第876話_権限を持つ者
だがベルクも今は引き下がれる状況ではない。
「仰る通り、クヌギ公爵の御言葉が、全てにおいて優先だ。あなたが正しい。部下の無礼を許してくれ。私自身、非常識な問いをしていることは理解している。だが今は緊急事態なんだ。クヌギ様を探している」
話しながらベルクは手振りで兵達を下がらせ、臨戦態勢を解かせた。渋々と言う顔をしている者も居たものの、救世主の命令を盾にされて大きな声で反論など、特に王族を前にして出来るものではない。大人しく従っている。
「クヌギ様が、酷い怪我を負ったまま戦場を去ってしまわれた。ウェンカイン王城にも戻っていないと聞いている。他には此処しか、当てが無いんだ」
もう一箇所、アキラが居るとすればジオレンの自宅だろうが、そちらに関しては王様達も住居を把握していない。かと言ってジオレン内に軍を投入して指名手配者のように捜索するわけにもいかず、唯一、確認に赴ける場所が此処だったのだろう。
しかし、第一王子からの懇願を聞いても、ケイトラントの表情は変わらなかった。
「私にはご質問に答える権限がございません」
迷いのないケイトラントの対応に、ベルクは再び言葉を詰まらせる。
救世主の意向で答えられないと言われたら、国王の命令があっても、覆す術がない。その救世主の生命に拘わるのだが、それを伝えても断られてしまったのだから。しかし、この言葉には続きがあった。
「そのままでお待ち下さい。……間もなく、権限を持つ者が参ります」
「え?」
怪訝な顔をしたが、ケイトラントは口を閉ざし、以降の説明はしなかった。沈黙が落ちた場に、足音が近付く。
ケイトラントの真後ろから、数名が歩いて来るのが微かに見えた。後方を覗き込むような不躾な真似が出来なかったベルクは、逸る気持ちを抑え、じっとその訪れを待つ。
一分後。ケイトラントが横に控えるように数歩移動すると、そこにはモニカが従者を携えて立っていた。
「モニカ殿……」
「ご無沙汰しております、ベルク第一王子殿下」
穏やかに挨拶を告げるモニカに対し、ベルクは背筋を伸ばし、一礼をする。
「前触れもせず訪問してしまい、申し訳ない。緊急事態と判断し、私の独断で決行した。此方の領主、クヌギ様を探している。所在をご存じないだろうか」
モニカはベルクを前にしても怯む様子も畏れる様子も無い。一拍、彼の言葉を受け止めて笑みを浮かべた。
「殿下の行いが『訪問』であるか『侵入』であるかは、アキラ様のみがお決めになることでございます」
その声は、穏やかな表情からは想像できない程に、酷く冷たい音をしていた。
「此処は、アキラ様のご領地。国王陛下に直接『誰も入らぬように』と願ったとのことですから。此方にいらっしゃる時点で既に、その
アキラのみが決めると言いつつも、モニカの考えでは『侵入』であるとの認識らしい。一同に緊張が走る。ベルクは一つ、呼吸を飲み込んだ。
「分かっている。けれどその、アキラ様が――」
「この村にいらっしゃいます」
第一王子の言葉を遮るように答えた無礼を、誰も咎めなかった。彼女の言葉を受け止め、その内容だけに意識が向いていた。思わずベルクが前のめりになると、モニカの隣に居たケイトラントが槍を持ち直す。ハッとして、ベルクは身を引いた。
その一連の動作を見守ってから、またモニカが微笑む。
「大変なお怪我をなさった状態で、お戻りになられました。……殿下はご無事のようですね? 何よりでございます」
ベルクは咄嗟に言葉が出なかった。彼は素直な気質をしているものの、彼女の言葉が意味するところも分からぬほど愚かではない。
救世主ほど尊い存在があれだけの怪我をして、何故、身を挺してでも守るべき立場である兵らが、王子が、五体満足で此処に居るのだと、咎められている。
異世界から来ているアキラからすれば王子が前線へ赴くことや、その身を危険に晒すことは愚行に見えたが。この国に生きる者、特に王侯貴族の立場では、『救世主が何よりも優先されるべき』なのだ。王家の血が完全に途絶える事態にでもならない限りは、王様であっても、救世主の危機ならば死を選ぶのがこの国での『あるべき姿』だった。
返せる言葉を持たず、ベルクは唇を噛み締めて黙り込む。そんな彼を眺めるように見据え、モニカは続けた。
「お戻り次第、アキラ様はご自身の魔法で傷を治癒なさいました」
実際は魔法札によって回復をさせた為、事実とは異なるが。広く言えばあれも『アキラの魔法』で間違いではない。また、あの魔法札の存在は相手が王族であってもアキラの意志を確認せずに公表すべきではないとモニカが判断し、村の者全員に箝口令を敷いていた。
この村は、完全な一枚岩だ。王家が圧力を掛けて尋問したところで、誰一人、口を割ることは無いだろう。
「ですがその直後、意識を失ってしまわれました。容態は安定しているものの、現在、瘴気病に侵されております。未だお目覚めではございません」
「瘴気病……? 四日も昏睡状態なのか? 此方に引き渡してくれないか、城で治療をさせてくれ!」
「なりません」
モニカはベルクの言葉を遮る勢いで申し出を拒絶した。それに対し驚愕の表情を浮かべたベルクは、やや感情的に声を荒らげる。
「彼女がどれほど尊い御方なのか分かっているのか!? このような村で施せる治療など――!」
「殿下こそ、冷静に状況をご確認ください」
対照的にモニカの声はずっと変わらず、最初からこの会話の全てを予定していたかのように淡々としていた。
「今の装備で、治療が必要であるアキラ様を刺激せぬように守りながら、この山を下れますか? 城まで運べますか?」
負傷したアキラを救うべくこうして来たのだから、ベルクも医薬品は多く持ってきているし、衛生兵も一名後ろに控えている。患者を運ぶ為の装備も揃えてあり、山の麓には丈夫な馬車が待機している。
だが、この山の魔物の強さと多さは、彼らにとっても大きな誤算だった。現時点でも彼らの兵には負傷者が出ており、守られるべき王子も戦いに参戦せざるを得なかった為に汚れている。安全にアキラを下へ運べないというのは、どう言い繕っても否定できない。ベルクは再び言葉を失くしていた。
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