第842話_お絵描き中断

 二枚目の猫は、長毛種です。ふさふさ。

 愛くるしくお腹を出しているポーズなので、ナディアのイメージではない。でもナディアみたいにふさふさ。猫を白にしたから添えるお花は色のあるものがいいね。オレンジにしよっと。

「お話が終わられたようです。間もなくモニカ様がお戻りです」

「待って、今いいとこ」

「ア、アキラ様」

 困ったようにカンナが私を呼んだが。構わず描き続けちゃうんだから。だって今いいとこ。

「何をしているんだお前は……」

「ねこ」

「見れば分かる」

 戻ってきたケイトラントが私の手元を見て呆れている。従者らは笑いを堪えて震えていて、モニカはころころと上品に笑った。

「絵もお上手でございますね。愛らしいです」

「ありがとう。何か急ぎの報告?」

 戻ったにも拘わらず「終わりました」って言葉が無かったからそう問えば、案の定、モニカが頷いた。

「一点だけ、この場で確認させて頂きたく」

「いいよ」

 手を止め、バインダーから視線を外して顔を上げる。いいとこだけど優先順位は分かっているつもり。

「風鳩が整うまでは直接のご連絡が難しいので、此方の麓に郵便受けが用意できないかと、オルソン卿に尋ねられました」

「なるほど」

 つまり風鳩で連絡が取れるようになるまで、オルソン卿からの使者が麓に来て、ポストに投函する形で連絡をくれるわけだ。でもそれだけだと此方からの連絡が出来ないから……ふむ。

「今、その返事を得る為に、待ってくれてるんだね?」

「はい」

 私は絵を一旦カンナに預け、新しいバインダーと紙を取り出す。そこに、六桁の番号と、それぞれの番号に対して右回しと左回しのマークを記載した。

 この指示書通りに操作すれば開けられるダイヤル式の鍵を、郵便受けに付けよう。ダイヤル式の鍵はこの世界でも何度か見掛けているから、簡単なイラストでも理解できるはず。つまりこれを伝えれば、伯爵側の人も郵便受けを開けることが出来る。

 そして、例えば伯爵が『十日後にまた返事を確認する』と手紙をくれたら、十日以内にモニカがそのポストに返事を置いておけばいい。伯爵の使者には何度も往復する手間を掛けてしまうから、ちょっと申し訳ないけどね。

「……どうだろう? まだ融通の利く方法だと思う。緊急時にはまた王様を通す形にすればいいし」

「ありがとうございます。ご了承いただけると思います、伝えて参ります」

 番号の紙は複写しておいて、後でモニカに渡そう。一旦は私が預かるけどね。作る時の為に。

 モニカと従者のユリア、護衛のケイトラントだけが再び伯爵の元へ歩いて行った。もう一人の従者ライラと卵の飼育担当は既に馬車に入り込んでいる。卵を守る為に、中を整えているんだね。

 伯爵からはおそらく了承が得られたのだろう。数分もすると伯爵はモニカから離れ、立派な馬車に乗り込もうとしていた。モニカ達はそんな彼らを見守った状態で動かない。しばし見送るようだ。

 五分程で馬車が動き出す。

 あちらの馬車は二台だった。伯爵が乗る用と、従者や卵を乗せる用だったんだろうね。他には護衛が十数名、その脇を固める形で馬に乗って進んでいる。

 立派な御一行だねぇ。遠くなるその姿を、私もしばし眺めた。

「おかえり。残りの報告は村で聞く形でいいかな?」

「はい、宜しくお願い致します」

 サラとロゼが賢いのでUターンもお手のもの。モニカ達を乗せた後でゆっくりと方向転換をして、トンネル内に戻る。もう伯爵御一行は居ないけど、念の為、ちゃんと中に戻って扉を閉じてから転移した。

「風鳩の卵はもうこのまま任せて平気?」

「はい、問題ございません」

 担当の人とライラが私に一度挨拶をしてから、立ち去っていく。既に飼育場は設けてあるそうなので、そちらに運ぶそうだ。

 風鳩を定住させる為に必要な苔も貰えたようだから、その設置や栽培もある。ちなみにそれは別の担当者が居るとのこと。詳細は分からない。全てモニカ達に任せる。領主は支援を依頼された時に動きますね。いつも勝手に動いて宥められるからね。

「郵便受けは、今日中に作って夕方には設置するね。ただ、設置方法をルフィナとヘイディに相談したいから、呼んでもらっていい?」

「何から何まで、ありがとうございます。すぐに呼びます。ライラ」

「はい、呼んで参ります」

 待っている間に、残りの報告を聞こう。

 まず郵便受けの件は、私の提案内容で同意してくれたそうだ。しかも、返事の約束が無くとも半月に一度は使者に確認させるとのこと。

「ははは。モニカとの連絡が作られるわけだ」

 けらけらと笑う私に対し、モニカはちょっと困った顔で笑っていた。やはり伯爵はモニカに負い目があるのだろうが、それだけじゃない。モニカの一存で決まった領地の拡大は、間違いなく資産の拡大だ。

 管理の面ではしばらく国の支援を受けるそうだが、いずれは伯爵家だけで回して、稼ぎも全て伯爵家に入る。そういう意味では、モニカには『大恩もある』と言っても過言じゃない。

 先程の面会でも、モニカの為に出来ることは全て請け負うってくらい前のめりだったそうだ。この辺りはケイトラント談なので信じられるね。

 まあ過分なところは上手く躱して、いい塩梅あんばいになるようにモニカがコントロールすればいいよ。そういうの得意そう。

「他にも困っていることは無いかと頻りに仰るのですが、今のところアキラ様がよくして下さっていますから……ただ、いずれ馬と馬車を増やしたいとだけ、伝えておきました」

「いいね。ちょうど考えていたところだよ。良い馬と丈夫な馬車を用意してもらおう」

 人以外の生き物は私の転移魔法で運ぶと負担になる可能性が高いので、近くで入手できる方がいい。サラとロゼは妙に度胸があったという、特殊な例だ。

「『救世主様』のことも気になさっておいででしたが、ご遠慮いただきました」

「ありがとう」

 先に「挨拶不要」と伝えたから、相手の気を悪くさせない言い方で、上手く断ってくれたのだと思う。助かるね。

 だって私が一生懸命ネコを描いているところにご丁寧な挨拶に来られてもねぇ。カンナは一瞬それを思い出したのか、短く俯いていた。

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