第839話_迎える手順
「改めて、伯爵を迎える手順だけど」
仕切り直すように言って、場を整える。私が乱した場ですが。
「まずは麓のトンネルの、内扉の奥に転移する。連れて行くのは――モニカとユリアとライラ、あと、ケイトラントかな?」
確認するとモニカは少し申し訳なさそうな顔で、一人を追加したいと言った。別に構わないのに。いや、先に私から対象者を挙げてしまったのが良くなかったね。普通に「誰が行く?」って聞けば良かった。反省。
追加の一人は、風鳩の卵を孵せるという人だった。これから風鳩の飼育責任者となる。受け取り時点から居てもらえるのは確かに心強い。了承を示して頷いた。
「転移した後は馬車をセットするから。モニカ達は中に乗って。馭者は私が務めるよ。あ、ケイトラントは先導してもらっていいかな? 扉と門は開けてもらわなきゃいけないし」
「ああ。元より私は外を歩くつもりだった、問題無い」
君はいつだって頼もしいね。ありがとう。ケイトラントが先頭を歩いてくれると安心だね。
ニコニコして話を続けようとしたら、カンナが控え目な声で「アキラ様、お話の途中で申し訳ありません」と言葉を挟んできた。珍しい、どうした?
「私も馭者台に乗せて頂いて宜しいでしょうか。いえ、外を歩く形でも構いません。アキラ様のお傍であれば」
「ううん、カンナは私と一緒に乗ろう」
置いて行く気はなかったが配置指示が漏れたせいで心配させちゃった。
ただ、私の中ではモニカ達と一緒に馬車の中に居てもらうつもりだった。隣か外を求めたってことは、この子は私を護衛するつもりでもあるんだな。今日も健気な君が可愛いから、横に置いちゃう。
「馬車が完全に門を出たら停車する。いや、オルソン伯爵の一行が何処まで来ているかは分からないけど、位置を見てとにかく停車して、それから声を掛けるよ」
流石に門の前にビタ付けするような無礼はしないはず。馬車から下りて少しモニカ達が歩み寄るだけの余裕はあるだろう。多分。無ければ門の中で停車して、降車してから門を開けよう。その辺りは臨機応変に。馬車の乗り降りができる程度にトンネルは広いので、その点は問題ない。
「私共はアキラ様の御声を待ってから、降車すれば宜しいのですね」
「そういうこと」
途中で思考を入れたせいでふわふわした指示になっちゃったのに、モニカはちゃんと飲み込んでくれた。頼りない領主で申し訳ない。村長がしっかりしていて助かる。
「後はモニカに一任するよ。私は君らが戻るまで馬車で待ってる。挨拶しないし、要らない。顔も隠す予定」
城の依頼時には必ず使っている失顔の仮面を取り出しながら説明した。モニカ達も予想はしていたのか、静かに頷いている。
「九時半頃に、準備を終えてまた此処に来てくれる?」
「畏まりました」
現在まだ八時半過ぎ。一時間近くあるから、私達もしばしのんびりします。モニカ達も着替えなどの準備があるのだろう、恭しく頭を下げ、一度立ち去って行った。
「もうちょっとしたら私も着替えようっと」
話している間に女の子達がサラとロゼを馬小屋に入れて落ち着かせてくれていたので、一旦、私の屋敷へみんな一緒に入った。
「アキラ様、私も例の侍女服に着替えて宜しいでしょうか」
「あー、そうだね。そうしてほしい」
伯爵から見ればやっぱりカンナは『救世主の侍女』という立場になるだろう。ちゃんとした服を着させてあげた方が、伯爵令嬢の立場的には良いかもしれない。と思って頷いたと同時に、別のことが気になった。
「君が私の侍女なのは、内緒だっけ?」
さっき聞いた話では、救世主がこの山の領主で、モニカが村長として私の臣下となっているのは伝わっている。でもカンナはどうなっているんだったかな。どの範囲まで伯爵に知らせて問題ないのだろう。
カンナは私の問いに「いえ」と呟きつつも、少し考えるように首を傾けた。
「敢えて知らせることはございませんが、隠れる必要もございません。オルソン卿が私に気付いたとしても、それを口外はなさらないはずです」
ふむ。カンナがそう言うならそうなんだろうけど、一応、理由も知っておきたい。「どうして?」と問い掛ければ、今度はあまり戸惑うことなく答えてくれた。
「アキラ様が市中にいらっしゃることは、『警備上の問題』で
「なるほど」
カンナが私の侍女で、その彼女が市中に居るのが見付かった時点で芋づる式に私の所在もバレるもんね。
察しの悪いバカな貴族なら何も考えずに周囲に言うかもしれないが、カンナにとってオルソン伯爵はそんな人ではない、ということだ。
さておき。私が召喚されたことを知っている人は、モニカの件でまた増えているだろうとは予想していた。王様達はそれを周囲にどう説明しているのだろうと思っていたが。どうやら私に『逃げられている』のではなく、協力体制を取りつつ『目的を持って救世主は城外に居る』ような話にしているみたいだね。実際、助けてくれと言われたら今は助けてやっているのだし、説明の付く範囲なんだろう。
「まあ、二代目と三代目もあまり広く『救世主』として姿は公表していなかったそうだから、隠すこともノウハウがありそうだねぇ」
「そうなの?」
私達の会話を静かに聞いていたリコットが目を丸めて声を挟む。のんびりと頷いて応えた。
「二代目は特に、私より年上の女性で、線の細い人だった。警備は本当に気を遣ったんじゃないかな」
「あー」
みんな一度は彼女の写真を見ている為、納得した様子で各々が声を漏らしていた。
ちなみにカンナも以前話した時に興味を示した為、鞄と中身は既に見せてあげている。あの手帳を何度も読むのはちょっと嫌だなぁと思ったら、それは必要ないと言ってくれたので免れた。女の子達の間で共有されている可能性はあるものの、その辺りは詳しく知らないや。
とにかく。
二代目が私のように魔術師としては頭一つ抜けていたとしても、身体能力とか反射神経が無かったら咄嗟の戦いでは危うい。おそらくは周囲を騎士達で守り固めた状態で戦ったんじゃないかな。
「三代目は男性だけど、同じく隠されてたっぽいねぇ。戦いに不得手な男性だったのか、単にノウハウが引き継がれたのか、私みたいに嫌がったのか……」
理由までは定かじゃない。あまり多くはない記録の中で、移動時のカムフラージュに苦労したような内容が見られた為、そのように私が解釈しただけ。つまりこの辺りのことは王宮の禁書部屋で得た知識に含まれてしまうが、多分これくらいは機密でも何でもないだろうし、大丈夫だと思う。
少し話が逸れたが。何にせよ、カンナを伯爵から押し隠す必要はなくて、私の侍女服を着せた状態で隣に座らせておいて問題ないってことだね。
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