと二、三日は掛かっていたはず。……むしろそれくらいゆっくりきてくれたら到着前に私が目覚めてヴァンシュ山の攻略は止めてあげられたんだけどね。まあ済んだことは仕方ない。

 それにしても。私の領地へ向かう為に兵の編成を始めた王子に、コルラードはどんな顔をしたんだろうか。あの人は割と真っ当だから、流石に止めてくれたと思うんだけど……とりあえず、続きを聞くか。

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