第845話_昼食

「――アキラ様」

 集中して、幾らか時間が経過したところで。カンナに呼ばれた。顔を上げたら女の子達もみんなダイニングに居た。もうサラとロゼのお世話は終わったようだ。

「作業中に申し訳ございません、間もなく昼食のお時間ですが、如何なさいますか?」

「おお」

 そういえば、まだ午前中で、そろそろお昼に差し掛かる時間だった。

 朝の九時半を少し過ぎたくらいに麓に下りて、伯爵とモニカは小一時間ほど会話をした。伯爵を見送って村に戻った後もモニカの屋敷でしばらくお話していたから、製図を始めた時には間違いなく十一時を過ぎていた。昼までそんなに時間も無かったのに、何も考えず作業を始めてしまったな。

「この部屋にも時計を置こう」

「ハハハ、集中してたら絶対見ないと思うけどねぇ」

 リコットに鋭いツッコミを貰った。うーん、そうかもしれない。でも無いよりはあった方がいいから……。ぶつぶつ言う私を慰めるみたいに、ルーイが背中を撫でてくれた。嬉しい。ちょっと笑われていたけど気にしない。

「じゃあお昼にしよっか。何が良いかな~」

「カツサンドが食べたーい」

「お~、いいねぇ。そうしよう」

 ルーイ姫からのリクエストに文句を言う人は誰も居ない。

 早速、キッチンに入り込んでカツ用のお肉や調味料、パン粉などを並べる。揚げ物ってちょっと手間だけどその分、美味しいよねぇ。なお、スープとサラダは女の子達が担当してくれるらしい。

 この屋敷は一人暮らし用ではあるんだけど私が料理好きの為、キッチンが大変広い。全員で入ると流石に手狭だが、押し出されるほどではなかった。

「玉子サンドと、ローストビーフのサンドイッチも追加しよっと」

 私の大きな胃袋にはまだ何か入りそうなので無断で追加。でも種類があるとみんなも楽しいはず。

「アキラ、この野菜は使い切ってしまってもいい?」

「いいよー」

 問われたのは、足の早そうな葉物野菜だった。収納空間から出しちゃうと特に早いからね、もう使っちゃって下さい。頷いたら容赦なくナディアにざく切りにされてスープの具材となっていた。

 それにしても。こういう些細なやり取りに、家族っぽさを感じてニコニコしてしまう。私の表情を見てナディアは怪訝な顔をしていた。共有はされない喜びである。

 普段通りの連係プレーで手早く昼食を作り、みんなで美味しく頂いた。揚げたてカツのサンド、美味しすぎるね。いっぱい食べた。

「片付けが終わったら呼んで~」

「ん? アキラちゃんは何処に?」

「家の前~」

 食後の片付けはいつもみんなに任せている私。というか最後まで食べているのが私である為、後から「手伝います!」って入っても毎回追い出されるからもう諦めた。

 とにかくその間ちょっと暇なので家の前で身体を伸ばしてきます。何か言いたげにしている女の子達をスルーして、玄関前に出た。

「うーん」

 屋敷から出たところで大きく伸びをしていると、ケイトラントに代わって門番をしている人が私を見て穏やかに微笑む。その場から動けないのに、領主の珍妙なポーズを見せつけられる領民である。ごめんね。領主は今ストレッチタイムです。

「アキラ様」

「んー?」

 追うようにカンナが出てきた。私は前屈中。いっちに、さんし。

「あの、お茶を……お代わりをお淹れいたしますか?」

「女の子達のお片付けが終わったら淹れて~」

「畏まりました」

 食後のお茶を飲んだばかりなのに、珍しい問い掛けだな。追ってまで聞くことかしら。もしかして追いかける口実か。

 何にせよ、片付けが終わったところでテーブルを拭いてくれていると思うので、お茶はその後の方がいいだろう。

 上体を起こして再び天に向かって両腕を伸ばし、うーん、と身体を伸ばす。はぁ。すっきり。

 玄関前にある三段の階段に腰掛けようと振り返ったら、カンナはそのまま玄関先に控えていた。

 どっこいしょ。とりあえず座る。

「お膝に座る~?」

「い、いえ。此方で控えております……片付けの状況も見えますので」

 私のお膝はいつも拒否されるんだけど、動揺するのが可愛いからつい呼んじゃう。

 そのまま正面に向き直って、村の外に生い茂る木々をぼーっと眺めた。いい天気だし、風も気持ちいい。玄関の向かいに馬小屋があるので、沢山働いてお腹もいっぱいになったサラとロゼがうとうとしている様子が見えた。可愛いなぁ。癒されるねぇ。

 そこへ不意に背後の気配がもう一人増え、私の額が鷲掴みにされた。何事。びっくりした。

「熱は、ないねぇ」

「やさしく測って?」

 リコットの検温は時々乱暴だ。振り返ったらカンナはもうキッチンの方に行っていた。片付けは終わったらしい。部屋に戻ろうかな。どっこいしょ。

「あ、そういえば。ルーイ、さっきのネコ描けたよ」

 忘れてた。一枚だけ完成していたんだった。はい。収納空間から取り出したネコの絵を渡せば、「可愛い!」「上手!」って子供達が喜ぶ横で、姉二人は戸惑った顔を見せる。

「いつ……?」

「待ってた時」

 私の返事に、一拍の沈黙が落ちた。ナディアが眉を寄せている。

「モニカさんと伯爵様がお話されている間、そのネコを描いていたの?」

「うん」

「嘘でしょ、本当にやめて!」

 リコットに強い否定の言葉を叫ばれてしまったが、顔は笑っている。ルーイとラターシャも後からじわじわと来たみたいで、顔を手で覆って震え始めた。

「隣でその様子を見なければならなかったカンナが可哀相だわ……」

 ナディアが呆れた様子で大きく項垂れた。私の可愛い侍女様は、がんばって笑いを堪えてくれていましたよ。

「モニカ様がお戻りになる頃にも描き続けていらっしゃったので、その時が特に取り乱してしまいました」

「あはは、そういえばそうだった」

 慌てて私の名前を呼んでいたもんね。でもあの時は本当に筆が乗って良いところだったんだよ。

「二枚目のネコがまだ途中。また続き描くね」

「楽しみ!」

 本当に嬉しそうに声を弾ませてルーイが言うから、描いた甲斐もあるし、描く甲斐もあるよね。

「お姉ちゃん、これ飾れるかなぁ?」

「んー、額に入れた方がいいんじゃないかな」

「丁度いいサイズがあるかしら。大きめのものに入れてしまう?」

 あの絵、額に入れて飾られるらしい。シュールだな。

「私の方で額を探しておきます。それまで、大切に保管ください」

「分かった、ありがとう!」

 カンナが探してきたら私の絵が霞むレベルの豪勢な額にならない? 大丈夫? まあ、みんなが良いなら、良いか。

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