第827話_ドレス

 その後、カンナは十分足らずで帰宅した。本当に早かったね。走らずに帰ってきたかい?

 心配になって様子を窺うけれど、呼吸も全く乱れていなかった。大丈夫かな。では早速、女の子達のドレスを見てもらおうか。クローゼット近くに新しいハンガーラックを出して、女の子達のドレスを並べた。

「前にルーイに着せたのがこれ。次はワンランク上げたいね」

 折角だから更なるお姫様を目指したい。私の説明に、カンナは頷きながら興味深そうに女の子達のドレスを確認していた。

「ナディア達にとても似合うドレスですね」

「でしょ? すごく綺麗で可愛かったんだよ!」

 私の審美眼もなかなかのものでしょう。自画自賛。しかもプロに褒められてご満悦です。

「いずれも華やかで、貴族邸に入っても問題ないものと存じます。私のドレスとも被りません」

「良かった。一応、君のドレスも見ていい?」

「はい」

 カンナが大丈夫と言えば大丈夫だろうけれど、念の為ね。見たかっただけとか、そういうんじゃないから。私とルーイのドレスを選ぶ時にも色や形が被っちゃうよりはバランスを取れる方がいいし。

 私の言葉に応じてカンナがドレスを掛けてくれたところで、他の女の子達もそろそろと傍に寄ってきていた。みんなも気になるらしい。可愛い。

 カンナのドレスは、どれも白地が上手に使われているものだった。全部が真っ白のデザインではなくて、布面積の内、半分がくらいが白。残り半分に色を使ってメリハリを付けているデザインだ。濃い色も淡い色も上手く使っていて、派手すぎもせず、ぼんやりもしない。

「お洒落なドレスだね~」

 私の心の声を代弁するように、リコットが感嘆の声を出した。みんなも頷いている。

「普段の洋服も、色でメリハリを付けてるものが多いわよね、カンナは」

「確かにそうだね」

 言われてみればそうだったかも。一色だけなら地味に思えるような、例えば黒とか茶色を使っていても。色の使い方がお洒落だからか、地味な印象は全く与えない。控え目な感じは少しするけどね。とにかくカンナは、違う色の生地を重ねる形でのお洒落が得意なんだな。

「一目で美しいと分かるスタイルを持つ方々と同じ形では着飾れませんので、工夫を凝らしているだけでございます」

 胸とかお尻とか、背丈のことかな。どの部分を指したかは分からないが。私は首を傾げた。

「自分に合う服を知っているのが一番だよ。どれだけ魅惑的なスタイルを持ってたって、服だけで台無しになることもある」

「本っ当にそう」

 リコットの同意がちょっと重めだった。そういう人が娼館の同僚にでも居たのかもしれないね。可愛くて少し笑った。

「ん~、私のは、赤系が良いかな。ナディとは少し違う感じの……緋色の方で」

 彼女に買ったドレスはワインレッドのような深い赤だから、少し印象の違う色。流石に六人がみんなバラバラの色だと目がちかちかするだろうし、少しは色合いを寄せることも考えての配色です。

「お似合いになると思います」

「そうだね~合いそう」

 独り言のように小さく呟いていた言葉だったが、きちんと拾ってくれたカンナとリコットが同意してくれた。ありがとう。ところでその横で眉を顰めている長女様。

「ナディ、ちょっと嫌な顔するのやめてね、私も傷付くことはあるからね」

「ふふ」

「アキラちゃんとお揃いは嫌だってー」

 何を笑ってるんだ、うちの子供達は。私は傷付いているんですよ。口をへの字にして悲しんでいたら、ナディアが深い溜息を吐いた。

「あなたと比較されたら嫌だと思っただけよ」

「君がそれを恐れる必要は微塵も無いよ……見劣りするとしたらこっちだよ」

 何を言ってるんだ、本当に。君はスタイル抜群で超級の美人だよ。全人類が君とは比べられたくないはずだよ。つまらなそうな顔で明後日の方向を見ながら髪をいじっていらっしゃる。聞こえない顔をするのもやめなさい。

 一旦、思考を切り替えるべく頭を振った。本題は私のドレスではない。

「ルーイの新しいドレスはどうしようね。ルーイに希望はある?」

「えぇ……うーん」

 可愛い。ちいちゃい腕を組んで悩んでる。抱き締めたい。思わず少しルーイの方に身体が傾いた私を、ナディアとリコットが目ざとく見付けて視線を向けてくる。怖い。背筋を伸ばして距離を取った。

「リコお姉ちゃん、昨日見せてくれた雑誌ある?」

「うん、ちょっと待って、本棚だ」

 笑顔で応じたリコットはルーイをひと撫でしてから本棚の方へと行った。

 誰にも睨まれずにルーイを撫でられるの良いなぁ。羨ましい気持ちで眺めている間にリコットが雑誌を取って戻った。ルーイが一生懸命ページを捲り、とあるページを私に見せた。

「こういうね、淡いピンクとオレンジの間くらいの色、好きなんだけど」

「おー、いいね、可愛い色だね」

 私の世界で言う、淡いサーモンピンクだ。しかしこっちの世界にはサーモンという名前の魚がおそらく居ないのでこの言葉は伝わらないだろう。

「でも私に似合うかなぁ。前にアキラちゃんも言ってたけど、私は瞳も髪も寒色だから……」

「いや、大丈夫だよ。前のドレスも黄色系の暖色だったけど、君に似合ってたでしょ?」

 寒色系の髪だからって、暖色全てがダメなわけじゃない。暖色の中に一部、合わない色があるだけ。それは寒色同士でも起こり得るから、結構ややこしいんだよね。髪や瞳だけじゃなくて肌の色とかも関係してくるし。

 とにかく、ルーイが好きなこの色に近いものの中で、ルーイに一番合うものを私達が探せば問題ない。カンナのドレスのように、他の色とも組み合わせたらまた印象が変わるから、色々と調整ができる。

「大丈夫だよね、カンナ」

「全く問題ございません」

 今日のカンナはやけに強い言葉で応えてくる。そのお陰もあってか、一瞬でルーイがホッとした顔をしたのでありがたい。きっとカンナは世界一に出来る逸材の美少女を自らの手で整えたいんだと思う。

「じゃあ基調はこの色かな。また迷ったら相談するね、ルーイ」

「うん、楽しみ」

 頬を淡い桃色に染めて、嬉しそうな笑顔でルーイが頷いた。この表情をするだけで、もうこの子は世界一なんだよな。

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