第882話_寝支度
座ったままでぐっと身体を伸ばしてみるが、すっきりしないな。
「明日、ベルクを送った後はどうしようね。ジオレンに帰る? 私の療養はどっちでもいいし、さっきの工事も、もう少し休んでからの着手になるし」
やっぱり長く住んでいるジオレンの方が、女の子達は落ち着くかな。そう思い、明日中には戻っても良いかもしれない、と思考していたら。
「もう少し此処で休む方がいいんじゃないかな。さっきみたいにレナさんやモニカさんに診てもらった方がいい場合もありそう」
「あー」
確かに。二人ほど信頼の出来る医師と魔術師はこの世界の何処にも居ない。すぐ良くなるだろう、と軽く考えているものの、少なくとも女の子達は、きちんと診てくれる二人の太鼓判が押されるまでは不安になるのだろう。
「分かった。じゃあカンナ、明日の朝食後でいいから、しばらく滞在することをモニカに伝えてくれる?」
「畏まりました」
普段であれば今も起きている時間だと思うが、さっき騒がせてしまったばかりだから、知らせるのは明日の朝がいいね。もう彼女らにはゆっくり休んでほしい。
勿論、私と女の子達も、早めに休もう。そんな空気になったところで、ナディアが少し考えた顔をしながら立ち上がる。
「私達のベッドはどうしようかしら。アキラを此処に一人で眠らせるのも心配だけど、ベッドの移動は少し大変ね」
「私ならば身体強化で――」
「いやいや、収納空間くらい使えるってば。全員こっちで寝る?」
大きな魔法は使えないし、身体もあんまり動かせないけど。収納空間は使えるよ。さっきも椅子を出し入れしたよ。
明るく笑ってそう言ったんだけど。みんなはとても渋々という顔で頷いていた。え、こっちで寝るのが嫌なわけじゃないよね?
とりあえず私のベッドを少し端に寄せて、カンナの屋敷へとみんなのベッドを取りに行った。
カンナの屋敷は家具などで仕切って自由にレイアウトしてもらえばいいと思ってワンルームにしてあったのが幸い。まだ家具が無かったからベッドを沢山入れられたんだね。全ベッドの回収。
女の子達は私物も置いていたからその片付けの為に少し残っていたが、カンナだけは私が戻るのに合わせて一緒に戻ってきた。ずっと寄り添って、眩暈が無いかを横から確認されている。まだ大丈夫。
ぴったり寄り添ってくるのが可愛かったから、カンナの側頭部にぐりぐりと頬擦りしておいた。カンナは何が起こったか分からない顔で目を瞬いていた。癒し。
「できた~」
「ありがとう。具合は平気?」
全部を綺麗に並べたところで、いつの間にか戻っていたリコットが声を掛けてくる。
「げんきです」
「うーん、アキラちゃんに具合を聞く度に後悔するよ」
「ひどいや」
信じられないってことらしい。聞く意味はなかったなーと感じてしまうのだろう。酷いや。
とにかく、もうみんなも寝支度の為にお風呂に入り始めているが。三人と二人で分れ、順番に入るらしい。今は子供達とカンナが入っていて、私の傍にはナディアとリコットが居る。
これは見張りか? 脱走するほどの体力も無いのに? あ、さっき眩暈を起こしたから、その心配か。そういうことにしよう。
とりあえず私はテーブルに座って頬杖をついていた。今のところ眩暈の再発は無い。
「……眠いの?」
優しい声が掛かる。私はぱちぱちと瞬き。そうだね、眠い。
「沢山寝てたはずなのに、不思議とねむい」
「あはは。きっと疲れてるんだよ」
目を閉じていたら、眠ってしまいそうだ。別に寝て良いのだとは思うけど、何となく動くのが怠くてそのままリビングに居座る。とろとろしながら、ヴァンシュ山の登山道をどうしようかなぁと、ぼんやり考えていた。
全員が寝支度を済ませた頃、みんなに促されてようやく私も寝室に入った。
女の子達は私の処置のせいで三時間おきに起きて交替するような無茶をしていたみたいだから、彼女達こそ、疲れていたんだろう。あっという間に眠り落ちていた。そんな子達を、今は絶対に起こしてしまったらいけないな。私も大人しく目を閉じて眠った。
翌朝。特に不調も眩暈も無く目覚め、朝は女の子達が作ってくれた優しい朝ごはんを食した。幸せ。
しかしティータイム後には、お仕事に行かなければならない。面倒くさい気持ちを残しつつ、女の子達にお留守番を任せて屋敷を出る。万が一にも女の子達のことはベルク達に覚えられたくない為、扉の開閉でも見えない位置で見送ってもらった。
モニカにはベルクを送迎する正確な時間を告げていなかったものの、ケイトラントが見守ってくれている場で「明日の朝」と告げた為、それが伝わった上で、時間も何となく予想されていたのかな。私が行く頃にはモニカも門の傍に来ていた。
私達が歩み寄ると、ベルクはまず私に朝の挨拶をして、次に、モニカに向かって深く一礼した。本来はこのような姿勢を王族が他の貴族――まして平民に向けることはないだろう。でもモニカはこの国で私とカンナの次に偉いので不思議ではない。
「大変な迷惑を掛けてしまった中で、兵らへの食事、水や薪の提供に至るまでの厚意には、感謝の念に堪えない。後日改めて礼をさせてほしい」
炊き出し以外にもしてやったのか。ちょっとびっくりして目を瞬いている私の横で、モニカはおっとりと微笑む。
「全て領主であるアキラ様のご意向でございます。感謝は全て、アキラ様へ」
いや違うが?
功績を『譲られた』のではなく、面倒くさいことを『押し付けられた』気になった。顔を顰めても、モニカは動じずにニコニコしている。全く敵わないね、この人には。肩を竦めるだけにしておいた。
「もう飛ぶよ。私の山に、ゴミとか落としてないよね?」
「はい、全て回収しております」
野営跡には焚き火の灰も見当たらなかった。私に言われるまでもなくきちんと掃除してくれたらしい。ならばよし。
昨夜の約束通り、王様にも事前の確認は取れた。再度、「飛ぶよ」と宣言をして、全員まとめて転移。
転移先は……何処だろう。ホールみたいなところ。小規模パーティー用かな?
待機していた王様が挨拶してくれたのを軽く頷いて受け止める。その横で、全員漏れなく転移できたことを目視で確認したベルクが、私に一礼した。
「体調にご不安のある中、我が騎士を含め送迎して頂き、ありがとうございました。……騎士については一度、下がらせても宜しいでしょうか?」
後半の問いは王様に向けられたものだ。だから王様も私を気にせず「構わない」と応えたし、ベルクはそのまま彼らに指示を出そうと私に背を向けていた。
「――あ、そういえば。私の村に剣を向けたの誰?」
唐突に向けた問いに、その場が静まり返る。
ベルクが、ゆっくりと私の方を向く。瞳には緊張と、恐怖があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます