第828話_練習計画

 今夜はリコットとのデートで、明日は子供達とデートだから。明後日以降に、ルーイの誕生日の為に色々と準備を進めていこう。

「次の優先はダンスだな。カンナ、ちょっと相談~」

「はい」

 二人で作戦会議だ。工作部屋に移動し、扉を閉じて消音魔法も発動した。内緒の作戦会議。

「まず練習場所の確保からか~」

 流石にこの広い家も、ダンス練習ができるほどの場所は無い。リビングを全て片付けたら出来るかもしれないが、折角の出し物なんだから最後まで内緒にしたいよね。

「場所は……ヘレナに頼むか。一か月くらい借りられる部屋を探してもらおう」

 どれくらいの広さがあればいいかをカンナと相談して、要望をまとめたお手紙を書いてヘレナに送信した。生活する場所じゃないからトイレと手洗い場だけ最低限あれば可。このアパートから近くなくても大丈夫。周辺の治安もまあ、そこまで気にしない。普段は転移で行き来できるからね。

「ところで、貴族でよく踊るステップって幾つあるの?」

「必修となっているのは七種でございます」

 相手が同性の場合と異性の場合で少し異なるとのことで、極端に言えば十四種を覚えるのが必須らしい。男同士で踊るステップは女同士のそれとも異なるようだから、実在するのは二十一種か。……舞踏会をちょっと見学しに行きたくなってきたな。色んな組み合わせでダンスしてるの、見応えありそう。

 同性で踊ることはこの国だと昔からよくある文化の一つで、友人関係にある女同士や男同士で踊ることも普通みたい。カンナの親世代くらいのおじさん達が笑いながら踊ってることもあるんだって。ちょっと可愛いかも。

 さておき、私が覚えるべきは今回、四種だね。

 全くの未経験じゃないとは言え、ウェンカインのステップを何処まで出来るだろうか。私も分からないし、教える側のカンナも私がどれくらい踊れるかなんて全く分からない。お互いこれから情報をすり合わせる必要がある。

「うーん、とりあえず簡単に、口頭でどんなステップがあるのか、全種を教えてもらっていい?」

「はい、ご説明いたします」

 七種のステップを、曲の特徴を含めてカンナが丁寧に説明してくれた。教える側が未経験だとは思えないほど、整っていて分かりやすい説明だ。しかも教科書を読み上げているかのような淀みない口調。彼女の手元には今、真っ白のメモ帳しかないのに。……と、変なところを気にしている場合ではない。

「ふむ、私の世界のステップと似通ってる部分がやっぱりありそう」

 逆にそれが癖に引っ掛かって足枷になる可能性も高いんだが。今から考えても仕方ないね。

「最初に覚えるような基本の二つをまず入れて、もう二つは、速いステップがいいな。観てて楽しい感じの」

 折角の『出し物』だから、基本で固めてしまって全て単調になるのは避けたい。とは言え、全てを激しいステップや難しいステップにすると体力的にも厳しいし、当日までに習得できない可能性もある。二曲ずつが限界じゃないかな。私の主張に頷きながら、カンナは少し思案した。

「では……最初にお伝えした二つと、最後にお伝えした二つ、になると思います」

「ちなみにカンナが得意なステップは?」

 また少し黙った後で、カンナは控え目な声で「最後の二つです」と答えた。なるほど。カンナって結構、身体を動かすのが好きなんだね。物静かな印象が強いけどそんなところもギャップがあってよい。とても素敵。一緒に踊るのが俄然楽しみになってきた。これがルーイの為のダンスだってこと、ちょっと忘れそうになる。

「君が得意なやつなら丁度いいよ、私がミスっても転ばずにいてくれそう」

「はい、フォロー致します」

 支えてくれと願ったつもりじゃなかったんだけど……まあ、それも助かるね。でも本当に危ない時は私だけを床に転がしてくれ。君にまで怪我をさせたくはない。

「他に練習に必要なものは……曲を奏でてくれる道具?」

 カフェとかレストランで、演奏者が居ないのに曲が流れていることがあるから、何か道具があるはずだ。私の問いにカンナが頷いた。

「手回しのものと、自動で再生可能な魔道具がございます」

「なるほど、魔道具か」

 この世界では動力を電気にしているものは少ない。全く無いわけではないものの、大規模な発電所が無いせいもあって、魔力よりも電力の方がずっと貴重なエネルギーとなっているのだ。そのせいで『自動』になるとほとんどが魔道具となっている。

「中央市場にある楽器店なら置いているのではないでしょうか。大銀貨が数枚ほどの値段かと思いますが」

「ジオレンでも買えるんだ? その辺りの準備はお願いしても大丈夫そう?」

「はい、私の方で準備いたします」

 運ぶのが大変なサイズだったら、この家に送ってもらえるように適当にお金を握らせて手配してくれ。お金で解決できるところは全て解決してしまおう。

 ちなみにその魔道具、ダンスの練習後は使わないだろうから……用が済んだら分解して私の研究材料にしようかな。私の魔法石やエルフの知恵をもってすればもっと小さい音楽プレイヤーが作れる気がする。いつものメモ帳を取り出して書き込んでいたら、チラッとカンナが私の手元を見た。いや、大丈夫、すぐに新しいことを思い付いちゃうけど、タスクを増やしてるわけじゃないから。まだね。

 苦笑いでメモ帳を仕舞った。と同時に、部屋の扉がリズミカルにノックされた。トトンットトンッタタタタンッみたいな。こんなノックはリコットしかしない。可愛くて思わず笑みが浮かんだ。消音魔法を解除して「はーい」と応える。

「長く掛かりそ~? 私は彫刻板の作業がしたいでーす」

「あはは、今開けるよ」

 そうだね、スラン村から帰ってきてから、リコットは彫刻板の為によく工作部屋に籠ってくれてるもんね。今すぐ相談しておくべきことは一旦終わったので、カンナに頼んで部屋を開けてもらった。ついでにお茶も頼みました。

「入って良いの?」

「丁度終わったから、いいよ~」

 快諾したのに何故かリコットは様子を窺うようにそろりと忍び足で入ってきた。警戒しながら進む猫ちゃんみたい。お姉ちゃんが猫ちゃんだから似ちゃった? 可愛いね。

 カンナは紅茶を淹れた後、早速、音楽プレイヤーを探しに行ってくれた。お代わりが無くても死なないから、慌てずゆっくり見てきてね~と見送る。紅茶が切れたらコーヒーを飲むから大丈夫です。

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