第852話_注意事項
「次に、この札の回復速度は私の魔法ほど早くない」
これも改善点の一つ。本当に、この回復魔法札は何処までも未完成な試作品だ。
「怪我が大きいほど発動開始から終了まで時間が掛かるし、その間ずっと集中していなきゃいけないから、使用者もそれなりに疲労する」
普段みんなが魔法で疲れを感じるのは魔力切れが先だと思うから、こっちはピンと来ないかもしれない。
でも本来、魔法を扱うというのは、魔力と一緒に『精神力』も消耗していくものだ。魔力量が無尽蔵な私なんかは特に精神力が先に切れるね。女の子達がこれを使う時はそれと同じ事象になるはず。
「魔法札が中々解けなかった時にそういえば……魔力にはまだ余裕があるのに気疲れみたいな状態になったけど、あれ?」
「そうそう! ありがとう、良い例えだ。それだよ」
リコットが素晴らしい例えを出してくれた。思わず手を叩いて喜んじゃった。
「ということはつまり……この魔法札を使ったら、効果が切れるまで延々と魔法札を解き続けているような疲労を感じるのね」
「うええ」
ルーイが嫌そうな声を上げたのが可愛くてみんなで一斉に笑った。でもちょっと伝わっているようで良かった。
「途中で集中が切れちゃったらどうなるの?」
良い質問だね。ラターシャはいつも着眼点が素晴らしい。いや喜んでいる場合じゃない。質問に答えなきゃ。
「集中が切れてしまったら、回復魔法が正しく掛からなくなる。治りが悪くなったり止まったりしていたら、ちゃんと集中できていない証拠だよ」
その状態が長く続けば、魔法札も効力を失ってしまうから、最後までちゃんと集中しないと対象が回復させられない。
「逆に言えば、治った時点で集中は解いていいのね」
「その通り」
もう使わない、って時点で、操作魔法を解除するみたいに意識を外したら良い。
いやー、みんなももう立派な魔術師だねぇ。説明を飲み込んでくれるのが早くて助かるよ。
「注意事項はこれくらい。何か質問はあるかな?」
「どれくらいの怪我が治るの?」
「あー」
またしてもラターシャから鋭いご質問。でも私は明確な答えを持っていなかった為、ついつい苦笑してしまった。
「実験できないから、絶対じゃないんだけど……」
前置き。だって誰かを傷付けないと、この魔法は試せないでしょ。私自身で実験したくないし、したら間違いなく女の子達に怒られるし。
「再生魔法ほどの強さは無い。だから即死レベルで臓器とかぶっ飛ばされていたら治せない。傷が塞がるだけ」
摘出したら生きていけないような臓器がやられてしまった場合、傷を塞ぐだけでは結局、助かりようが無いってことだ。
「ナイフでお腹を刺されたり、裂かれたりしている状態なら治せるはず。他にも、出血が酷い怪我には特に有効だよ。止血はすぐに出来ると思うし、ある程度は傷口も塞いでくれるはず」
「それだけで充分に奇跡だね。止血が早いほど、助かる確率が上がるもんね」
リコットが呟く言葉に、女の子達も深く頷いている。出血って、人体にとって本当に致命的だからね。しかも医療知識や専用の医療道具などの設備が整っていても施せる止血には限界があるんだから更に怖い。
それを、この札なら知識も道具も必要なく傷を塞いで血を止めてくれる。おそらくかなりの確率で命を繋ぐだろう。
「火傷にも有効かも。範囲が広い、または火傷自体が深いものは命に係わる。この札で少しでも深度を下げてあげられたら、助かる可能性は格段に上がる」
使い道としたら、それくらいかな。どちらにせよ、言葉通りの効果が得られたら、絶望的な状況から命を救う力がある。
「だけどやっぱり実験ができないから。『そのつもりで作った』としか言いようがない」
タグも効果説明は出してくれているけど、どんな傷がどの程度治るかなんて詳細を出してくれるわけではないので、今の説明は確定ではない。今説明した効果が予想されている、としか言えないのだ。
また、注意点としても挙げたが、解除者が集中できていなかったらその効果もゼロになる可能性があるし、結構、効果は上下すると思われる。
「とりあえず今は『お守り』として持っていてよ」
全ての説明が終わった為、改めて女の子達に一枚ずつ、魔法札を配った。みんな恐る恐るという様子はあったけど、大事に受け取ってくれた。
「私達には守護石があるから、すぐに必要になることはないだろうし、万が一の為って感じか」
明るい声でリコットが言う。微かに緊張の色も見えるものの、みんなを安心させようってつもりなんだね。いつもありがとう。
「うん、その感覚でいいよ」
私も明るい声で応えた。スラン村だって強固な結界があり、ケイトラントも居る。必要になる場面は今のところ思い付かない。万が一の万が一だ。
……もうすぐ魔族戦に行かなきゃいけなくて、不安に思っているのは私の方。
スラン村に預けていれば大丈夫だって信じている。それでも、女の子達から離れ、すぐに帰れないかもしれない状況になることを酷く不安に思う。みんな逞しい子達だし、今まできっと色んな大変な目に遭っても自分で切り抜けてきたのだろうから。平和な世で生まれ育った私の方が余程危なっかしい人間だ。
頭では、そうだと分かるんだけど。どうしても気持ちが落ち着かない。
多分、女の子達はそんな私の心情も分かっているんだと思う。
「いずれもっと強力な札にしたいし、使用者に負担が無いようにもしたい。解毒の札も、結界の札も作りたいけど……うーん、頭脳と時間が足りない!」
「アキラちゃんで頭脳が足りないなら、本当に難しいんだろうな……」
ラターシャが私を賢いって褒めてくれた気がする。嬉しい。ニコ。笑顔になった私にラターシャ自身は不思議そうにしていたが、他の子らは何に喜んだのかを察した顔で苦笑している。
「突然、呼び立ててごめんね。私からは以上だよ」
さっき説明した内容をまとめた注意書きは後程書いて渡します。
女の子達はちょっと考える顔を見せつつも、何も言わずに解散して行った。何か気になることがあったら後からでも聞いてくれたらいい。唐突なことで、今はまだ混乱しているだろうからね。
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