第884話_報告
「ご領地は、マディス王都と我が国の王都のほぼ中間点にございます。ですが事情を知る者の中で考えると、向かえるのは私とコルラードしかおらず……我々どちらかが行かなければならないと思いました」
他の選択肢は王様、あとは精々クラウディアだろうが、二人がこんな山に突入するわけにもいかないもんな。消去法で言えば確かに、二人になるのは分かる。納得とまではいかないが。
「私が向かうことに、コルラードは難色を示しておりました。ですがコルラードが向かう場合には、私を敵国に残すことになります。双方を天秤にかけ、最終的には折れてくれました」
案の定コルラードは渋ったんだな。そうだよな。でも確かに、マディス王宮は敵国のど真ん中だ。共同戦線を張っている最中ではあるものの、警戒を怠っていい場所ではない。女王が止めてくれたとしても、個人的な恨みや悪感情を持っている者はウェンカイン国内よりも多いはず。その二択になると……なるほど、苦渋の決断だねぇ。
その後ベルクは、ウェンカイン王国軍が持っていた複数の通信魔道具の内、二つだけを持って、ヴァンシュ山へ向けて出発。王様にはヴァンシュ山に向かう旨だけを伝えたという。
もしも私が別の場所で見つかったら王様から連絡を受け、逆にベルクがヴァンシュ山で私を見付ければ連絡をする為だろうな。不便な通信魔道具とは言え、それでも風鳩より速い手段だから。
「無断でご領地へ侵入することに関する相談はしておらず、……そのような命令を受けたわけでもございません」
彼が「侵入」と告げた瞬間、王様はハッとした顔をした。
「昨夜も申し上げた通り、私の一存です。よって処罰は私が受けます」
「ベルク」
王様が口を挟もうとしたところを、私が手振りで制止する。
「それについては昨日時点では検討中だった。後で話すから、先に諸々の報告をお願い。コルラードから、今の状況の連絡は?」
色々と言いたいことはあるだろうけど。王様は複雑な顔をしながらも私に応じた。
「戦況は既に安定し、王都周辺は勿論のこと、森の中心部まで入り込む形でマディス王国軍と共同で大規模に魔物の掃討を行ったようです」
徹底的にやったわけだ。普段よりもう魔物が減ってそうだね。ちなみに私が抉った庭などは修復が必要になるものの、魔族の結界が破壊した西門の方が被害は大きいから、気にしなくていいって。本当にマディス側がそう思っているのかはともかく。王様がそう言うならいいか。必要あれば王様の方で何とかしてくれるんだろう。
「女王も既に目覚め、体調に異常は無いと報告を受けています」
良かった。彼女を助けた後、チラッとバイタルを見たくらいでその後は観察できなかったからな。異常なしって言葉にタグが『本当』と出しているなら、私の解呪による後遺症も残ってなさそうだ。
「また、呪いについてですが。発動を恐れ、最初は魔力の封印具を外そうとしない者が多かったと聞いています」
なるほど。言葉ではもう大丈夫と言われても、最初の一人は怖くて仕方が無いよな。
「ただ、返還した一名が率先して皆の前で外し、発動しないことを証明した為、ようやく回収作業が進んでいる、というのが昨日の報告でした」
あら~ケヴィンが頑張ってくれたのか。目の前で女王の腹に穴が開くのを見て、きっと彼も怖かっただろうに。ありがたいね。私が実験体にした時にも同じ恐怖を感じていて、彼は無駄に二回もその恐怖を耐えたことになる。可哀想。一度目は私が齎しているのだが結果的に人助けなので謝りはしない。
というか、あの魔族を滅した手応えは確かに感じていたものの、彼が無事だったことで、本当に死んだんだなと再確認できて私もちょっとホッとした。
「明日には部隊を整え、我が王国軍もマディスの王都を発つ予定です」
魔族の結界展開で負傷した者達の中に死者は居なかったものの、重傷者は出てしまったそうだ。命に別状は無いとのことだけど、自力で動ける状態ではない。そんな彼らを運ぶ為の馬車や人員を、女王が貸してくれることになったという。
国境まで馬車で送迎しつつ、護衛代わりに兵も付けてくれるらしい。減った戦力で魔物と戦いながら帰るのはかなり大変だろうからね。
マディスとしてはウェンカイン王国軍が一人残らず国を出ることを確認する意図もあるだろうが、半分は本当に、マディスの為に命を懸けてくれたことへの感謝の措置だと思う。
「申し訳ございません、アキラ様」
諸々の報告にふんふんと頷いていると、徐にベルクが謝罪を挟む。なんだ。次はどんな悪いことをしたんだ話してみろ。
「あの時、何が起こったのか、我々は今も分かっておりません。何の前触れもなく唐突に、女王の身体に穴が開きました。あれは、呪いが発動したのですか?」
「あー、うん、そう」
そりゃ、分かるわけないな。悪いことじゃなかった。どうして発動したかを含め、私が負傷するまでのあの短い攻防を、遠目に見ているだけで理解するのは不可能だ。
説明が面倒くさい……と思うけれど。
こればかりは私しか知らないことなので。魔力を封印していたにも拘わらず呪いが発動した仕組みとか、私が解呪を行う羽目になった理由とか、その結果で攻撃を受けたこととか。順を追って全てきちんと説明してやった。
「あの時は、『こいつバカだなトドメを刺せば終わるのに』と思ったけど。違うね」
「……というと?」
「出来なかったんだよ。あいつ自力では攻撃魔法が使えないか、あまり強力じゃないんだと思う。私の結界を破るほどの力が無かったんだ」
あの時の私は自分とカンナと女王とケヴィンの四人を守る結界を張っていた。
女王の解呪をし始めた時、女王は私の結界内に居た。解呪なんて繊細な魔力操作は、対象を結界外に出しては処理できないせいだ。その結果、女王の体内で構成された攻撃魔法は何にも邪魔されることなく私を貫いた。
一方、魔族は結界外に居て、侵入することも、攻撃魔法を入れることも出来なかった。
呪いによる攻撃を受けてもなお、私の結界は、破壊されることなく維持されたままだった。それを見て、自分では結界を破壊できないと悟り、攻撃は諦めていたのだと思う。大勢の『観客』を前に、結界に苦心する自分を見せたくない見栄もありそう。
「だけど私は間違いなく致命傷を受けていて、回復魔法もまともに使えないようにされていた。攻撃が出来なくても、もう死ぬのを待つだけだって思い込んで、油断していたのは事実だろうね。一時的にでも逃げれば良かったのに。遠くへ」
結局、あいつが呑気にお喋りしてくれていたから、私はあいつを殺せたし、全員の呪いも解呪することができた。もしあの時に逃げられてしまっていたら、あの状態の私が追うのは不可能だ。ともすれば永遠に、あの魔族を取り逃がすことになっただろう。
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