第851話_特別な魔法札
女の子達と戯れたり、カンナとのダンスレッスンに勤しんだりしながら呑気に過ごすこと、三日。
毎日午前をダンスに充てていた私は、午後、おやつの時間の少し前に工作部屋から出て、じっとリビングの子らを見つめる。
「何よ」
ナディアさんが冷たい。怪訝な顔で眉を寄せている。
「みんな今ちょっと時間ある? 工作部屋においで」
「え、だから何って……まあいいか」
全く用件を伝えないままで呼び付ける横暴な私。リコットは呆れた顔をしながらも笑って立ち上がってくれた。他の子らも続々と立ち上がってこっちに来てくれる。
「まあまあ、お座りなさい」
緩かった空気が徐々に硬くなり、女の子達が不安を滲ませる。
今まで、こんな風に改まってみんなを部屋に呼び出し、座らせるような行動を取ったことが無かった為だろう。でも私も真面目な話がしたいので、茶化すことはしなかった。
「これからみんなに一枚ずつ、特別な魔法札を渡します。とても貴重なものだから、慎重に扱ってほしい」
「渡す前に何の魔法札か、説明してもらっていいかしら」
ナディアの言葉に、尤もだなと思って流石にちょっと笑いながら頷いた。
手元に五枚の魔法札を出し、その内一枚をみんなに見える形で持つ。みんなは少し戸惑った顔でそれを見つめた。
「何かめちゃくちゃ豪華な札……」
「そう。一目で貴重な物だって分かるようにしたくて」
普段の練習用なら白地に黒で模様が書いてあるだけ。正式版でも、効果を表す色付きの模様と、クヌギ公爵の紋章を付け足しているくらいで印象に大差は無かったはず。
しかし今回のものは紙自体が薄っすらと水色で、少し金箔も飾っている。
「まだ改善点は沢山あるんだけど……これは『回復魔法札』」
言った瞬間、女の子達がぎょっと目を見開く。
「回復魔法が入ってるの?」
「そう」
今までに女の子達に見せた魔法札はお風呂の湯を温めるものと、火と風の攻撃魔法のみ。そこから急に難易度を跳ね上げての回復魔法。
他にも開発自体は少し行ったものの、寄り道はほとんどせずにこの魔法札を最優先と考え、一点集中で開発し続けていた為だ。
「魔法陣がかなりややこしくって。作るのが大変な上に、発動の為の魔力も膨大だ。一枚一枚のコストがすごく高い」
私の普段作る魔法石のサイズだと、二十個でも多分無理で、三十個あったらギリギリと思われる魔力量。
エルフですら十個分の魔力を貯めるのに村人が総出で集めて三か月は掛かると言われていたから、その軽く三倍だ。あの頃からかなり成長した私でも、一日一枚作るのが精々。それより多く作ろうと思ったら反動を喰らうだろう。
つまり普通に回復魔法を発動する時には此処まで魔力を必要としないので、多分、私の作った魔法陣の効率が悪い。これも改善しなければならない点の一つだね。
さておき、この魔法札が貴重である説明をするほど、女の子達の表情が緊張する。
可哀相だから和らげてあげたくなるものの。この魔法札は本当に慎重に使ってほしいから、このまま緊張していてもらった方がいい。このまま話を進めることにした。
「基本、みんなには守護石があるし、何があっても私が駆け付けるよ。でも私が傍に居ないとか、駆け付けるのを待ってたら生死に係わると思った場合に、使用を検討してほしい」
私の手元にある札を睨み付けるように鋭く見つめながら、ナディアが小さく唸る。
「あなたも言うように私達には守護石があるから、可能性として高いのは、他の人の怪我よね。あり得るとすればスラン村かしら。外部には出せないでしょうし」
「そうだね」
街中でこれを利用されてしまうと困る。ただ、その被害者がサラやロゼ、守護石すら貫通して女の子達の場合は、どんなに大勢の前であっても迷わず使ってほしい。結果的に大きな騒ぎになっても私が絶対に何とかする。だけど通りすがりの人にまで使うのは、控えてほしい。
「みんなにとっては、辛いこともあると思う。助けられる力があって、『使わない』を選択することは、優しい人であるほどに苦しいことだから」
分かった上でその『選択の残酷さ』をみんなに委ねる私は、何処までも自分本位で、優しくない人間だ。
「それでも、みんなに持っていてほしい。何かあった時、私の手が回らない時。君達だけがこれを使える」
私の魔法札を扱えるのは、今のところ、此処に居る五人だけだ。
ラターシャとルーイも、少し前に二枚目を解いた。その辺りでコツも掴んだみたいで、今では解ける場合の方が多く、ちょっと集中を欠いた時に失敗しているくらい。少し慌てていても、三度試せばちゃんと解けるだろう。
「使用方法も少し注意があって。忘れないように、後で紙にも書いておくよ」
「普通に解くだけじゃ使えないの?」
「基本は、普段通りに解くだけだよ」
みんなが練習してくれている通りに封印を解除したら、回復魔法は発動する。ただ、その発動以降に少し注意が必要だ。
「治したい場所に、解除者が『意識』を集中させ続けなきゃいけない」
説明が感覚的なものだから、女の子達はピンと来なかった様子で一斉に首を傾げた。可愛くて思考が逸れそうになったが。小さく咳払いして説明を続ける。
「例えばルーイなら、水を操作する時に、対象の水に意識を集中させてるでしょ? 意識が逸れたら、操作できなくなるのと同じ」
みんなの前にガラスコップを出し、生成魔法で水を注いでから、中身をゴポッと操作魔法で引っこ抜く。この時、引っこ抜きたい範囲の水に『意識』を集中させ、魔力を浸透させている。
「四人は操作系をやったことがあるから、少しはイメージできるかな? カンナはどうだろう」
カンナはこの中では唯一、属性魔法を持たない。魔力制御や操作は一番上手だけどね。
「……問題ないと、思います。魔力探知の要領であれば」
「うんうん、そうだね、探知の感覚であってるよ」
魔力探知も近いね。探知先を常に意識していなければいけない。
探知はカンナしかまだ習得していないから彼女にしか伝わらないが、それぞれ、分かりやすい例えがあって幸いだ。
一つ目の注意点が伝わったことを感じ取って、ホッとしながら大きく頷いた。
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