第820話_果実シロップ

 ナッツの袋を何事も無かったかのように片付けた後で、カンナが私に向き直る。

「あの女性は下心を持ってアキラ様に手土産を渡したと邪推いたしました。よって、警戒していたという経緯になります」

「下心? あ~……?」

 確かに何か含みを持った目だとは思ったが。ナッツからは何のタグも出ていなかったし、それ以上のアプローチも無かったから深く考えていなかった。あれが下心だったとして、だからどうしたと思えるほど些細なものだったのに。

「あんなちょびっと突かれた程度で、心配しなくていいよ。過保護だなぁ」

 苦笑して呟けば、リコットに低い声で「アキラちゃんには言われたくない」と返された。なんでだよ。私は過保護じゃない。

 さておき、ナッツが危ないものでないことは最初から分かっていた。分からない状態で『毒見』なんて恐ろしいことを可愛い女の子達にさせるわけがないからね。女の子達も、そんなことは分かっていたのだと思う。ただ、気が済むようにしたかっただけ。

 それなら私は、すっきりするまで好きにさせてあげるべきだ。今後も気になるなら存分に毒見と検分をさせてあげよう。安全なものだけね。

 ……結局、女の子達が何をそんなに心配したのかは分からないが、新しい遊びか何かだと思っておこう。

 夕食を済ませたら私とナディアはお出掛けの準備をして、最後に、さっきのナッツを受け取った。みんなにちょっと食べられたナッツ達。食べる時に絶対にみんなの顔を思い出すだろうな。

「明日は寝坊せず帰るね~」

「あはは。無理しないでね。何かあったらまたメモを送ってよ」

「はぁい」

 電話も何も無いこの世界で、メモの送信ができるというのは便利である。カンナの提案が今後にも活かされる。

「えーと、まだ営業してるかな~」

 宿に向かう前に市場の片隅へと向かう。幸い、目当ての店はまだ営業していた。

「シロップ?」

「そう、これでねぇ、甘いカクテルが作れる」

 私の言葉にナディアの尻尾がピンと立った。可愛い。姿勢もやや前のめりになって、まじまじとシロップを見つめている。

「アルコールなしでも、オリジナルドリンクとかね。これから色々遊ぼう」

 お酒は私の収納空間に沢山あるので追加しなくていいかな。さっき検分をされたナッツ以外にもクラッカーやクッキーを持っているから、おつまみもそんなに沢山は要らない。あ、でも道中にある串焼きのお店が美味しそう。数本買って行こう。

 嬉々として串焼きを買っていると、「やっぱり食べるのね」とナディアが呆れていた。別腹。

 ポテトフライも欲しくなっちゃったので、宿近くの飲み屋でテイクアウトした。ほくほく。結局色々と抱えた状態で宿に入った。

「先にお風呂に入っちゃっていいよ、ナディ」

「そうするわ。あなたは好きに食べて飲んでいて」

「はーい」

 特にポテトフライは温かい内が一番おいしいものね。もぐ。

 そうして私が温かなポテトを食べ終え、三杯目の白ワインを飲み終える頃にナディアが浴室から出てきた。髪と尻尾を乾かしてあげてから、私もサッと素早くお風呂を済ませる。

「カクテル作ってあげてから入ればよかったね」

「いえ、温まった直後は酔いやすいから……丁度いい時間だったわ」

「そっか」

 お風呂上がりで身体がホカホカしている時に飲むと、ナディアはお酒が回り易いと感じるとのこと。そうなんだ。私は経験が無いので考えが及ばなかった。でも血行が良ければ吸収も早いよね。そういうものなのかも。

「よし。勝手にナディが好きそうなやつ作るね。試してみたい味があったら言って」

「……飲んでから考えるわ」

 味が分からないから当然である。とは言え、興味津々にシロップの瓶のラベルを見ているので「どうでもいい」とは思っていないらしい。一先ず、私の思い付くカクテルを作成し、ナディアに提供した。自分にも同じものを、少し高いアルコール度数で作る。

「おいしい」

「良かった~」

 私の存在を忘れたかのように無防備に呟かれた感想だった。気に入った食べ物や飲み物を口にした時のナディアはちょっと幼くなるので愛おしい。

 横で串焼きを頬張っている私を気にすることなく、ラベルを熱心に見つめている。言葉では少し素っ気ないのにこの反応だから、可愛いんだよなぁ。

「これ、果肉とか入れるのもありかもなぁ」

「いいわね」

 お酒にシロップ、ジュース、果肉の組み合わせ。きっと美味しいね。今は生の果物を持っていない為、また今度試そう。

 次は、もうちょっとさっぱり系にしようかな。ナディアはまだ飲んでるから自分用。一杯目をさっさと飲み干して新しいものを入れていると、途中からナディアがじっと此方を見ていた。好奇心旺盛な猫ちゃんで可愛い。抱き締めたい。

「一口飲む? 私が飲むやつだから少し強いよ、気を付けてね」

「ありがとう」

 慎重に口を付けたナディアが二つの瞬き。尻尾はピンと立ったままなので嫌な味じゃないのは分かる。

「少し酸っぱい……けど、飲みやすいわね。リコットが好きそうだわ」

「確かに、好きそう」

「おつまみが欲しくなる後味ね。塩を入れた?」

「正解。少し入れた」

 ナディアの味覚は正確だねぇ。返ってきたお酒を傾け、串焼きを頬張る。合う。うまい。

「アキラ、こっちも飲んでみたいわ」

「ほいほい」

 買ったシロップは三種類。最初に入れたやつと、私が今飲んでいるやつは味見したので、最後の一本もどんな味か知りたくなるよね。

「これは紅茶系カクテルと合う気がするんだよね~」

 カンナが一緒に居る時ならもっと美味しくできそうだが、それはまた今度に試すとして。今は私が持っている一般的な茶葉でやってみよう。アイスティーの要領で濃い目の紅茶を作ってから、氷とシロップとお酒で割る。

「ワインと合わせて美味しい組み合わせも考えたいねぇ」

「店にあった他のシロップも、気になるわね」

「だね、質も良いし、今度また買いに行こう」

 今回はあくまでもお試しのつもりだったから、三種類しか買わなかった。お店にはもっと多くの種類が置かれていたから、他の子達も連れて、好きなシロップを選んでもらうのも、楽しいかもしれない。

「結局、お酒も食事も、あなたが作る方が美味しいのだから……あなたは休まらないわね」

「いやー、喜んでくれるのが嬉しくて、癒されてるよ」

 ナディアは無言で片眉を上げた。受け入れてくれたのか、聞き流されたのか。まあいいか。

 とりあえず紅茶系カクテルが完成したのでお出しします。

「はい、召し上がれ」

 最後のシロップはアプリコットに少し似た風味のものだったから、絶対に合うと思うんだよね。

 慎重なナディアはしばしカクテルを見つめ、匂いを確認してから口を付ける。警戒心が強めな猫ちゃんの様子も可愛い。そして数秒間、味わうようにじっとしていた。

「これは早めに、カンナにも入れてあげて」

「あはは、了解」

 紅茶好きのカンナにも教えてあげたいって思える程度には、美味しいってことだね。合格を貰えてとても嬉しい。尻尾はずっとピンと上向き。愛らしいね。

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