第880話_診察

「念の為、モニカ様にも来ていただけるように願いました」

「モニカ?」

 診察に来たレナが言う。大人しく診察されながら私は首を傾けた。何故モニカを?

「先程診させて頂いた状態を考えれば、身体的な問題ではない可能性もございます。ですが私では魔力的な問題を診ることはできませんので……」

「ああ、なるほど」

 この症状、魔力回路とかその辺がおかしくなっている可能性があるのか。

 そういえば以前リコットが魔力切れで眠そうにしていたし、私もまだ不慣れな時期に魔法石を連続で作ったら、立ち眩みしたことがあった。確かに似てるかも。

 レナのその予想通り、身体は何の異常も無かった。診察が終わるタイミングで丁度モニカが来てくれて、診察係の交代です。

「……体内の魔力濃度に大きな偏りがございますね。その影響かと思います」

 通常、魔力は一定の量と濃度で体内を満たしているものだ。でも今の私はそうではないと。

「腕を失くされておりましたから、一度そのバランスが崩れていたところ、再生によりまたバランスが崩れ、更に瘴気病にも長く侵されておりましたから、あらゆる刺激が生じて少し回路が混乱しているのでしょう」

 さもありなん。さっき腕が無い状態で魔法を使おうとしたら、いつもと少し勝手が違って困った。瘴気が体内に溜まっている状態もまた然り。どちらもすぐに実感できるほどの大きな変化だった。そりゃ身体もびっくりするよね。

「混乱して魔力が大移動してる時に、ふわふわするのか」

「おそらくは。魔力量が多い幼子には時折見られる症状です」

 本来、子供は素質があってもほとんどの場合、自分で制御できる範囲の魔力で生まれてくるそうだけど、稀に、巨大な魔力を持って生まれてしまう子供も居るらしい。そのような場合は制御しきれずに振り回され、体調を崩すという弊害が出てしまうそうだ。

「アキラ様は制御の技術が無いわけではございませんので、時間が経てば次第に落ち着かれるとは思います。ただ、少しであれば今、緩和させられるかと……私から魔力を送ります。よろしいでしょうか?」

「うん」

 私の治療時、魔力が不安定になった女の子をモニカが補助してくれたと聞いている。誰がそれをしてもらったのかは、誰も言わなかったから知らない。とにかく同じ要領で私のことも少し整えてくれるらしい。

「小さな子であれば完全に整えることも可能でしょうが、アキラ様の魔力量は流石に不可能ですので……」

「ははは」

 だから「少し緩和」と言ったのか。しかしほんのちょっとでも処置してくれると助かる。モニカは診察の為に握っていた私の手を握り直し、ゆっくりと魔力を送り込んできた。

「んん。くすぐったい」

「しばし、辛抱して下さいね」

 素直に感想を述べたら、モニカにくすくすと笑いながら宥められた。ちいちゃい子を扱う言い方だった。恥ずかしい。子供扱いもくすぐったい。ぷるぷると頭を振る。周り全員に笑われている。

「あー、整えてもらうと、確かにバランスがおかしいのは分かる……」

「自覚があれば、一層早く治るでしょう。……私が行えるのは此処までです。とにかく今は安静になさって下さい。眩暈がいつ発生するか分かりませんから」

「そうするよ。ありがとう」

 無茶しなければすぐには再発しないだろうが、再発のタイミングは全く分からない。盛大にぶっ倒れてしまわないように気を付けながら過ごそう。

 何にせよ、本当に助かった。レナもモニカも何度も来てくれてありがとう。二人にお礼と謝罪をしつつも、「安静に」と言い付けられたので、お見送りは座ったままでさせてもらった。

「みんなもお騒がせしてごめん。ごはんの用意、ありがとう」

「ううん、落ち着いた?」

 早速スープを口に含んでいた為、声に出さずに頷く。眩暈はすっかり無くなった。

 モニカは魔力解析が上手なんだろうし、自分にも子供が居たから、魔力が不安定になる状態についての処置などをよく知っていたみたい。彼女に診てもらえて、そして処置してもらえて助かった。

「ベルク殿下との面会は明日にいたしますか?」

 心配そうな顔でカンナが問い掛けてくる。想定外に私が不調を見せてしまったから、カンナとしてはこのまま寝てほしいんだろうな。気持ちは分かるものの、申し訳ない気持ちで首を横に振った。

「いや、面会は行くよ。もうちょっとしたら」

 待たせていると思うと気持ち悪いんだ。でも無理は私もしたくないから、しっかり休憩を挟ませてもらう。

 普段よりずっとゆっくりしたペースで食事を終えて、カンナが淹れてくれた優しい紅茶を飲む。

「本当は、そのまま城に彼らを送って、王様とも話そうと思ってたんだけど。流石にそれは明日にさせてもらうよ」

 あの人数を転移で送るのも、今の私には負担だろう。魔力が偏る原因になりそうだ。

 ティータイムによる休憩で心身ともに少し落ち着いたところで、身支度を整えて……いやカンナに整えてもらって、のんびりと外へ出た。

 もう日はとっぷりと暮れていて、私が出てきたことは多分ベルクからは見えていない。でもベルク達の方は焚火をしているから、火の明るさで姿が見えた。正門から思ったより距離を取ってくれている。まあ、あんまり近いとケイトラントが睨みそうではある。

「お疲れ様。ケイトラント」

 普段なら気安く返してくれるのだけど、ケイトラントは私に小さく会釈して、ベルク達の方を向く。

「クヌギ公爵がご到着です。面会して頂けます」

 気付いていなかったらしい一同がざわついた。カンナが私の傍で照明魔道具を起動すれば、私の姿が確認できたからか、すぐにベルクが立ち上がる。

「今、参ります!」

 一瞬、外していたマントや鎧を振り返っていたが、結局、そのままの姿で此方へ走ってきた。そして私の前で急停止した直後、その場に片膝を付く。あまりに早く跪くから急に視界から消えてちょっとびっくりした。

「まずはご領地へ無断に立ち入りしたことを謝罪いたします。これは私の一存であり、陛下および誰からの進言もございません。全ての責任は私にあります」

 あー。なるほど、今回は仕方ないケースだと感じたからそんなに気にしていなかったけど、まあ、うーん、そうだねぇ。「いいよー」って言っちゃうと今後がまずいか。

「話の前に、私は一旦座って良いかな。体調がまだ整わなくて」

「も、勿論です。組み立ての椅子で良ければ、すぐに……」

「いや、大丈夫」

 自分で収納空間から出した椅子に座った。どっこいしょ。ベルクもその『組み立ての椅子』があるなら座ってもいいとは言ったけど、ベルクはそのまま跪いていたいらしい。意味が分からないけど……好きにしたらいいと思う。

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