第861話_マディス王国

 でも真夜中なので。真っ暗で、何を楽しむということも無い。しかもこの馬車は騎兵らが囲んでいるから、夜が明けても馬と兵の隙間から少し景色が見える程度だろう。

 ちなみに私だからこんな風に窓を開けて遊んでいるけれど。本来はしっかり閉じて走るものである。自然の飛来物は勿論、攻撃の矢や魔法を防ぐ目的だね。

 そもそも開けながら勢いよく走ると普通は中に強風が入り込んできて大惨事になる。

 でも今は女王の護衛の為に馬車は結界で守っていて、物質は一切通さず、風も勢いを殺すようにしている。よって空気の循環程度の風しか入ってこない。馬車内に暴風は吹き荒れないのだ。相変わらずのチート。

「私と騎士さん以外は、移動中、無理に起きてなくて良いよ。王都に着いたら不眠不休になっちゃうし、今は休んでいた方が良い。カンナもね」

 ふと思い至ってそのように声を掛ける。

 非戦闘員までずっと気を張っていたらしんどいだろう。何があっても戦いには参加しないわけだし、起きていてもやることは特に無い。

 最初に応じたのはカンナだった。

「大切な時に万全で居られるよう、御言葉に甘えさせて頂きます。御用があればいつでもお声掛け下さい」

「うん」

 そう言うとカンナは素直に壁際に身体を寄せ、眠る姿勢を取ってくれた。賢いね。無理をすべきは今じゃないことを理解してくれている。

 また、座席の横の壁にはクッションが付いている為、揺れる馬車の中で壁側に凭れても頭は打たない。実際は寝る為ではなく、軍用の馬車だから横転や激しい揺れが考慮されてのことだろうが、今回はありがたい。

 でもカンナは私に凭れてくれても良かったんですが……。

 いや、この子の性格上、逆に緊張しちゃいそうだな。お膝にも乗ってくれないし。好きなように寝かせてあげよう。

 私の優秀な侍女様が先に寝る形を取ったからか、女王とケヴィンも私に軽く会釈して寝る体勢を取った。ケヴィンが彼女を引き寄せると、女王も抵抗なく彼に寄りかかって目を閉じている。こっちも大丈夫そうだね。

 騎士さんは私と一緒に不眠で頑張ろうね! ニコッと笑みだけ向けておく。ちょっと苦笑された。

 私の可愛い侍女様は即座に眠り就いており、流石だなぁと感心。しばらくすると女王とケヴィンもちゃんとウトウトしていた。

 それでもこれはのんびりとした馬車旅ではない為、兵達が魔物と戦う音が時々聞こえて、物騒になる。大きな音が聞こえると流石に三人も目を覚ましてしまっていた。

 しかし私の可愛いカンナは目を開けるだけだ。私に動きが無いことを確認すると、戦いの音が響く中でも目を閉じて寝直していた。伯爵家で大事に育てられたご令嬢で侍女様なのに、度胸があって格好いい。

 女王とケヴィンの方には流石に怯えや緊張が見え、すぐに寝直す様子はない。同乗してくれている騎士さんも二人を守るような体勢を取るなど、度々警戒を強める。

 でも私はずっとのんびり。

 魔力感知の範囲がデフォルトで広いからね。この馬車に飛び火するような状況じゃないことは、見えなくても分かるのだ。カンナの感知では分からないだろうが、私に動きが無ければ安全だと判断してくれている。

 あんまりにも前の三人が長くピリピリしていたら「近くには来ていない」とか「もう落ち着いたみたい」とは伝えてあげていた。

 そのような不定期の戦闘が発生しつつも順調に二時間ほど進んだ頃、急に魔物との戦闘が増え始め、また一回一回の戦闘も長引くことが増えた。今までは馬車が止まる程の戦闘は無かったのに、今は何度も停車している。

 四度、停車と戦闘を繰り返した後。

 停車中の馬車の窓をコンコンとノックされた。戦闘が落ち着いていることは分かっていたので、私は躊躇わずに窓を開く。ベルクだった。

「全員、ご無事ですね?」

「大丈夫。こっちは問題ないよ」

 私の返答にベルクは少しホッとした様子で目尻を下げる。だけどそれも一瞬の緩みで、表情は再び緊張を宿した。

「魔物の襲撃が増えております。王都からはまだかなり距離があるのですが……」

 不安そうに呟く。魔族が此方に気付いて、この魔物達を仕向けているのではないかと疑っているらしい。うーん。でも私にはあまりその印象がなかった。

「今の襲撃には『意志』が感じられない。馬車を明確に狙う動きも無いよね?」

「ございません。最も近い人間を狙っているように見えます」

「じゃあ多分、自然発生の魔物と遭遇してるだけだね。魔族が派遣したものとは考えにくい」

 だからといって、魔族が此方に気付いていない、とは断言できないけれど。

 そもそも魔族と魔物の間でどのように情報伝達がされているのかが全く分からない。

 魔族がウェンカイン王国の南部に居る魔物を、マディス王国内まで呼び寄せていたのは事実だ。距離で言えば今の場所の方が圧倒的に近い。魔物から魔族への連絡もその距離で可能なのであれば、既に私達の侵入と北上は伝わっているだろう。

 しかし、罠を張って待つなら油断させる方が良いから目立った襲撃なんてさせると思えないし、逆に時間稼ぎの目的だとしても、やり方がかなり手緩い。

 まだ気付いていない、と考えるのが妥当と思えた。そのような考えを伝えれば、ベルクも納得して頷く。

 ただ、この状態が続くと兵らも消耗するし、到着予定も多少は押してしまう。避けられるなら避けたいが、この辺りを迂回すべく経路を変えると、それもまた時間のロスになる。うーん。

「この馬車を中心に、少し大きめに魔物避けの結界を張るよ。結界の気配を嫌がって、近付く魔物はかなり減ると思う」

 次の休息がいつになるか分からない状況だから、魔法は温存していたんだけど。此処は使いどころだね。

「ありがとうございます。もう一時間ほど進んだ後に休息を取る予定ですので、その折に全員へ結界のことも周知します」

「うん、宜しく」

 今はまだ警戒を続けつつ進まなきゃいけないから、この件を説明して回れるほど余裕が無いようだ。でも効果は展開直後に出る。周知は急がなくてもいいだろう。

 話しながら結界を展開した。馬車の前後を長めに取ったので直方体の結界だ。形は固定の為、列が乱れたら前後の人達も入らない。でも大きめに取ってあるから怪我をした人や危ない状況の時は馬車周りに逃げ込むなど、上手く活用してほしい。

 貴族出身の兵なら魔力感知で範囲は分かるはず。平民出身では分からない者が多いかもしれないけど、兵士らの間で上手く共有して連携してくれ。

 幸い、結界の気配は本当によく効いたみたいで、展開後からは大きな戦闘が起こらず、順調に進むことができた。

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