第848話_ジオレン帰還

 屋敷に戻り、女の子達にも、片付けが終わり次第ジオレンに戻ることを告げる。

 ジオレンの厩舎には今回、日暮れまでにサラとロゼを戻すって伝えてある。つまり元より夕方には帰る予定だったし、それは女の子達も知っている。

 オルソン伯爵と会う予定は今日から三日間の猶予を取っていたものの、モニカが今日来るだろうって言ったから一日だけのお出掛け予定にしちゃった。

 来なかったらその時にまた考えようと思ってね。予想通りに進んでひと安心だったね。

 とにかくそういうわけで今回は女の子達も簡単な手荷物しか持ってきていなかった為、すぐにお片付けをしてくれた。

「じゃ、戻ろうか」

 サラとロゼを再び馬小屋から出して、馬車を取り付ける。

 今日はもう疲れているかなと思ったけど、馬車に繋がれたら途端に嬉しそうにするんだよね、この子達。自分のお仕事が好きだねぇ。

 今回は馬車ごと転移するから、女の子達も中に乗ってもらった。ジオレン近くの転移先は、此処の麓のトンネルほど整備された場所ではない。馬車の中でじっとしていてくれた方が安全だ。女の子達の為ならほんの少しの魔力制御の負担なんてへっちゃらです。

 みんなが乗り込むと、近くに居た村人だけに簡単に挨拶をして、転移した。

 馬車でジオレンに戻り、サラとロゼを預けたら、街中をのんびりと歩いて帰宅。

 ふ~。一つの大事な仕事を終えた、達成感かな。安心感かな。どちらにせよ、少し身体から力が抜けた。

「みんなも疲れたんじゃない? ゆっくりしてね」

 私の屋敷で待ってもらっていただけとはいえ、ジオレンから離れる時と戻る時は馬車に乗っている。乗っているだけでも、移動は妙に身体が疲れるものだ。特に馬車は、私の知っている自動車よりずっと揺れるものだからね。

 しかし私の言葉に、女の子達は曖昧な笑みで頷いていた。肯定か否定かは分からないけど、とりあえずそれぞれ寛ぐ姿勢を取ってくれたので、ゆっくりはしてくれそう。

「カンナ、濃い目のお茶お願い~」

 私は、このまま工作部屋に入ります。今日はダンスレッスンお休みなので家で作業し放題。

 優秀な侍女様が即座に用意してくれた美味しい紅茶でやる気スイッチをオンにして、いざ! と道具を広げたところで。ペンを置き、いそいそと立ち上がってリビングの方を覗いた。

「ちょっとこっち閉じて籠っていい? 誰か作業する?」

 作業台を占領して、集中して作業をしたいんですが駄目でしょうか。

 女の子達は数秒きょとんとしてから、リコットとナディアに視線が集中した。此方で作業をするのは主に二人だからだ。

「私は良いよ。もう彫刻板ないし。ナディ姉は?」

「……そうね、今日はいいわ」

「ごめんねー、ありがと。ちょっと籠ります」

 しばらく籠城する。此処が私の城だ。「根詰めないでねー」と背中に掛かった声に微笑んで、扉を閉じた。

 それから、三時間と少し。一度も工作部屋から出なかった。お陰でかなり集中して作業することができた。今はひと区切り付いて、ペンを置いたところ。ずっとペンを握っていたので手が疲れたかも。

「とりあえず、だなぁ。要改善か」

 一人でそう呟いて、長い息を吐き出す。集中していた間の疲れがどっと押し寄せてきた。

「カンナ、お代わり淹れて」

「はい」

 扉を開けて、一言。女の子達はみんなリビングに留まっていたらしく、一斉に振り返ったけど、私はそのまま工作部屋に戻った。

 散らかしていた作業台を一度全て片付け、一枚だけ紙を出して、先程まで作っていたものの問題点と改善点を書き出していく。

 新しいものを開発するって大変だ。

 改善すべき箇所が沢山あって、一つを潰したら新しい問題点や改善案が出てきてキリが無い。だけどそれを無限に突き詰めていくと本当に終わりがなく、完成はむしろ遠のいていく。何処かで落としどころを見付けないといけない。

「だから改善も、優先順位を付けて、ちょっとずつやるか」

 ふむ。でも、魔族戦の前にやるのは今日の部分までで良いかな。スラン村に頼まれている石材のことも考えなきゃいけないし、ダンスレッスンもあるからな。

 思案しているとカンナが紅茶を持って入ってきた。

「ありがとう」

 丁寧に紅茶と茶請けを並べたカンナが、小さく会釈して一歩下がる。

「明日は朝食後にまたレッスンをお願い」

「畏まりました」

 了承を告げてもらって満足して、紅茶を一口。カンナがまだ立っていたので、顔を上げた。

「下がってていいよ」

「……はい」

 どうした? なんか渋々下がって行ったな。居たかったのか?

 私はのんびりと紅茶を傾け、いつもの美味しさを少し堪能してから、もう一度立ち上がる。

「作業はひと段落したから、みんな、好きに行き来して良いよ」

 扉を開け放ってそう告げると同時にカンナが素早く立ち上がった。勢いが良すぎて隣のラターシャがびっくりして仰け反っていて可愛い。気付いてカンナも謝っていた。

 私が工作部屋に戻るのに合わせて、カンナがいそいそと入ってくる。小動物みたい。やっぱりカンナは部屋に居たかったんだな。

 しばらくしたらリコットも入ってきた。静かに作業台の隅でノートを開いて何かを書き込んでいる。ルーイのアクセサリーのアイデアでも出しているのかも。

 いの一番に入ってきたカンナは魔法陣の教本を開いているが、意識は私に向いている気がする。私が延々と籠ったから、心配していたのかなぁ。

 とは言え、何をどうすればカンナの不安を払拭してあげられるのか分からなくて、ただ紅茶を傾ける。

 石材の生成でも、やろうかな……。

 結局、何も良案が出なかった為、普段通りにすることにした。傍に置いていたらその内に安心するんじゃないかな。分かんないけど。

 私が石材をちまちま生成し始めると、カンナもリコットも軽く此方を見た。でもスラン村用と気付いたからだろう、すぐに視線を外していた。

 この後はほとんどの時間を生成に費やした。全ては生成できなかった。明日以降も引き続き作らなければいけない。ちなみに途中で気分転換としてネコの絵の続きも描いたところ、こっちはスイスイと進んで、依頼されていた全種をすぐに女の子達に提出できた。まあ気分転換だから当たり前か。楽しかった。

 翌日には早速カンナが用意した額に入れられてリビングと寝室の壁に飾られることになるんだが、それはまた別の話ということで。

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