第847話_郵便受け設置

 ヘイディもすっかり昇降機の操作には慣れた様子。一階に向かうのは他の階と違って狙って止めなくても勝手に止まるのだけど、手癖のように停止作業をしていた。この様子だと他の階でも手間取らずに停止できていそうだ。

「リコ、しんどかった?」

 さておき、可愛い私のリコットを窺う。抱き締めていた腕は、到着直後に振り払われてしまいました。怖くてイライラしちゃったのかな。そう心配したものの、振り返ったリコットはいつもと変わらない表情だった。私の抱き締めが嫌だっただけか……。

「しんどくはなかったけど、うーん、動き出しが思ったより早くて怖かったかな」

「ふむふむ」

 私の勝手なショックは置いておいて。この世界の人達の、昇降機に対する怖さは未知数だからな。怖く感じる人を出来るだけ少なくする為に、何が出来るかは考えていかなければならない。

 通常速度よりは遅めに設定しているのだけど、更にもう一段遅くするのはアリかもね。その程度で全体の移動時間がめちゃくちゃ延びたりはしないんだし、怖さ軽減が一番大事。しかしこれは最終版の昇降機を作る時の話。今回は郵便受け。

「では。ルフィナ達が綺麗に作ってくれた壁の一部に、とても申し訳ないけど、穴を開けます」

「ふふ、お気遣いなく。村に必要な作業ですから」

 郵便受けは、内側から中身を確認できるよう、トンネルに新たな小部屋を作って設置することにした。

 門を内側から見てすぐ右に鉄製扉を付け、それを潜れば郵便受けの裏側にアクセスできる形。その為、ルフィナ達が頑張って石で固めてくれた壁を一部削り取ることに。本人達は笑っているが、私はちょっと胸が痛む。と思いながら容赦なく開ける。ゴリ。

 郵便受けは完全に壁に埋め込み、外からはどうしたって引っこ抜けないように留め具を噛ませて設置した。

 内側はダイヤルや鍵など無しで簡単に開けられるようにして、小部屋に繋がる鉄製扉も、特に鍵はつけていない。だけどこの扉があるだけで門越しに腕や道具を差し込んだところで郵便受けには触れないし、セキュリティは充分だろう。

 外からは普通の郵便受けのように投函用の口があって、その口に入らない大きさの小包を入れたい場合、または中を確認したい場合のみ、ダイヤル錠を使って投函口の下を開けてもらう仕組みにした。

「内からも外からも大きく開けられるなら、同時に開けたら入ってこれない?」

 設置を見守っていたリコットが問い掛けてくる。私は安心させるように笑みで応えた。

「入ろうと思えば入れるけど、此処も結界内だから、悪意があれば無理だよ」

 悪意ゼロでこんなとこから侵入するなら、何かのっぴきならない理由があるのだろうし、それは別に、入れてあげていいんじゃないかな。緊急事態かもしれないしね。

 さておき、少し前からこの通路にもスラン村と同じ結界を張ってある。

 魔物避けの結界は最初から周辺の森を含め、広く張っていた。でもその結界で悪意や害意というところまでは弾いていなかった。山賊などは入り込める状態だね。まあこんな人通りのないところに来るとは思わないけど、入ろうと思えばね。

 というのも、弾く条件を『感情』にする場合、大きな括りになってしまうせいだ。

 例えば、モニカの絶対的な味方でも、私のことが嫌いだったら弾かれちゃう。

 スラン村の結界はそれでもいい。住民以外が入る必要は無いところだと思ってる。ただ、あの通路周辺までそうしてしまうと、モニカに会いに来たい外部の人が困っちゃう。

 だからこのトンネル周りは魔物だけを防ぐ、緩めの結界にしていたんだけど。

 私が居ない間にもルフィナ達が此処を工事する為に降りるって言うから。流石にもう少し安全を確保したくなり、危ない人が侵入してくることも考えて、せめて通路内だけはと、スラン村と同じ結界を追加した。

 結局それもトンネル周辺の森までは広げていない為、門のすぐ傍に山賊が待機することは今も不可能ではない。だから門から出る場合はルフィナ達にもきちんと警戒してもらっている。その辺りはおそらくモニカも厳しく言い聞かせているだろう。

「アキラ様、ダイヤル錠の動作、問題ありません」

「ありがとう。これで設置完了だね」

 伯爵の使者がいつ来ても問題ない状態になった。

 バイオトイレの設置と、壁用の石材の追納も忘れずに済ませる。どちらも昇降機の降り場近くの倉庫へ。

 作業が終わったら、まだ此処の工事を続けるらしいルフィナ達と別れ、モニカの屋敷へ報告に向かった。ちなみに報告係は私じゃなくてカンナです。丁寧で簡潔。

「あー、あと。魔族戦に入っちゃうと私はしばらく来られない可能性があるから、仕入れが必要そうなものがあったら、数日中に依頼して」

 普段だったらほとんどの場合「欲しい」と言われて二日以内には納品できていたので、その感覚でいると、私が帰るまで困るかもしれない。もっと早くに伝えれば良かったのに、今気付きました。計画性の無い領主です。為政者失格。

 モニカは少し眉を下げながら微笑み、頷いた。

「問題ないとは思いますが……念の為、村の者には確認しておきます」

 私が便利な領主となるまで、彼女達はずっと山の中のものだけで生活できていたんだから、本当に大丈夫なんだとは思うけどね。念の為。

「じゃー、そろそろ私達は帰るよ。次は、女の子達を預ける時に来ると思うから」

 本日のお仕事は終わりだ。自分の屋敷に戻って、片付けを済ませたらジオレンへ帰ろう。立ち上がればいつものようにモニカも立ち上がって、玄関前まで見送ってくれた。

「アキラ様」

「ん?」

 もう一度別れを告げようとしたところで、少し改まった様子で名前を呼ばれた。首を傾ける。

「此処はあなたが生まれ育った世界ではなく、守る使命も、義理もございません」

「ふふ」

 続きが何となく察せて、笑ってしまった。モニカも笑みを浮かべていた。

「どうか御身を何よりも大切になさって下さい。敵国は勿論、我が国の誰が死のうとも、アキラ様が気になさることではないのですから」

 突き放すような冷たい言い方を選んでくれるモニカの優しさを、静かに受け止める。

「……ありがとう。心に留めておくよ」

 私の言葉に、モニカは何処か寂しそうに微笑んだ。

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