第826話_内緒話

 ちなみに、ダンスの振り付けには女性二人で踊る場合と、男女のペアで踊る場合とがあるらしい。

「どっちでも教えられるの?」

「はい、どちらでも問題ありません」

「うーん」

 男女ペアのパターンを覚えるなら身長的に言って間違いなく私が男性パートになるよな。うーん。

「女性二人のやつが無難かな~」

 元の世界で覚えた振り付けは女性側だから、少しでも似通っているとしたらそっちだろう。私も色々と忙しい為、短い期間の練習で済む方が嬉しいし、もし間に合わなかったら目も当てられないのでね。少しでも簡単な方を選択していこう。

 ということで、改めて当日の計画は。

 全員をドレスアップして、ルーイは世界一の美少女にする。場所は何処かの貴族に屋敷の一角を借りる。ただし調理はいつも通り私が担当だ。楽団に演奏をしてもらって、演奏会を楽しみつつ、私とカンナが……四曲くらい踊ろうか。

「そんな感じでいいですか、お姫様」

 丁寧に姫の希望を整理して伝えたら、ルーイが満面の笑みで頷いた。オッケー、頑張りましょう。

「待って」

 話はまとまった――と思ったものの、唐突にハッとした顔でナディアが私達を制止した。

「ルーイはともかく、私達のドレスは新しくしないで」

 そう求めるナディアは、まるで睨むような鋭い目で私を見据えている。リコットとラターシャもハッとした顔で私を見つめたが、私はただ目をぱちくりと瞬いた。

「え~?」

「いや、えーじゃない。アレまだ一回しか着てないんだよ、新調する気だったの?」

「だって。着回しがあった方がいいでしょ」

「要らないよ! 私達がドレスを着る機会なんて無いんだから」

 リコットに続いてラターシャにも怒られちゃった。口を尖らせても、三人が勢いよく首を振って拒絶する。

「しょうがないねぇ。分かった、新調するのはルーイと、あー、私の分だけにしよっか」

 前回のドレスはパンツスタイルだったが、ダンスには向いてない……というか、私がパンツドレスで踊ったことがないので足捌きが少し不安。

「カンナは? ドレスを持ってきてないなら、送ってもらうか、こっちで一緒に作る?」

 この中では最もドレスに慣れ親しんでいる人だけど、引っ越しの荷物が少なかったから、手持ちがフル装備ということはないだろう。私達の傍では必要ないと考えていたとしたら、全て実家などに送ってしまっている可能性もあると思った。でもカンナは落ち着いた様子で首を横に振る。

「三着だけ持っております。ただ、皆様と並ぶと合わない可能性がございますので、先に確認してもよろしいでしょうか」

 確かに、本物の伯爵令嬢のドレスと比べてしまえば、私達が市中で作った程度のドレスでは酷く見劣りする可能性もあるな。それはちょっとお互い気まずいかも。

「じゃあ、後でみんなのドレスを見てくれる? ルーイと私の新しいドレスも相談したいし」

 此処で一度、擦り合わせておけば間違いないだろう。カンナの了承を得たところで、頭の中に改めてまた今後の計画や、事前に済ませておかなければならないことを思い浮かべた。うん、カンナの負担が大きいな。

「色々とお願いしてごめんね、カンナ」

「とんでもございません。まずは最新の情報を取り寄せます」

「うん」

 ジオレンおよびクオマロウ近郊の貴族の情報ね。カンナは私の了承に会釈をすると、立ち上がって工作部屋に消えて行った。取り寄せる為の手紙を、誰かに書くのだろう。詳しくは聞くまい。

「ルーイ、当日の料理のリクエストと、魔法の杖に欲しい機能、また考えておいて」

「分かった。早めに伝えるね」

「ありがとう」

 一旦話が整ったので解散。私はカンナを追うように工作部屋に入る。主な目的は作業の続きなんだけど、ついでにカンナの様子も窺おう。

 私が部屋に入り込めばカンナはすぐに手紙をしたためる手を止め、顔を上げた。

「いいよ、そのまま続けて」

「はい」

 当然まだ書いている途中だった。手元を覗くような不躾なことをする気も無いし、素通りして奥の席に座る。

 さて。ルーイのお誕生日会の為にすべきことを取り零すわけにはいかないので、予定を紙に書き出し、それぞれ必要になりそうなものも一覧化。最優先は、ドレスの注文とダンスの練習だよな。

 そんなことをしている間にカンナは手紙を書き終え、私に断りを入れて郵送の為に出掛けて行った。すぐ戻るって言ったから本当にすぐ戻ると思う。彼女の「すぐ」はとても早いんだ。

「アキラちゃん」

「ほい」

 工作部屋で作業をしながらカンナの帰宅を待っていたら、リコットが入ってきた。いつもより声がちょっと低い? でも怒っているようではない。どうしたんだろう。

「どうしたの?」

「内緒話」

 小さい声でそう言って私の傍に椅子を引き寄せる。ああ、消音すればいいのね。頷いて彼女と私を消音魔法で包んだ。

「ルーイにアクセサリー作りたいんだけどさ……ドレスに合わせるやつで、私が作ってもいいもの何か無い?」

「おー」

 つまり、リコットはそれを誕生日プレゼントにしたいんだね。素晴らしいアイデアじゃないか。リコットがアクセサリーを作りたいと思っている件をルーイはまだ知らないし、唐突にお手製のアクセサリーがプレゼントされるサプライズとなる。喜ぶ彼女の表情が目に浮かぶようだ。

「折角のリコット製なら毎日使いたいだろうから、うーん」

 ドレス用として見劣りしない範囲で、かつ、普段使いも出来るものがいいよね。

「髪飾りは難しいかも。それ以外かな。まだ何も決まってないから、ドレスを決めた後で相談する形で良い? あと、衣装の相談相手のカンナには話しておきたい」

 ルーイのドレス選びもカンナには手伝ってもらいたいと思っていた。その彼女に、アクセサリーを隠し通すのは難しい。というか、アクセサリーを除外して考えることが難しい。リコットはまだ隠したいかもしれないけど……と不安に思いながら表情を窺えば、特に憂いの色はなくリコットが頷いてくれた。

「ルーイにさえ内緒にできれば、大丈夫。あと、……作る時もアキラちゃんには手伝ってもらう可能性がある」

「勿論。何でも言ってよ」

 快諾すればリコットは嬉しそうに目尻を下げ、立ち上がるついでに私の頬にキスをしてくれた。身を寄せた瞬間に肩に胸も当たりました。何という贅沢なお礼。感動している間にさっさと退室されましたが。

 私はそのままじっと動かずに、しばらくその甘い触れ合いの余韻を噛み締めていた。

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