第862話
一時間後。周りに魔物の気配もないまま、馬車は停止した。
「安全確認が完了いたしました。此処で一時間ほどの休憩をいたします」
私達の休憩場所は、馬車のすぐ傍にしてくれた。周囲は兵らが囲んで警戒してくれているけど、結界の傍だと更に安全だからね。
ふむ。目の前の焚火をじっと見つめる。コンパクトなのにしっかり安定した焚火。熟練の技だな。私が作ると焚火はもう少し広がって大きくなっちゃう。薪の並べ方に違いがありそうだ。学びを得た。……そういえばエルフの知恵にもあったな。気にしていなかった。折角、自分の中に豊富な知恵があるのにちゃんと引き出せなければ意味が無い。時々はエルフの知恵に思いを馳せて、確認しよう。
今回の仕事と何にも関係の無いことを考えつつ、女王と共に焚火を囲む。
「紅茶淹れて~」
「はい」
カンナにそう願って、お茶淹れ作業用のテーブルとお湯を渡した。私とカンナの二人分だけしか用意せず、私達だけ優雅なティータイムを始めても、誰も文句を言わない。
「クヌギ公爵は、結界術も扱えるのだな」
紅茶を片手に火の傍に戻った時、静かに女王が呟く。さっきの対応からずっと気になっていたらしい。
さておき私に今のところ『扱えない魔法』は無く、生活魔法も属性魔法も、特殊魔法も、何でもござれだ。しかしわざわざ詳しく語ることもない。「まあねー」と簡単に答える。
「我が国は魔道具開発に於いては他国に決して劣らぬと自負している。それでも、やはり結界術の力だけは欲しかった。皆無とは言わないが、街を覆うほどの結界は、我が国では作れぬ」
「えっ、じゃあ王都にも、他の集落にも結界は無いの?」
「ああ」
なるほど。魔族が上手く王宮へ入り込んでしまったのは、それも理由かもしれないね。ウェンカイン王国で各集落に張られているような魔物避けの結界なら、魔族にも影響がある。
魔族ほどの存在を容易に退けられはしないだろうけれど、通れば必ず破損する。集落を覆うほどの大きな結界は誰の目からも見える為、その場合であれば民間人であっても破損は見付けられて、かなり早く侵入に気付けたはずだ。
しかしマディスでは術者が少ない上、強力な術者もおらず、扱える規模がかなり小さいと言う。
だから避難用の隠し部屋の入り口を結界で守るとか、破壊されたら困る機密情報や宝物庫を結界で守るくらいのことしか出来ていないらしい。
ちなみに、私もまだ、結界術の『魔道具化』はできていない。結界のような複雑な術を魔道具化するのは難しいし、コストも高い。回復魔法札とあまり変わらない難易度だろうなと思っている。
ただ、マディスがその開発を出来ていないのは、私よりも魔道具開発の能力が劣るからではなく、『参考』となる結界術に触れる機会が少ないからと考えられる。
結界を扱える術者が少なく、その力も弱いのであれば、術そのものを深く研究するのは至難の業だ。卵が無いのに鳥を生み出したいって言ってるみたいなものだからね。
率直に言えば、マディスとウェンカインが仲良く共同開発をすればすぐに魔道具化が出来るだろって話なんだけど。まあ、二国の溝は宗教的なものもあるのだろうから、簡単ではないのだと思う。
「結界なしで、普段はどうやって集落を守ってるの?」
「主に魔道具で魔物を検知し、そのまま自動攻撃だ。把握する限り全ての集落に、この防衛システムを導入している。……結界が無いからこそ、このような技術が発展したと言ってもいいだろう」
王都は城壁に幾つもその魔道具が設置されているという。その発動に合わせて同時に兵も動き、取り零しが無いかを確認して防衛していると。
今回の魔族はその検知をすり抜けたか、逆にその検知を利用して、兵らが出た時点で人型になって紛れ込んだと予想できるが、そんな稀なケースを除けば、今までずっとマディスの集落を守ってきた強固なシステムなんだね。
「いい魔道具だねぇ。ウェンカインには無いの?」
ベルクに尋ねる。彼も近くで休憩していたが、横暴な私はそんなことお構いなしである。彼はすぐに私達の方へと移動し、傍に片膝を付いて目線を合わせた状態で応じてくれた。
「そのような機能の魔道具は把握しておりませんので、我が国では存在しない可能性が高いです。……確実に魔物だけを検知するのでしょうか? 自動攻撃であれば、近くの者を巻き込む可能性もあるのでは」
ストレートに疑問をぶつけるベルクに、女王とケヴィンは嫌な顔をしなかった。先に『自国には無い技術だ』と素直に認めて、素直に質問しているのが伝わるからだろう。ベルクのこれは天性のものだねぇ。
「安全機構がある。攻撃範囲に魔物ら以外の生体反応があれば、攻撃は行わない」
「おお~。よくできてる」
私が声を上げる横で、ベルクはまた素直に「なるほど」と感心していた。
それにしてもかなり複雑な術だね。『魔属性』の自動検知だけじゃなく『生体反応』まで自動検知。その上で判断して、『魔属性』だけを攻撃かぁ。
複雑すぎて、私が今思い付くままそれを作っても効率の悪い魔道具になりそう。術の効率化は、魔道具開発の永遠の課題だね。
「マディス王国の魔道具技術は本当に優れているのですね……」
厳しい表情でベルクが呟く。クラウディアが説明していた時にも、マディス王国がその分野では群を抜いているって言っていたもんね。
「魔道具の研究や開発は、王宮が主導して進めてるの?」
先程からぽんぽんと無遠慮に国の内情を質問しているが、女王はこれにも気を悪くした様子無く、首を振って応じてくれた。
「特に制限はしていない。平民の工房や王宮の学者まで広く扱い、良いものは出処に拘わらず評価されている。また、王宮が平民の開発したものに頼ることも多い」
「平民にも魔道具開発が出来るってことは、最低限の魔力はみんな扱えているのかな?」
魔道具の使用自体は魔力の扱いが拙くても可能だけど、開発はそうはいかない。ウェンカイン王国で魔道具の開発・販売に必ず貴族が関わっているのがその証拠だ。だけどマディス王国にはあまり魔法技術が発達している様子は無いし……不思議に思って首を傾けると、女王はこの質問も首を振って否定した。
「我が国では、魔力の売買を許している。魔力量の多い平民などは何の商才も無くともそれだけで食べていけるほどだ」
「なるほど! 魔力が『買える』から、自分で魔力を扱えなくても、魔道具開発に参入する道があるわけだ」
思わず少し大きな声が出た。賢い仕組みだと思ったのだ。
魔力を貯め込み、使いたいところに注ぐ魔道具または魔法陣さえ知っていれば、自分に魔力が無くても上手く回せるだろう。少なくともマディスにはそれくらいの技術があるのだと思う。
とすれば、魔力の売買を許すだけで、『開発知識はあるのに魔力が無い人』と『魔力があっても開発知識と技術が無い人』を、自然とマッチングさせる市場が出来上がる。
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