第853話_荷造り
みんなが立ち去り、カンナと私だけが残った部屋で、静かに長い息を吐き出す。
魔族戦に向かう前に、一枚は渡しておきたかったんだよな。全員分を用意することが出来て、とりあえず少しホッとしている。
「あー……リラックスできる、お茶」
「はい」
カンナは優しい声で応えて下がって行った。私がお茶を求めると分かっていたのか、それとも別の理由で部屋に残っていたのか。分からないが、まあ何か用があるなら、後からでも告げてくるだろう。
そう思ったけど結局カンナは何も言わなかった。ただ静かに、この日は極力私の傍に控えていた。
王様からの通信が入ったのは、それから更に数日が経った昼過ぎのこと。
「みんなー、あー、子供達が居ないか」
そういえば少し前に、お出掛けするって言っていたな。まだ帰ってきていなかったようだ。残っていた大人組はすぐに表情を硬くした。日程的にそろそろと思っていたのかもしれない。
「王様?」
「うん、連絡が来た。今日中に女王が駐屯地に着くらしい」
三人の表情に焦りが浮かんだのを見て、私はのんびりと笑みを浮かべ、彼女らの動作を手で制した。
「大丈夫、私が行くのは明日。女王も休息が必要だし、動くのは明日以降って話だった」
大移動に加わっていたコルラードと他の兵士達も勿論、休まないと。本番はマディスに入ってからなのだから。それに総騎士団長たるコルラードが加わった後に現地の兵と情報共有とか作戦会議もあるだろう。
とにかく、私の合流はそこまで急ぎじゃない。明日はいつも通りに朝食を取って、みんなでスラン村に移動して、色々整えて、モニカにも挨拶してから出発する予定。王様にも朝十時くらいに行くって伝えて、了承を得ている。
「みんなは今日中に荷造りをお願い」
「分かったわ」
私はモニカにこのスケジュールを連絡して、ヘレナにもアパートの管理をしばらく頼むっていう手紙を送らなきゃ。
一応、管理してもらう為にヘレナにアパートの合鍵も送っておく。立ち入る必要は無いはずだが、念の為ね。また、私は不在になって連絡も取れなくなるものの、ナディア達なら手紙を受け取って対応できる。気になることがあったら普段通りに魔道具を使って連絡してくれて問題ない、と伝えておこう。
「今回はマリコもみんなと一緒に行こうね」
この子の世話もヘレナに頼めなくはないけれど、別に置いて行く必要もない。慣れた家族と一緒の方がマリコも安心するはずだ。艶々の葉っぱを見つめる。今日も健康そう。
「マリコは初めてスラン村に行くんだよね~。良いところだよ、空気が綺麗だし、静かで穏やかなんだ」
熱心にマリコへ話し掛けている間も、ナディア達は室内をうろうろしながら早速、荷造りを始めている。
今回は日数が分からない為、荷物も『数日分』ではなくガッツリ服を持って行って、あちらで洗濯して着回すことも考慮に入れる必要がある。だから洗濯用の洗剤なども必要だ。
そのように向こうで必要になるだろう日用品を、数日前にナディアが一覧に書き出してくれていた。リコットと二人で一枚の紙を見つめながら相談して動いている様子、ちょっと可愛くていいな。
なお、カンナも同じく荷造りをしてくれていた。ナディア達とは目的が異なるが、私達もしばらく外泊になる。駐屯地で数日待機する可能性もあるし、進軍後も何処かで
ということを、何も指示しなくてもテキパキと準備してくれる侍女様である。彼女が何を用意してくれているか、あんまり把握していない。全幅の信頼。問題があったらその時に二人で一緒に考えればいいよ。
「カンナ、忙しい時にごめんなさい」
「何でしょう」
不意に、ナディアがカンナを呼び止める。マリコを愛でながら、私も聞き耳を立てた。というか、私の背後の会話だから聞こえちゃった。
「明日、この靴を履いて行って」
「仕上がっていたのですか?」
思わず私も驚いて振り返る。ナディアの手には、魔物素材で作ったと思われるブーツがあった。
「昨日ね。まだ仕上げの油を馴染ませているところなのだけど、明日には乾くわ。試してもらう暇が無かったのだけど……」
「いえ、使わせて頂きます。もし違和感があればその場で元のブーツに履き替えられますので、問題ありません」
そうだね。収納空間に入れておけば履き替えも自由だ。まあ、一足目が完璧だったナディアお手製の靴だし、カンナも信用している様子。私もあんまり心配していない。
「スペースに余裕が無ければ、私が預かってもいいよ、替えの靴」
声を挟めば、二人同時に振り返る。可愛い。私のせいで忙しくさせている状況なのに私の感想はずっと「可愛い」だけである。バレたら怒られそう。
「……荷造り後に、改めてご相談させて下さい」
「うん、いつでも言ってね」
快く言ったが、この後カンナから相談されることは無かった。侍女様が優秀でちょっぴり主人は寂しいですよ。偶には頼ってね。
「アキラの靴は、間に合わなくて……」
いつの間にか私の傍に来ていたナディアがそう呟く。耳がぺたんと下がっていた。
「急ぎじゃないから大丈夫だよ。特に私の分は『ついで』にお願いしたものだったし。むしろカンナの靴を間に合わせてくれて、ありがとうね」
褒めるつもりで撫でたが、ナディアはカンナと違って撫でられて嬉しい人ではない。でも今回はいつもみたいに首を振って嫌がらなくて、じっとしていた。調子になってもうちょっと撫でたら、三往復目で流石に嫌がられたけど。
そうこうしている間に、子供達も、日暮れを待たず帰ってきた。今回ばかりはちゃんと私の口から、明日のことについて丁寧に伝える。不安な思いもあるだろうに、気丈な表情を保ったままで二人は頷いた。頭を何度も撫でた。大丈夫だからね。
夜にはヘレナからも管理を了承する返事が来ていた。
小包転送の魔道具は、明日以降、私の屋敷のダイニングに置く予定。みんなで一応見守っていてね。
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