第819話_毒見

 風鈴から発想を得て作ったガラス製のベル。元の世界ではそもそもガラス製のベル自体があったと思うけど、私の中ではこの音は、金沢にある祖父母の家で揺れる風鈴だった。

 風鈴そのものも、作って使いたい気がするが。……今じゃないよな。カンナがきっと混乱しちゃう。揺れる風鈴が音を響かせる度におろおろするカンナを想像して、くすっと笑った。

 さておき。ベルを横に避けて、脱線したせいで中断してしまった元の作業に戻る。

「あ」

 しかし、元の作業に戻って五分足らずで私は再び手を止めた。さっきから立ったり座ったりしているな。

「わすれてたぁ~~~」

 立ち上がってリビングに向かう。私の間抜けな声が聞こえていたらしい女の子達が既にこっちを見ていた。

「この間の依頼の後、みそぎ期間をすっぱり忘れてたんだけど、まだ有効? 私と遊んでくれる人~?」

「あはは、ハーイ。忘れてたんだ?」

「忘れてたぁ」

 真っ先にリコットが手を挙げてくれて、続いてルーイとラターシャも笑いながら手を挙げた。その流れでつい長女様の方を一瞥したものの、反応は無い。うん。長く見つめていると怒られそうなのでさっさと目を逸らした。小さく咳払い。

 とにかく、カンナにも告げた通り、スラン村の工事とかで頭をいっぱいにしようと現実逃避をしたせいで抜けてしまったのだと説明する。みんな、さもありなんって顔で苦笑していた。

「じゃあ今夜は、私と――」

「リコット」

 早速引き受けてくれようとしたリコットの言葉を、ナディアが半ばで遮った。まさかここにきて長女様ガードか?

 みんなの視線が集中したところで、ナディアは手に持っていた本を丁寧に閉じる。

「私が先でも構わない? もしリコットが一日すら我慢するのは耐えがたいようなら無理にとは」

「言ってない言ってない! 今回はナディ姉が先ね!」

「今夜は私で」

「あ、はい、よろしくお願いします……」

 結局ナディアも受け入れてくれるのか。首を傾けながら頷くという絶妙な動作を見せてしまった。あと、どうして今リコットは揶揄われてしまったんだろう。顰めっ面が可愛いね。

 とにもかくにも。今日がナディアで、明日はリコット、明後日が子供達みたいです。みんなありがとう。

 ただ、珍しく長女様が強引に予定を差し込んできたの、何か『お話』とかありそうで怖い。でもお誘いは嬉しい。複雑な気持ち。

「夕食は家でいいの?」

「うん、そのつもり。何食べたい?」

「……ハンバーグ」

「はは。了解」

 ナディアはハンバーグが好きだねぇ。可愛いね。今日は目玉焼き乗せてあげる。

 夕飯をしっかり家で食べるなら、外ではほとんど食べないだろうな。果実酒が多いバーにでも行くか。追加料金で二階のVIP席に通してくれる店があるから、そこなら気兼ねせずのんびり且つ安全に飲めるだろう。

 夜の段取りを考えながら工作部屋に戻って、作業を再開した。

 夕方になると、ハンバーグをみんなで作る会になる。もうみんな手慣れたものだ。

「ハンバーグの中に、チーズとマッシュポテト入れよう~」

「食べ応えある~」

 みんなが普通のハンバーグを作ってくれている横で私は勝手にそのボリューミーなハンバーグを生成した。今日はソースも三種類。色々試してもらい、それぞれ好きな味を教えてもらう。こうして好みを日々細かく調査していくのだ。

「んん~美味しいねぇ」

 ちなみに作っている私はどのソースも好きです。自分が美味しいと思うものしか作らないので。自画自賛している私にみんなは白けた顔をすることなく、噛み締めるように頷いて肯定してくれた。

「アキラ、お店は決めているの?」

「一応ね。どうして?」

 既視感だねぇ。昨日はカンナに似たような質問をされたねぇ。私の回答にナディアが少し静止。ハンバーグの咀嚼時間?

「お腹がいっぱいだからじゃない~?」

 代わりのようにリコットが応えた。その言葉を受けてもナディアがまだ何も言わないので、とりあえずそれを理由だと仮定して話を続けてみよう。

「一応、飲み物だけでも楽しめるお店にするつもりだよ。私も今日はしっかり食べてるし、つまむ程度にしたくて」

「つまむ量が多そう……」

 即座にそう呟くラターシャの横で、ルーイがくすくすと可愛く笑っている。まあ、それはね、そういうこともあるかもしれない。美味しそうなつまみがそこにあったら仕方ないよ。

 という、間抜けな掛け合いまでじっくり見守った後で、ナディアが小さく息を吐く。

「あなたの体調も不安だし、宿でもいいなら、と思っただけ。行きたい店があるなら、そちらでも構わないわ」

 えぇ。まだ不安? うーん、体調じゃなくて、精神面も含めて気遣われているのかな。ふむ。

「いいよ、君が不安になるなら大人しくしよう」

 昨日と同じ理由。不安な思いのままで飲んだって楽しくないだろうからね。ナディアが落ち着いてお酒を飲める場所の方がいいね。

「あ、カンナ、今日のナッツを持って行きたい」

「……ご用意いたします」

「いや待って、毒見する。カンナ、出して」

「へ?」

 急に真剣な顔、というか、いっそ不機嫌とも取れる顔でリコットが言った。

 唐突なことに首を傾けているのは私だけで、他の子らは疑問の色は見せずちょっと前のめり。カンナもすんなりとナッツを取り出しており、応じる様子だ。え、なんで?

 そのまま流れるように個包装の六袋が全て取り出された。一つずつ、女の子達が検分している。私は混乱している。

「変な人にもらったんじゃないよ? お店でもらったんだよ?」

 一生懸命に説明してみたが、誰も反応してくれない。全ての袋が開封されて、女の子達がいずれの袋からも一粒以上を食べていた。ご無体。カンナやナディアも参加していて、一体何がどうなっている。

「今のところおかしな点は無いね。アキラちゃん、タグは?」

「え、いや、何も出てないよ」

「私達が食べて守護石が反応していないなら、大丈夫じゃないかしら」

「あ、えと、うん、毒にも反応するから、もし本当に毒入りだったら触れる前に弾かれて飛んでくよ」

 その場合、このテーブルはナッツが散乱して大惨事だったと思う。

「もし惚れ薬だったら?」

「惚れ薬ってなに?」

 そんなもの存在しないよね? いや魔法の薬とかならあるのか?

「えーと、よく分かんないけど……精神に何か偏った作用を与える薬があるなら、それも毒に近い『攻撃』扱いだと思うよ……」

「なら大丈夫か」

 何がだよ。本当にどうしたんだみんな。

 とりあえず女の子達に無残にも全て開封されたナッツは、カンナの手で丁寧に包み直された。

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