第863話

「産業に関わる人口が大きいほど、技術向上や製品の多様化は早く進むものだからね」

 ウェンカイン王国は魔法の教育を貴族に広く行っている一方で、魔道具に必須となる『魔法陣』に関しては貴族にすらほとんど広めていない。ごく一部の学者がごく一部の貴族に手伝ってもらいながら頑張っている状態だから、成長の早さが違うのは道理だ。

 やっぱり産業は競争相手が多く居てこそだからなぁ。より良い魔道具を、より早く開発しなければ、お金にならない。そうして激しく競い合った結果、今のマディスの魔道具の水準なのだろう。

 そう語った私の言葉を、ベルクは難しい顔で受け止めていた。

「さておき、魔力の売買で不安なのは人体への影響だけど、その辺りは法整備があるの?」

 以前にナディアと予想した怖い未来。既にマディスでは発生しているとか、もしくは発生を予見して対策済みなら詳しく聞きたい。

 すると女王はさも当然と言った様子で頷く。それだけで少しホッとした。

「不当な搾取は、重罪として扱っている。そもそも、本人が『注ぐ』形での魔力譲渡しか許可はしていない。自ら望んで注いでいるなら、生死に係わる状態にはなり得ないからな」

「そうだね、人は、自分を殺すほど魔力を消費できないから」

 以前にヘレナにも伝えたことだ。自分で息を止めて死ぬことが出来ないのと同じで、魔力も、命に係わるほどは注げない。

「また、供給元となる者の意志に拘わらず魔力を『吸収』するような魔道具の開発・製造も禁じている。そのような二重の規制で、極力、搾取の仕組みが出来ぬように警戒している」

「おー、なるほど」

 ヘレナに貸している小包転送の魔道具は吸い取り式なので、防衛本能に抗うほど吸い取るパワーは無いものの、機能としては完全にアウトだ! 何だか楽しくなっちゃった為、カンナを振り返り、「私が作ったあの魔道具、マディスに持って行くと違法だね」と話し掛ける。微かに目を緩めたカンナとは対照的に、女王が目を丸めた。

「クヌギ公爵は自ら魔道具を開発するのか?」

「ああ、うん。色々作ってみて遊んでるよ」

 どんな魔道具を作っているかは語れないから、曖昧な言い方で頷く。クヌギ印の魔道具のほとんどは、王様達にすら教えていないスラン村専用だからね。

「魔法陣を破壊する魔道具も、クヌギ様が作って下さったものです」

 ベルクが付け足した。ああ、布製魔法陣のことね。それって話して良いものなのか? ベルクが良いと思ったなら、私は良いけどさ。女王はそんなことを考えて苦笑する私に気付く様子もなく、更に大きく目を丸めた。

「処理が早いと報告があったが、魔術師によるものではなかったのか」

 ウェンカイン王国は魔法陣の知識ではマディスに劣る為、優秀な魔術師によって破壊されていると思っていたようだ。でも魔法陣の破壊はマディス国内でも『反転』が基本みたいで、一体どうやってこんなに早く破壊しているのだと不思議には思っていたそう。

「クヌギ公爵は魔法だけでなく、魔法陣の知識でも我らに勝っているのだな……」

「いやぁ、私はチート能力のお陰で底上げしているだけだね」

 タグで魔法陣を読み取れるから、試作時点ですぐに正解にも不正解にも気付けるのだ。

 私のそんな便利能力について掻い摘んで伝えて、そのお陰であることを改めて説明してあげた。初めて聞く特殊な能力にも女王は関心があるらしくて、興味深そうに頷いている。

「そういえば、ウェンカインの馬鹿な貴族に横流しにした、あの大きな魔道具……」

 ふと思い出して呟く。

 すると、場に妙な緊張が走った。あー、そうだね、馬鹿な貴族もといフォスター家には、それぞれ思うところがあるよね。ベルクは母の実家でありつつも母の命を弄んだ人達だし、カンナは敬愛するモニカの家を焼いた人達であり、主である私に無体を働いた人達でもある。そして、あんな馬鹿共に金銭や魔道具を流していたマディス王国。一気に修羅場の完成だ。

 でも私個人に思うところはもう何も無いので、構わず話を続ける。

「あれは魔力を貯める魔道具だったけど、大き過ぎて使い勝手が悪そうだったね。マディス国内ではもっとコンパクトなものが開発されているの?」

 収納する場所も限られるし、動かすのは大変そうだった。あれ自体は確かに強力な魔道具で、魔法砲とかに接続されれば脅威ではある。でもあのサイズを前線に持って行くのは一苦労だし、巨大すぎて奇襲も出来ないから早々に攻撃されそう。結界で守りながら進めたらまだマシだけど、マディスにはその結界技術がそもそも無い。となると、王都のような大きな街で防衛に使うのが精々だよなぁ。あんなに溜め込んでもそれじゃ、少し勿体ない気がする。

 ぐるぐると考えている私を見つめ、女王は少し慎重に答えた。

「いや、あの量の魔力を保有するならば、あの大きさになる。保有魔力と大きさはほぼ比例している為、扱いやすい大きさであれば大きな魔力は保持できず、頻繁に補充しなければならない」

 ちなみに平民間での魔力売買ではそのような小さな魔道具を複数保持する形で運用されているらしい。

 つまり、フォスターに渡したあの魔道具が、マディスの中でも最新なのか。うーん。

「マディスではそれなりに魔法石が採掘できてるんじゃないんだ? 魔法石ならもっと簡単にできるのに」

 私の発言に、しばらく女王が固まった。うん?

「魔法石は、高濃度の魔力の塊で……魔力源となるだけではないのか?」

 女王が難しい表情でそう呟き、ケヴィンを窺う。だけどケヴィンの表情もあまり女王とは大差なく、戸惑って何度も目を瞬いていた。

「私にも、今のお話の意味が分からなかったのですが」

「おー」

 マディスは魔法石の扱いに長けているようだから、魔法石を電池代わりにする方の発想もしていると思ったのに。やはり貴重なものである為、実験的に消費するのが勿体なくて、突き詰めて考えられていないのかな。

「最初は魔力源にするんだよ。減ってきたら、魔力を注いで補充する。元々魔法石はかなり濃度の高い魔力の結晶だから、拳大くらいの大きさでも、あの巨大魔道具と同じくらいは保有できるよ」

「そ、そこまで小さくすることが可能なのか?」

「仕組みもそんなに難しくないよ~」

 言いながら真四角の板を取り出し、中央に窪みを作る。それを中心にして魔法陣をササッと描いた。そして窪みに私の魔法石を置く。貴重な魔法石がひょいと出てきて女王達がぎょっとしているが、今の主題はそこではない。

「これで完成」

 発動すると、魔法石の真上に小さな照明魔法が浮かび上がった。

「魔法石の魔力を消費して、照明魔法を作ってる。で、この魔法陣に外部から魔力を注ぐと、魔法石に補充される」

 女王とケヴィンは覆い被さる勢いで魔法陣を確認し始めた。

「この箇所で魔力を巡回させて、変換しているのか? ……つまり単純には充填できず、魔法石の……」

 女王が食い入るように魔法陣を見つめて読み取っている。読み取る速さを見るに、女王もかなり魔法陣の知識が深いな。ケヴィンも同じくだ。目が明らかに魔法陣の解析に入っていた。

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