第881話_面会
ベルクを見下ろしながら、座り直して足を組んだ。偉そうな構図だなぁ。と、他人事のように思う。
「この村の連絡手段は、まだ準備中なんだ。私が倒れるとか不在の場合、確かにどうしようもない」
先日用意した郵便受けは緊急のやり取りが出来ないし、風鳩はまだ卵から孵ってすらいない。自由かつ早い連絡は私一人に依存している。
「だけど『緊急だ』って理由で私のお願いを今後も無視されたら困る。『緊急』の判断だって、私以外の誰かがするなら余計に意味が無い」
「……はい」
またベルクの頭が少し下がる。この国の王族は、地面や床と同化するのが好きだね。余計なことを考えつつも、今後について交わすべき取り決めを少し思考したが――、頭がぼんやりしている。小さく息を吐いた。
「この話はちょっと長くなりそうだ。後回しにしよう。さっきも言ったけど私は本調子じゃないんだ」
何より、これはスラン村の安全に関わることだから、漏れの無いようにしっかり考えたい。一晩ほど時間をくれ。
「明日には少し落ち着くと思うから、朝、転移で全員を王城に送ってあげるよ。君らが今の状態でこの山を下りたら多分誰か死ぬでしょ」
ベルクは言葉に詰まり、軽く自らの騎士を見やっていた。明らかに疲弊し、無傷でもない。どれくらい消耗しているのか、私はタグによって数値も見えているから、最悪の場合は全滅もありえると思っていた。三人くらいは死ぬ確率の方が高くて、その三人を欠いた状態で進めば他の者も危ない。遺体を放置できず担ぐならもっと無茶だ。
何より、私の領地で勝手に死体を作るな、とも思う。
「ベルクの火急の用は、私の安否確認だけで良かった? 明日送ってから、王城でゆっくり話そうと思ってるけど。それまでに何かある?」
「いいえ。明日で問題ございません。ご不調の中、御顔を見せて頂けたこと、心より感謝申し上げます」
一度背筋を伸ばした後、再び地面に頭を付けるのかと思うくらいベルクが頭を下げた。何回見るんだ、この光景。感想は飲み込み、私はゆっくりと立ち上がって、軽い挨拶を告げて立ち去った。
カンナに付き添ってもらいながら、のそのそと帰宅。
「めんどくさいなぁ」
一番近い椅子に座って、ぐんにゃりしながら呟く。心配そうに私を見つめていた女の子達は、唐突な愚痴にちょっと目を丸めて、それから苦笑した。
「王子様?」
「とか、うーん、色々」
カンナがまた紅茶を出してくれたので、ちゃんと身体を起こした。突っ伏していたら飲めないのでね。
「今回みたいに私と連絡が取れない場合、今後も王様側の人達がこうして登ってきちゃう可能性が出てきた」
「あ~……」
みんなが各々の反応を見せる傍ら、カンナの美味しいお茶を傾ける。
私が「入るな」と言えば入らないでくれると信じていたが、考えが甘かった。今回は本当に仕方ない気もするけど、そこまでの状況じゃなくても、再発の可能性は否めない。今回を許せば確実に『前例』になるのだ。
「死者が出なかったのは偶々だ。次回以降は分からない。此処の麓は、普通の人にとっては本当に危険だから」
此処の前領主は二人いるはずだが、彼らがどちらも放置を選ばざるを得なかったのだから、ちょっとした貴族の持つ私兵では歯が立たないレベルなのだ。
第一王子の護衛として選ばれた精鋭で固めて登ってきても、あれだけ負傷していた。非戦闘員だけを連れてケイトラントが此処を登ってきたのが如何に偉業かよく分かるよ。彼女が言うには、威嚇スキルがあった為に遭遇率が低く、複数の魔物には襲われていないとのことだったが、それでもすごい。
「勝手に死体をごろごろ作られたら困るし、軽い魔物避けをした登山ルートを用意しよう……」
「また工事するの!? しかも麓まで?」
「そういうことになる……」
だからとても面倒くさい。城の為の仕事だから特に嫌。女の子達の為、もしくはスラン村の為だけに私は働きたい。……まあ、延いてはスラン村の為ではあるが。
「でもスラン村用の通路ほど完璧な安全を確保するつもりは無いよ。今日のベルクらの戦力があれば安全になるってくらいで良いと思ってる」
雑魚な山賊や一般人まで入ってくる必要は無いからね。ある程度の危険は残させてもらう。
「それを、どうやって実現しようかな……」
真っ白な紙を一枚取り出し、考えなどを書き出し始めたところで、「また後日でいいんじゃない?」「今は休んだ方がいいよ」と女の子達が心配そうに言った。
「確かに。ちょっとゆっくり考えるか」
半端にペンを走らせた紙を、早々に片付ける。あまり先延ばしにして二の舞は嫌だけど、数日中にまた来るわけじゃない。もう少し体調が落ち着いてから考えても良いだろう。
「急ぎは、あー、王様への通信か。私の無事と、ベルクを明日送るってことだけ伝えなきゃね」
私が送るとなるとベルク達をヴァンシュ山の麓まで送ってきた馬車も必要なくなってしまうし、待機している馬車組を誰かが迎えに行くか連絡を送るかして、王都に帰還させてあげないといけない。その辺りも含め、早めの連絡が必要だ。
「体調は大丈夫?」
「多分。しんどくなったらすぐ切るよ」
みんなに見守られながら、王様に呼び掛けた。すると、ずっと魔道具を抱いていたのかと思うほどの早さで応答があった。
『――承知いたしました。ご連絡、ありがとうございます』
最初は私の無事を知って、声を感情的に震わせていたが。淡々と連絡事項を述べたら、最後は落ち着いた声でそう応えた。
『朝九時頃に送る。場所は何処がいいんだろう。兵らも居るから広い場所がいいな』
『此方で見繕い、魔道具の場所を移動させます。移動前に一度また呼び掛けて頂けますでしょうか』
『了解、じゃあそれで。また明日』
特に不調は無かったが、女の子達がハラハラしているのが可哀相なので手短に会話を終えて通信を切った。
「おしまい~」
終えると同時に報告したら、女の子達がホッとした顔になる。可愛い。近くに居るカンナをとりあえず撫でた。
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