第818話_感知範囲

 アキラについての話が終わると、次は魔力感知の方に話題は移る。

 先程リコット達が話していた内容を二人にも共有したところで改めて、感知範囲を尋ねられた理由に納得してカンナが頷いた。

「私の通常の感知範囲はこのリビングが精々で、工作部屋の奥までは届きません。アキラ様があちらにいらっしゃる時には、少し工夫をしている状態です」

「え、感知でもそんなことできるの?」

 リコットが目を丸める。『感知』とは無意識かつ自動で動いているもので、能動的に探ることは『探知』の領域となる。その為カンナが言うような『範囲を変える』という技術はリコットからすれば『探知』の類であるように思えた。

「高位魔法の『設定』と似たものですので、高位魔法が扱える者であれば容易いのですが……」

 以前、アキラが飛行魔法でリコットに教えていたのが『設定』だ。

 手動による高位魔法の発動が安定したら、半自動で動くように自らに設定できるという。リコットはまだ手動でも高位魔法を扱えていない為、その部分は習っていない。

「例えば、膝の上に手を置いた状態では、ナディアが動いてもその様子を見ていなければ分かりません。しかしナディアの肩に手を置いていれば、動いた瞬間に分かります」

「あ~、そういう感じか。置き場所を変えて、感知できる範囲を変えるんだ」

 カンナが肯定を示して頷く。また『設定』は発動時にのみ魔力を消費する為、感知の置き場所を変えた後には魔力を必要とせず、普通の感知と同じように扱える。

「じゃあ、実際の範囲が広がるわけじゃないんだね」

「はい。アキラ様を感知内に入れている場合、キッチンなどは距離的に近いものの、感知外となっています」

 納得してみんなは揃って頷いていたが、一拍して、リコットが首を捻った。

「糸のように細く伸ばしても私の感知はまだアキラちゃんまで届かないだろうから……カンナがすごいことには変わりないね」

「それもそう」

 範囲を動かすと言っても起点は自分の身体なのだから、遠くに伸ばせるだけの基本範囲が必要だ。彼女らの感知範囲はそもそもまだ狭い為、『設定』を学んだところで大きな違いは無いだろう。後学の為の質問でしかなく、カンナの感知範囲が彼女達とは比べものにならないほど広いことも事実だった。

 軽くリコットが項垂れたところで、工作部屋の奥から耳慣れない『ちりん』という涼しげな音が鳴る。

 カンナがぴくりと反応し、一瞬の躊躇いの後、応じるように歩いて行った。

 ただの開発中の音か、唐突にカンナの呼び出しとして利用したのか誰にも分からない。奥から小さくアキラの笑い声が聞こえたことを思えば、アキラは呼んだつもりじゃなかったのかもしれない。

「変わった音だったわね……」

 座ったままで、ナディアが興味津々の顔で工作部屋の方を見つめていた。しかしその気持ちは他の子達もよく分かる。今までに聞いたどの『ベル』とも違う不思議な音色だった。

「特殊な金属でも使ったのかな?」

「聞きたいのにカンナが戻ってこないね」

「音を消して扉も閉じてほしい」

「ルーイ」

 イチャイチャしているのだろうと想像したルーイの言葉に、ラターシャが少し眉を寄せて不満を伝えた。ルーイはその反応を見て満足げに笑っている。ラターシャを揶揄からかっただけらしい。

「戻りました……此方に感動してしまいました」

「え? 何それ」

「ガラス? 綺麗」

 戻ってきたカンナが手にしていた特殊なベルに、女の子達が目を瞬く。その後ろから、アキラも出てきた。

「そう、ガラス製のベル」

「初めて見た。お洒落だねー」

 ガラス製ということもあって女の子達は恐る恐る触れて音を鳴らしていたのだが。その様子を見兼ねたアキラが取り上げて床に落とし、雑に扱っても割れないことを証明していた。しかし説明をする前にまず落とすものだから、悲鳴を上げた女の子達には当然、めちゃくちゃに怒られていた。

「あった。本当だ」

「模様の中に上手に隠したんだね」

 ベルには強化の魔法が掛かっていた。デザインとして細かい模様が表面に刻まれている中に、こっそり強化の魔法陣が混ぜられている。結果、落とす程度では割れないし、女の子達くらいならば踏んだとしても問題ない。

 だとしても、床に落とすより先にそんなことは説明してほしい。ニコニコしているアキラを、女の子達がそれぞれ睨み付ける。まるで堪えた様子は無かったが。

「この音なら、ナディも不快じゃないかな?」

「心地の良い音色だったわ」

「それは良かった」

 アキラが最も気遣ったのは、音に敏感なナディアのことだ。彼女が問題ないのであれば、誰にとっても大きな問題は無いだろう。しばらくみんなのオモチャになっていたガラス製ベルを、アキラが優しく回収する。

「これからは呼び出しに使うね」

「畏まりました」

 そのまま工作部屋に戻って行ったアキラは、姿が見えなくなった数秒後に再び、扉から顔を覗かせた。

「お茶のお代わりが欲しくて思い付いたんだった。お代わり~」

「はい」

 急ぎ足でカンナが一度、カップを回収しに工作部屋に入っていく。

「……つまり結構長くお代わりを我慢してたことにならない?」

「本末転倒じゃない」

「ふふ」

 賢いのかバカなのか、彼女はいつもよく分からない。みんなが首を傾けている傍らで、カンナはキッチンに入り真剣にお茶を淹れ直していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る