第825話_来月の予定

「どう反応しようかって、迷ってしまっただけ。心配させてごめんなさい」

 そう言ってナディアは軽く頭を振った。『本当』のタグも出ているから、考え込んだせいで反応が遅れたのは事実らしい。

「別に、どちらでも構わないわ。確かにクオマロウは、ジオレンよりずっと私の故郷に近い街よ。でも父と遭遇する可能性はほぼ無いし、不都合なことなんて、何も無いのよ」

 ナディアの故郷からは馬車で二時間ほど掛かる距離だそうだ。一般的に馬車は平民にとっては高価な移動手段となる。ナディアのお父さんはろくに仕事もしない飲んだくれだったと言うから、馬車に乗ってわざわざクオマロウへ来るとは考えにくい。ナディアも、まだお母さんが生きていた小さい頃に一度行っただけで、街中の記憶はほとんど無いと言う。

 だから名前を聞いた時は少し戸惑ったものの、明確に「行きたい」とも「行きたくない」とも思っていないと言った。これらの説明にも、『嘘』のタグは一度も出なかった。

「……分かった。でも行き先は、もうちょっと考えるね」

「アキラ」

 私の言葉に少し被せるように、ナディアが私を呼ぶ。呆れたような声だった。いや、少し焦っているようにも聞こえた。

「クオマロウに行きましょう。今の話の後だと、止める方向にするでしょう」

「うーん……」

 否定はできない。今の情報を抱いて再検討をした時に、どれだけ考えて対策を立てたとしても、クオマロウ行きを決行できそうにない。

「海鮮が目当てだったかしら。また美味しいものを作ってくれるのでしょう。それは私も楽しみね」

 意識的に優しい声を出してくれているのが分かる。言葉も全部、本当のタグを出してくる。だけど心配な気持ちが消えるわけじゃない。私は一度、唇を噛み締めて唸った。

「ちょっとでもしんどくなったら即移動。いい?」

「ええ」

 私が此処で『クオマロウには行かない』と言っても多分、ナディアに『自分のせいで進路を変えた』と思わせてしまうだけだ。今はこうするしかなかった。

 それでも全員の中で『ナディアにとって辛い場所かもしれない』って考えが共有できているから。私が気付けなくても他の子が気付いてくれるはず。

 次の移動先はクオマロウにするとして。その後のことはナディアの様子も見つつ、またみんなで考えて行こう。移動は来月の、中旬から下旬かな。魔族戦によってはまた少し予定が前後する可能性があるとも、伝えておいた。

「来月は君の誕生日もあるね、ルーイ」

 きょとんとした顔が可愛いし、紺色の瞳がいつ見ても美しい。

「欲しいもの、食べたいもの、お祝い方法。リクエストがあれば何でも受け付けるよ。お化粧もしたいんだよね?」

 唐突に話題の中心が自分に変わったことに対応できないのか、目を瞬いて、ナディアと私を見比べている。ナディアが微笑んで頷いてやれば、少しホッとした顔で私に向き直った。

「うん、えっとね、欲しい物はお姉ちゃん達と一緒で、魔法の杖で……」

 しっかり頷いて相槌を打つ。どんな杖が欲しいのかはまた後でじっくり聞き取りしよう。

「当日は、お化粧と、おめかしもしたい」

「任せて。カンナも動員してキラキラにしてあげる」

 次は私だけの技術じゃなくて、プロの技術が加わりますよ。振り返ったら、カンナは力強く頷いてくれた。

「ルーイであれば世界一美しく仕上げる自信がございます」

「あはは! だよね」

 素材が良すぎるもんな。何もしなくても世界百位には余裕で入りそうなんだから。私達が手を尽くしたら一番とか余裕すぎる。

「おめかししたら、何処か高級レストランでお祝いする?」

「うーん……」

 折角可愛くするなら、外に出たくなるんじゃないかなと思うけど。どうだろう。お家の方が好きかな?

「みんなにもまたドレスを着てほしいし、折角だから外にも出たいけど、でもアキラちゃんのごはんが一番おいしい……」

 嬉しくて声を上げて笑った。素晴らしい賛辞だね。思わず頭を撫でる。今回ばかりは姉組からの睨みも無かった。

「じゃあ、貴族にホールを借りるってのはどうかな。馬車で迎えに来てもらってぇ」

「スケール」

 私の公爵位を使ってもいいし、カンナのお父さんや、王様を経由してもいい。リコットが呆れたような声で突っ込んでいるが。今は聞き流そう。

「カンナ、ジオレンの……いや、一応クオマロウも。周辺に屋敷を構えてる貴族のこと、調べられそう? 普段は使ってない別荘でもいいから」

 時期的に移動前か移動後か分からないから、両方調べたい。何にせよこの辺りの情報収集は貴族の方が確かだと思う。特にクオマロウだね。現地に入ってから私が直接歩き回って調べることも出来るけど、普段の私は一見ただの平民だからな。貴族邸の近くをうろついて変に騒ぎにもしたくない。まあカンナが難しいと言うならそれでもいいが――と思ったら、想像以上にすんなりとカンナは頷いた。

「手持ちの資料でも確認できますが、十日ほど頂ければ最新の情報も取り寄せます」

「あー、時間が掛かっても、確かな情報がいいね」

「承知いたしました」

 どうして『手持ちの資料』にこの国の貴族の家の所在みたいな細かい情報があるのかは、聞かないでおこう。何となく貴族として当然の知識じゃない気がするので。やぶを突かないのは大事なことだ。

 何処ぞの協力的な貴族にホールを借りて、小さなビュッフェを開催するのが丸いかな。

「折角だし、楽団とか呼べないかなー。一時間くらいでいいんだけどホールで演奏してくれたら楽しいよねー」

「あっ、それが出来るなら、アキラちゃんとカンナに踊ってほしい!」

「んん?」

 主役となるルーイが急にキラキラの目をして言うんだけど、ええと、それは、どうして?

 首を傾けた私と、目を瞬くカンナ以外のみんなは「見たい」で満場一致した。物語の中でしか知らない貴族のパーティーの一部を垣間見たいらしい。つまり私達も出し物の一つとなるようだ。

 元の世界なら二つ返事で了承できたけど。この世界のダンスは全く分からないんだよな……。

「うーん、カンナ、教えられそう?」

「一通りステップは把握しております。教える側の経験はございませんが、おそらく可能です」

 戸惑いつつも、頷いてくれた。何でもかんでも頼って申し訳ない。でも頼もしい侍女様で本当に助かるよ。

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