第843話_報告
この時、不意にモニカが、カンナの方へと視線を向ける。不自然に俯いたせいで心配させたかと思ったが、違った。単に次の話題の為だった。
「カンナさんにも気付いていらっしゃいました。お名前を口にはなさいませんでしたが、『あの男の愛娘が付いているのなら安心でしょう』と。ふふ、お二人は相変わらずですね」
「んん?」
この子に気付くことは予想通りだったけど。モニカの後半の言葉がよく分からなくて首を傾ける。モニカは何処か可笑しそうに目尻を下げた。
「彼女のお父様であるオドラン卿と、本日お越しのオルソン卿は表向きではあまり仲が宜しくないのですが」
「仲良くないのは、カンナから聞いて知ってたけど、……表向き?」
オウム返しに呟いた言葉に、モニカは一層、笑みを深めて頷く。
「実際はお互いをとても深く信頼し、認め合っているのです。素直に仰らないだけですね」
いやもう本当に可愛いおじさん達だな。カンナも目を丸めていたので、知らなかったらしい。パパ達はそんなこと、自分の子供には余計に恥ずかしくて言わないもんね。でも知っちゃったね。
「なお、今回の郵便受けですが……伯爵宛てでなくとも、届けたい相手が居れば宛名を見て届けて下さるとのことでした。構いませんでしょうか?」
「勿論だよ。貴族宛ての場合、私が適当な市中から投函するより確実に届くだろうし。厚意に甘えたら良いと思う」
モニカが今聞いているのは『私の監視がない範囲で好きに出して構わないか』だと分かっていた。でも素知らぬふりで答える。全然気にしていないって意思表示。
まあ、伯爵の厚意に甘えても次はそっちの監視みたいになっちゃうけど、伯爵に隠したかったら私に渡せばいいし、逆もまた然り。選択肢が増えるってのは良いことだと思う。
モニカとスラン村のみんなは、『国よりも私に味方してくれる集団』として囲ったんだけど。その為に個人の心を殺したいとは思っていない。私に言いたくない秘密がちょっとあるくらいは構わないよ。
「うちの女の子達のことだけは、『救世主の縁者』として変に漏らさないように気を付けてほしい。それ以外は好きにするといいよ」
念の為、釘を刺しておく。私の情報はもう一部漏れているから仕方ないとして、女の子達に塁が及ぶ可能性は出来るだけ減らしておきたいのだ。それ以外は許容するって意味でもある。
モニカは「重々承知しております」と丁寧に応えてくれた。ならばよし。
「他は特に、アキラ様にご報告するほどのことはございませんが……」
まるで区切りのような言葉だけど、私は言葉を挟まずにモニカを見つめた。黙っていれば続きがあると思ったから。彼女は眉を下げて微笑み、少し視線を落とす。それから、静かに言葉を続けた。
「かつて我が侯爵家と親睦の深かった多くの家の話をしました。皆さま元気になさっており、私の生還を喜んでくださっていたと。言葉だけではございますが……嬉しく思いました」
「うん、良い報告だ。聞かせてくれてありがとう」
風鳩が整ったら、また手紙でもやり取りをしたいと、みんな言ってくれているらしい。
オルソン伯爵のように、麓まで会いに行きたいと言う人も少なからず居るみたいだ。でもそれを全部引き受けていると麓に人が殺到してしまうので、風鳩でそれぞれがモニカと連絡ができるようになってから追々、ってことで、伯爵が抑えてくれたみたい。ありがたいね。
ちょうど話が途切れたところで、ルフィナとヘイディが到着した。この二人、早速またトンネルに戻って工事していたとのこと。昇降機で上がって来るのに時間が掛かっていたそう。働き者だな。
モニカからの報告も以上だと言うので、郵便受けについて詳細を詰めることにした。
伯爵とは実際はもっと沢山、色々、話をしたのだろう。私が一枚の絵を描き切るくらいだからな。だけど、それは私には関係のないことだ。モニカと、当時アグレル侯爵家に居たみんなだけが知れば良いことだと思うから、私は何も聞かない。
「――じゃあ、この方法で決定。郵便受けを作ったら私も昇降機の方に行くから、設置はルフィナ達と一緒にやろう」
「お願いします」
「あっ、ごめん待って。忘れてた。小型の照明魔道具、三つ作れたよ。はい」
立ち去ろうとしていた二人を呼び止める。
リコットの素早い彫刻技術により、この短い期間で三つ分も彫ってくれたんだ。すごいよね。魔法陣の線に魔力も入れてくれていたから、私は組み立てと最後の発動しかしていない。この場では私に沢山お礼を言ってくれたけど、機会があれば是非うちの職人を褒め湛えてほしい。
「バイオトイレは、郵便受けの設置の時に一緒に設置するよ」
「色々ご負担を掛けて申し訳ございません……ありがとうございます」
「とんでもない」
この話が終わったらルフィナ達はすぐに出て行った。作業を中断させてしまったからね。おそらく今もモルタルを使っているので、あまり長く放置できないのだと思う。そんなところを問答無用で呼び出してすまない。でもいつも苦笑しても文句は言わないでいてくれる、優しい人達です。
そろそろ私も辞去して、自分の屋敷で作業しようかな、と立ち上がり掛けたら、モニカが少し慌てた様子で呼び止めてきた。どうした。
「保留としていた石材について、ご報告を忘れておりました」
「ああ」
私も忘れていた。モニカはルフィナ達の顔を見て思い出したみたいだけど、私は全く。
「もう少し詳しく一覧を作成いたしました。ご覧いただけますでしょうか」
従者のユリアが差し出してくる紙を受け取った。石材のサイズと個数が書いてある。以前は一種類のサイズと個数が目安として書いてあって、多少の前後は良いものとなっていた。
「本来ルフィナ達が求めているものは、この一覧であるとのことで」
つまり以前の発注が叶っていたら、使う前にもうひと手間、加工の工程を挟むつもりだったってことだね。
「アキラ様に生成して頂けるなら、一覧に記載の大きさでお願いしたく存じます。ただ、もしこの生成がご負担であれば、以前お伝えしたような大まかな形と大きさで、外部から購入して頂いて問題ありません」
「そういうことね」
魔法で生成するならサイズは自由自在だけど、購入の場合はあまり融通が利かない。指定サイズを受けてくれる業者もあるものの、加工賃が高い場合が多いので、それなら村で加工してしまいたいってことだ。
「了解。考えるよ。トンネル用の石材もまだ全部作れてないから」
トンネル用の石材と並行して、順次納品していこうと思う。
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