第874話_処置
「少し、止めて下さい」
十数秒ほど見守った後、モニカが言った。指示に従って素直にルーイが手を放す。すると数拍の間があってから、アキラの身体からまとまった瘴気が溢れ出した。
「成功していますか?」
ナディアの問いに、モニカは瘴気の動きから目を離さずに頷く。
「ただし、これはルーイさんの魔力で押し出しているのとは少し違い、他者の魔力が入り込んできたことに反応したアキラ様ご自身の魔力が、反射的に少し循環しているのです」
「ではやはり本人の魔力でなければ、瘴気を出すことは出来ないんですね」
再びモニカが頷く。瘴気病となるほどの濃い瘴気が回路を侵しているなら、今回、ルーイが送っているような微弱な魔力、しかもアキラの魔力濃度を遥かに下回る薄い魔力では追い出せない。アキラ自身の魔力を刺激することが、今、彼女達にできる唯一の手段なのだ。
「ルーイさん、アキラ様から出る瘴気が少し落ち着いたら、また先程の量を、同じ長さで送ってください。瘴気が出てきたら止めて、それを繰り返す形です」
「分かりました」
しっかりと頷くルーイに微笑んだ後、モニカはようやくアキラから視線を外し、心配そうに見守るナディアとリコットを振り返った。
「かなり微量な魔力によって刺激し、少しずつ処置しなければなりません。アキラ様がお目覚めになるか、瘴気が出なくなるまでは数日を要す可能性があります」
一人や二人だけで行えることではない。だからモニカは幼いルーイを除外しなかった。この処置をできる者は五人。モニカを含めたとしても六人しかいない。幼いルーイにも願わなければ、終わりの見えないこの処置を続けることは難しい。
「一人ずつ魔力を送り、一人は傍で待機、他の方は休む形で、交替制に致しましょう。……相当の無理をお願いする形になりますが」
何日掛かるか全く分からない。一日や二日で済めばいいが、此処まで酷い瘴気病の症例は無く、この処置にも前例は無い。だから予想を付けようが無いのだ。状況を飲み込んで、ナディアが頷いた。
「いえ、ご指示ありがとうございます。私達にもルーイと同じく、魔力量の指南をお願いできますか?」
「勿論です。この処置が安定するまで、私は魔力の観察の為、レナはアキラ様のお身体を観察する為にずっとお傍におります。分からない時はその度に聞いて頂いて構いません」
優しい笑みで告げるモニカには一切の迷いが無く、レナも異論は無いようで黙って頷いている。しかしナディアは反応に困り、しばし言葉を選んでしまった。
「それはお二人に、かなりの負担が掛かるのでは……」
不安そうに告げるナディアに、モニカははっきりと首を横に振る。
「お嬢様方ほどではありません。何より……アキラ様がこのような時に、できぬ無理などございません」
力強い返答だった。レナだけではなく、周囲の村人も誰もが同意を示して頷いていた。込み上げる感情を、ナディアは気丈に飲み込む。
「……ありがとうございます」
それでも堪らず微かに声が震えてしまった彼女の背を、モニカがそっと撫でた。
ルーイが処置している間、モニカはそれを見守りつつ、他の子らの指南を行う。指南が済み次第、ナディア達はケイトラントの力を借り、アキラの屋敷を少し整え直した。
アキラの寝室にはアキラ用のベッドと数脚の椅子だけを置き、女の子達のベッドは全て、カンナの屋敷の方へと移動させた。
交替で休む為の措置だ。カンナの屋敷はまだ家具が何も無い為、全員のベッドを並べるのに充分な広さがある。ただ、運び入れをナディア達だけで行うことが難しかった為、その点はケイトラントや他の村人が助けてくれた。
部屋を整え終えると、ケイトラントがアキラを屋敷へと運び入れた。竜人族は瘴気に対してもかなり強い抵抗力があるらしく、彼女の身体は、瘴気に直接触れても肌が
よってアキラに触れるような処置は、守護石を持つ女の子達、およびケイトラントのみが行った。
モニカにも通信用魔道具に付随している守護機能がある為、万が一、女の子達の交替制が滞るなどの問題があった場合、魔道具を傍に置いて同じ要領で彼女が担当する予定になっている。
最も安定的に処置が可能であろうモニカが作業の主体とならないことは、一見すれば効率が悪いことのように思える。だがどのような状態に陥っても最後にはモニカが控えていて必ず対応してくれると感じることが、女の子達の精神的な支えにもなった。
また、モニカはこの村の絶対的な柱でもある。彼女だけは最後まで無傷で、倒れることなく居てもらわなければならない。その思いは村人だけではなく、女の子達の中でも一致していた。
現在のアキラに対する処置も間違いなく、モニカの支えと指示があってこそ滞りなく進んでいるものなのだから。
アキラが目覚めないまま、四日が経った。
今も女の子達は交替で、処置をし続けている。今のところ誰も不調は出していない。
唯一、カンナの眠りが少し浅い様子なのが気掛かりではあるものの、まだ問題にはなっていない。ただ、明らかな不調が見られれば本人の意志にかかわらず一度ローテーションから外すことを、彼女を除いた場で少し検討されている。
なお、アキラの身体からはまだ一日目と変わらぬ量の瘴気が出ている。つまりまだまだ相当の瘴気が体内に残っていると考えられるが、一時的に弱まっていた脈も今は正常値となっており、顔色も一日目と比べて格段に良くなった。
明らかな効果が出ている為、女の子達も心折れることなくこの処置を続けられている。
しかし、これが更に十日、二十日と続くようであれば、彼女らの精神がどうなるかは分からない。そのような場合にも彼女らを鼓舞できる言葉を何か考えなければならないと、モニカは誰にも聞こえないように小さな溜息を零した。
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