第838話_スラン村訪問
今日はスラン村に行って、モニカと伯爵を会わせてあげる予定なのだけど。私達はまだ呑気にアパートで朝食を作っていた。
「お花~」
「あはは、可愛い」
みんなが配膳をしてくれている横で、私はオムレツにケチャップ風ソースで絵を描いて遊んでいる。
「ねこ~」
「無駄に上手いんだけど」
最初は笑ってくれていた女の子達も、次第に呆れた顔になっていく。
「お馬さん」
「あまり上手に描かれたら食べられないのよ」
花が三種類、猫が二種類、馬が一種類の六つを描いた。楽しかった。満足。完成した私の作品を並べ、全員に渡したところで終わる予定の遊びだったんだけど。
「普通に残る形でこのネコ描いて……」
「ハハハ、後で描いてあげるから、食べなよ」
猫のイラストが可愛くて食べられないってルーイが涙目で言うから、笑っちゃった。後でちゃんと紙に描くよ。ついでに色も付けてあげるね。と了承したら結局、他の子らも描いてほしいと言う。はい。全部描きますので食べて下さい。私が悪かったから。
予想外のイベントも発生してしまったが、食後にはいつも通りカンナの紅茶をしっかり堪能してから出発した。
しかし今回は部屋から転移するのではなく、サラとロゼを厩舎に迎えに行って、馬車で一度ジオレンから離れた後に転移。今日はこの子達に、モニカを送迎する馬車役をやってもらいたいから。
いずれあのトンネルが完成したらこの子達とは別に、スラン村専用の荷馬車と、馬を最低二頭は置きたいけど、あまり早くに用意しても養う子が増えるだけだ。村には負担だろう。もうちょっと待ち。
「おはよ~ケイトラント」
「ああ、おはよう」
まだケイトラントが門番の時間だったっけ? いや、伯爵と会う時に護衛するだろうから、それまで寝ないか、寝る時間をずらしたのかも。モニカが麓に下りるって日に村の中でこの人が寝ているはずもないな。
とりあえずケイトラントと挨拶を交わしたら、サラとロゼを振り返る。転移後のご機嫌の確認だ。
「あれ、もうスラン村に慣れたの? 嬉しそうだね、サラ、ロゼ」
私の心配を余所に、二頭は転移の戸惑いなんかもう全く無さそうで、スラン村を眺めて嬉しそうにしている。此処が安心できるお家だって分かっているようだ。
「今日はちょっとお仕事してね。終わったら大粒のブドウをあげるからね」
よしよし~。撫でると嬉しそうに頭を寄せてくる。片方を撫でていたらもう片方も寄ってきちゃうので、二頭まとめてよしよし~。
「懐っこい子らだけど、何だかんだ、アキラちゃんがお母さんだよねぇ」
私達の戯れを見ていたリコットがそう言って笑う。私に対して一番乱暴な甘え方をしてくるところはあるが、ママだと思ってくれているらしい。嬉しいね。
「――おはようございます、アキラ様」
「モニカ。おはよう、わざわざ来てくれたの?」
サラ達と戯れていたら、私達が挨拶に伺うより先にモニカが直々に正門まで足を運んでくれた。
「本日は私の為にアキラ様の御力をお借りする日ですから」
「風鳩は私が言い出したんだってば」
相変わらずのすれ違いだねぇ。思わず笑ったけど、此処で押し問答する気はお互いに無かった為、それだけで切り上げる。
「そういえば――オルソン伯爵は、私のことを知ってるんだよね? どんな風に伝わってるんだろ?」
カンナの方を振り返って確認。誰に救世主を伝える・伝えないという判断はまだカンナが王宮内で働いていた間にされていて、カンナにも箝口令は出ているはずだから一番詳しく状況を知っていそう。その想像通り、カンナはすんなりと頷いた。
「オルソン卿には、モニカ様のご存命が伝えられる際に、『フォスター家の愚行の証人であるモニカ様を救い出したのは救世主様である』と伝えられていると思います」
「うん?」
何の話だよ。私は救ってない。
「モニカを助けたのはケイトラントだよ?」
首を傾ける私に、カンナは少し申し訳なさそうな顔で、詳しく説明をしてくれた。
まず、オルソン伯爵に王家から伝えられた内容は、カンナのお父さんにも伝わっている話だということ。そしてそれは二人だけではなく、かつてモニカの家が夜襲された話が出回った際に「どういうことだ」「何があった」と声を上げた――実際にはもっと丁寧に王家に『問い合わせ』をしたんだろうけど―――各貴族らに、今更の『回答』として、伝えられたものであるらしい。
当時のことは、被害者たるアグレル侯爵家の者が全て死亡してしまったことで捜査の進められない点が多くあった。しかしモニカの生存が確認され、本人が全てを証言してくれたことで改めて捜査を再開し、全てに裏付けが取れたことで真相解明に至ったという……まあ、完全に作り話だが。そういうことになっているそうだ。
そこまではまだ分かる。
だが、何故か生き残りのモニカを見付け出し、フォスター家から守りながら無事に王城まで連れてきたのが、現代の救世主たる私で、モニカはそれに恩義を感じ、今後は救世主に仕えることを決め、救世主の治める領地において村長をしている――という、更によく分からない作り話が追加されているらしい。
ほう。
勝手に私を巻き込んだ作り話をするなら、ちゃんと共有しろバカ王が。
渋い顔で唸ったら、モニカは笑いながら「大きくは間違っておりませんね」と柔らかく言った。いや。間違いまくってるでしょうが。とても大事なところが間違っている!
ムッとなっている私を、何故か当事者であるモニカとケイトラントが笑うんだから納得がいかない。
「アキラ、今重要なのはそこではないのでしょう」
「そうでした」
ナディアによる賢い宥めの一言。これからオルソン伯爵が麓に来る予定だ。その彼が私をどれだけ認識しているかを確認するのが目的だった。内容に不満はあるが、一旦、横に置いておこう。
「はぁ~とりあえず、了解。ありがとう、カンナ」
説明の礼を述べれば、カンナが礼儀正しく会釈した。ごめんねの気持ちを込めて頭を撫でる。命令に従って説明しただけなのに私の機嫌が悪くなっちゃったから、嫌だったよね。顔を上げた彼女に、微笑んでおいた。カンナは少しホッとした顔をした。君は何も悪くないよ、いつもありがとうね。
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