第840話_オルソン伯爵
約束の時間になる少し前には私達も身支度を整え、馬車を準備した。
ちなみに今回、カンナ以外の女の子達はお留守番。相手は貴族だからね。いくらモニカが信頼している伯爵様だとしても、私の女の子達とはあまり関わらせたくない。
モニカ達は当然のように時間通りに揃ってくれたので、早速、向かいましょう。
「じゃ、転移するよ~」
今回は馬車を下りた状態で転移。馬車に乗せた状態での転移も出来るけど、別々の方が神経を使わなくて楽なんだよな。特に説明をしなかったが、誰も質問してこなかった。あまり気になるポイントではなかったみたい。
なお後から聞いたところ、外が見えない状態での転移はまだちょっと怖かったから、その方が都合が良かったんだって。なるほどね。
「……来てるねぇ。お利口に、大木の手前で待ってくれてる」
「魔力探知か?」
「うん」
私達は扉の奥に居るから、姿が見えているわけじゃない。モニカなら物音くらいは聞き取れているのかもな。とりあえず此方側は消音魔法で包んでおり、どれだけ会話しても向こうには届かないようにしている。
「約束の時間よりちょっと早いけど、待たせても可哀相だね。もう行く?」
問えば、モニカが穏やかに頷いた。……さっきからちょっと口数が少ないね。珍しく、緊張しているのかな。
「モニカ」
「はい」
馬車のタラップ傍で彼女に向かって手を伸ばす。本来は従者らがするだろうが、いち早く私が手を出したから控えてくれた。モニカは少し驚いた顔をしてから、「ありがとうございます」と弱く笑って私の手を取る。
「何があっても、傍で私が見てるよ」
タラップを上がり切ったところでそう言った。モニカは噛み締めるように「はい」と応えてくれた。ちゃんと伝わっているだろう。
残りのメンバーも危なげなく中に乗り込んでくれたところで、私とカンナが馭者台に上がった。
フードと仮面がズレていないことを最後に隣からカンナが確認してくれる。完璧。あとカンナが私を見つめて触れてくれる瞬間がとても癒し。
「行こう。ケイトラント、お願い」
「ああ」
ケイトラントが扉を開けてくれると同時に、消音魔法を解く。扉が動いたことはオルソン伯爵御一行にも見えたようだ。静かながらも一同の空気が張り詰めたのが伝わってきた。
先を歩くケイトラントが門に到着したのを確認し、馬車をゆっくりと前に進める。
サラとロゼは今朝ジオレンから離れる際に沢山走らせてあげた為、此処ではお行儀よくのんびりと歩いてくれている。人が沢山居て少し緊張もしているみたいだが、暴れ出すことはしないので充分にいい子だよな。
胸を張って一定の速度でサラとロゼが進む。石畳だから馬の足音がトンネルに響いて心地いいね。
指示をするように頷いたら、ケイトラントが門を開け放ってくれた。馬車が完全に門を出てもまだ、御一行が待機している場所までは充分に距離がある。そして当然、駆け寄ってくるような不躾な真似もしてこない。
完全に馬車がトンネルを抜けたところで、静かに停車させた。
「降りていいよ、モニカ」
意図せず、いつもより優しい声になった気がする。んん。恥ずかしいかも。「はい」と返ったモニカの声が笑っていたから、気付かれてるのが分かって余計にね。仮面を付けていて良かった。居心地の悪さにフードを深く被り直している間に、モニカが従者らと共に馬車を下りてきた。
「行ってらっしゃい。気兼ねなく、好きなだけ話しておいで」
「ありがとうございます。行って参ります」
基本的に護衛はケイトラント一人で充分だから、私は、妙な魔力の動きが無いかという点だけ監視しておく。それ以外のことは気にしない。すっかり手綱も手放して、馭者台に深く腰掛けた。ルフィナ達が改造してくれてから居心地が良いんだよな、この座席。
とは言え一応、モニカが伯爵御一行に近付いて、伯爵様っぽい立派な風貌のおじさまと対峙して話し始めるまでは目でも見守った。モニカの手を両手で握った伯爵は、祈るように頭を下げている。内容は聞き取れないながらも、やや感情的な声が漏れ聞こえてきた。
……守ることも出来ず失ったと思っていた人が、目の前に居るんだもんな。どうしたって、感極まってしまうものだよね。
少なくとも、そうなってしまう程には、モニカを大切にしていた人であるのが感じ取れて少し安心だ。
もう後は好きに話してもらおう。
彼女達から目を離し、私は膝の上にバインダーと紙を乗せた。
「ねこ」
そして何をするかと言うと。朝ごはんの時に描いた絵を改めて描き直すのである。だって描いてほしいって私の可愛い女の子達が言うんだもの。だから愛を籠めて真剣に取り組んでいたのだけど。隣のカンナが小さい咳払いをした。
「どうかした?」
「いえ、その……この状況で絵をお描きになるとは思わず」
「ああ、可笑しかったのか」
笑いを堪える為の咳払いだったらしい。笑うと言ってもカンナは私達みたいに笑顔でワハハとはならないけど。多分、我慢しなかったら吐息くらいは漏れるんじゃないかな。それを淑女として日々控えている感じ。
普段であればそんなカンナと会話しながらニコニコしただろうけど、今ばかりは私も真顔でいるように努めた。モニカ達が感動の再会をしている後ろで私達が談笑しているのは、ちょっと場違いだろうからね。でもお絵描きの手は止めない。
「モフっとした毛並みが分かるように……分かるかな?」
色付きだから、影などを加えて毛並みを表現。でもあんまり加筆しちゃうと印象が変わってしまうから、書き込みは少なく、色も出来るだけシンプルに入れた。どうだろう。
意見を求められたカンナは短く呼吸を飲み込んでから「はい」と小さく答える。まだ笑いそうか。
「周りが寂しいかな。お花を描こう……どんな花にしよう」
カンナの健気な我慢を思えばもう止めてあげた方が良いのは分かっているが、カンナだからと甘えて続行する。他の女の子達だったら多分もう止めた。笑いを耐え切れず震えていたと思うので。
白のコスモスみたいな形の花にしようかな。八枚の花弁。ザ・花って感じのイラスト。
「よし、一枚目は完成」
悪くない出来だ。女の子達も喜んでくれるといいな。
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