第844話_もみくちゃ

「出来る限り納品してから魔族戦には行こうと思うけど――」

 他にもやっておきたいことが色々あって、間に合うかなぁと首を捻る。その時、モニカ達の表情から穏やかさが消えていた。私は石材の一覧に視線を落としていて気付けなかった。

「日程が決まったのですか?」

 モニカの声が硬くなっていて、そこでようやくハッとした。

「あー、そう、ごめん報告しなきゃね」

 女の子達を預けるのだから、スラン村にも予定は先んじて知らせておくべきだろう。突然でもいつも快く引き受けてくれるけど、先に分かっている場合はちゃんと伝えないとね。

「カンナ、お願いできる?」

「畏まりました」

 私が説明すると多くの場合、不親切になるので代打。この対応にみんながちょっと笑ってくれた為、空気は和らいだ。

 そして突然の代打指示にもカンナはいつも通り、過不足なく詳細を説明してくれる。

 作戦が長引く場合には、状況を伝えるメモをモニカ宛てに送る可能性があることも含めて伝えてくれた。そうだった。もし私からのメモが届いたら、お手数ですが女の子達へも共有して下さい。

「承知いたしました。お嬢様方がこの村でお困りにならないように致します。此方のことは心配ご無用です」

「ありがとう、本当に助かるよ」

 ちなみにジオレンのアパートは、万が一の為にヘレナにお願いしておく予定だ。月がまたいでしまって支払いが発生するような場合は、ちょっと立て替えてもらいたい。ヘレナとその家族ならそれくらいは請け負ってくれるはず。

「サラとロゼも一旦引き取って此処に置くから。お世話はうちの子らがやると思うけど、困ってたら助けてあげてほしい」

「勿論です」

 今ジオレンでサラ達を預けている厩舎は、一時的な持ち出しの場合『いつ戻るのか』をきちんと届け出なきゃいけないんだよね。魔族戦に関してはそれが分からないので今回は契約終了して、また戻ってくる予定があることだけ伝えようと思っている。

「魔族か……私は戦った経験が無いから、何も言ってやれないな。酷く戦いにくい相手だとは聞いている」

 ケイトラントが重苦しく呟いた。竜人族はそもそもの戦闘力が人族より高いから、歯が立たないという状態ではないようだ。ただ、魔族のような『狡猾さ』が竜人族とは相性が悪いという。確かに、真っ向から戦ってくれる相手じゃなさそうなんだよな。今回の相手は特にね。

「とりあえず、この国の一番強い部隊が前線に出てくれるそうだし、助けてもらって何とかするよ」

「白騎士団の第一部隊でしょうか?」

 モニカの言葉に、ケイトラントが僅かに眉を寄せた。多分、ケイトラントと真っ向から対決して勝ったという化け物さんが居る部隊だよね。隠しても仕方がないので素直に頷いて肯定した。不機嫌そうに黙り込むケイトラントをモニカが気遣っていないのであれば、私が気にすることではないのだろう。

「騎士団長も護衛として既に出ているとのことでしたから、我が国の最大戦力に近いものを投入していると思われます。……マディス王国の女王が絡んでいるので、当然とも言えますが」

 ふむ。その対応が、可能な限り私の負担を軽減してくれるものだといいね。特に白騎士団の働きには期待。私が無理なら代わりに魔族と戦ってくれ。

「はあ、何度『仕方ない』って自分に言い聞かせても、気乗りしないな~」

 正直な私の言葉に、モニカ達は苦笑している。

 もう今回の件は静観しようがない。放置すればするほど面倒そうな相手だし。もう首も突っ込んじゃったし。頭ではそう理解しているものの、『嫌』も本音だ。

「とりあえず、うちの子らは頼むよ。ちゃんと眠ってくれるかも心配なんだ」

 あの子らはいつも寝ずの番をして私の帰りを待つんだ。健気で可愛いけど心配だよ。今回は数日じゃ帰れないかもしれないのに。そう訴える私に、モニカが柔らかく微笑む。

「ご無理なさらないよう、我々が見ております。大丈夫ですよ」

「深夜にお前が戻るなら私が起こすと約束して、彼女らは休ませる。心配するな」

「ありがとう……」

 そうだね、スラン村には必ず夜の番が居るんだもんね。お願いします、と深々と頭を下げておいた。

「じゃ、郵便受けを作る為に、一旦、自分の屋敷に下がってるよ」

 夕方までは少なくとも居るから、伝え忘れがあったらいつでも来てくれたらいい。そう伝えて、モニカの屋敷を辞去した。

「カンナ。私はサラとロゼのお世話をするから、みんなに諸々、伝えてもらっていい?」

「畏まりました。……アキラ様、もし他の場所へ行かれるようでしたら、必ずお声掛け下さい」

「あはは、うん、分かった」

 逃亡未遂を何度かカンナに止められているので、懸念は尤もである。

 さておき。私の可愛いサラとロゼのご機嫌はどうかな。麓から戻った時に二頭は馬小屋に入れ、お水だけはあげていた。でも約束のブドウがまだだ。労う為に今から沢山よしよしして、大粒ブドウをあげます。

「今日は本当に格好良かったよ~お利口だったねぇ、サラ、ロゼ」

 ずっと大人しくしていたし、歩く速度も一定で堂々としていた。まるで貴族の馬として生まれ育ったかのようなお利口さだ。うちの子らは天才だ。

 言葉で褒めちぎり、撫で回し、大粒ブドウをあげた。

 ついさっきまでお利口だった二頭は、いつもの甘えん坊に戻って私に沢山擦り寄ってきた。ブドウでご機嫌になったようだ。

 少しすると説明を終えたのか、カンナが屋敷から出てきた。私を見付けてホッとした顔をしている。何処にも行かないのにねぇ。その後ろから他の子達も出てきた。

「またアキラちゃん、もみくちゃにされてる~」

 リコットが笑いながら言った。私はいつもサラとロゼにもみくちゃにされがち。愛されているというか、甘えられているのだと思う。可愛いよねぇ。

「あとは私達がお世話するよ。アキラちゃんは何か作業もあるんでしょ?」

「そうだね、じゃあお願い。少し落ち着かせて、軽くブラシ掛けてあげて」

「了解~」

 交代した途端、私にするみたいなダイレクトアタックは全然しなくなった。大人しい甘え方。相手を選ぶ賢い馬達だ。

「もみくちゃにされて汚れちゃった……カンナ、着替えとタオルお願い」

「はい」

 お風呂場で軽く流して、服を着替えた。すっきりしたところで工作の時間。いや、まずは製図の時間です。

 この屋敷にはまだ作業専用の机は無い。元々、ダイニングテーブルも作業台として兼用できるよう丈夫なものにしてあるから、普段はそのまま使って、食事の際だけクロスを掛けて清潔さは保つつもり。

 と言うことで今回は作業台として使います。製図用の道具を並べ、ペンを持った。

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