第807話_確認
「――えっ、何て?」
聞き取れなかったわけじゃないのに主人が聞き返しちゃうものだから、カンナは生真面目に、同じ言葉を繰り返す。
「
聞き間違いの余地などまるで無かった彼女の言葉に、天井を仰ぐ。そういえばあの期間を設ける条件は『心配を掛けた時』だ。
「……マディス王宮に侵入したこと、になるのかな。いや待って、寝起きに騒がせたことも入る?」
正直、その程度の『心配』で条件が満たされるなら、今までも幾つかスキップしている気がする。お騒がせしている回数が多すぎるのだ。ううーん。唸る私を、カンナが気遣わしげに窺った。
「求めるつもりも、ご無理を言うつもりも無いようでした。きっとそのように悩ませてしまうことはリコットの本意ではないでしょう。……今回は私の判断で、アキラ様のお考えを確認しようと、お伝えしました」
「ふーむ」
私の負担になるなら禊期間は要らないとも、以前に言っていたからなぁ。負担だと思うことは絶対に無いし、その時にもそう伝えたが。リコットはいまいち信じてないなーと思ったんだよね。今回も気付いていたのに敢えて黙っていたのは、やっぱり、そういうことなんだろう。首を捻る私をしばし見守ってから、カンナは言葉を続ける。
「今回の依頼では体調の問題が起こらなかった為、除外されたのでしょうか?」
質問の目的は、禊期間を私に取らせることじゃなくて、設けなかった『理由』を知る為だったね。ちょっと違う方向へ行きそうになっていた思考を急いで呼び戻した。
「ううん。他のことで頭をいっぱいにして、逃避したせいだと思う。単純に忘れてた」
もしも魔法の反動で寝込んでいたとしたら、確かに、寝込んでいる間に禊期間を思い出したとは思う。でも今回は真っ先に現実逃避をしてしまい、禊期間の要否すら私の頭には無かった。他の何も考えないように躍起になっていて、すっぽりと抜けていた。
「むしろ思い出してたら寝込んでなくても、『大変だったから慰めて』って自分から言ったかもねー」
今回のは本当に怖かったし大変だったからなぁ。慰めてもらえるなら喜んで飛び込んだよ。……勿体ないことをしたなぁ。折角みんなが甘やかしてくれる幸せな期間なのに。
「今からでも、お願いしたらみんなは受け入れてくれると思う?」
「勿論でございます」
迷い無くカンナは頷くけれど、どうだろうなぁ。
ナディアは眉を寄せそうだし、リコットはご機嫌次第な気がする。子供達なら、美味しいケーキ屋を目的地にしたら、受け入れてくれるかな?
「ま、明日頼んでみるかぁ。まだ王様からの連絡はないし」
そう呟くと、カンナの表情がやや曇ったように見えた。どうしたのかなと思った一秒後、ハッとして姿勢を正す。
「ごめん、カンナだからって甘えてしまった。他の女の子を誘う話を、デート中にするものじゃないね」
「い、いえ、私から申し上げたことです」
あれ? 表情を曇らせたのはその無礼のせいじゃないのか。
でも良くないことなのは確かだ。今後気を付けよう。しかしそれなら何故この子の表情が曇ってしまったんだろう。理由を見つけ出そうと見つめれば、カンナは焦った様子で目を瞬く。話を逸らしたい時の表情だと察してしまい、悪戯心がむずむずした。
「あの、陛下からの連絡が無い件についてですが」
「デート中の女の子が他の男の話をする……」
「えっ」
珍しく戸惑いの声を漏らして固まってしまったカンナに、私は堪え切れず、笑ってしまった。普段は冷静なカンナの瞳が
「ふふ。ごめん、冗談。王様がどうしたの?」
最近ちょっと揶揄いすぎているかもしれないな。愛想を尽かされては敵わないので、この辺りにしておこう。話を戻した。
「準備や調整に時間が掛かっていることは少し考えにくいので、おそらく……」
「そうだねぇ、様子を見るって決めてる気がする。女王から言い出した可能性も高いねぇ」
きっとカンナは私と同じ予想をしていると思って告げれば、案の定、驚くような様子は見せず、神妙に頷いていた。
「ナディ達も、もしかして気にしてた?」
真面目な質問をしながら徐にカンナの腰に腕を回し、その辺りを撫でる。カンナはどちらに反応すべきか明らかに混乱して固まっていた。かわい。
どっちに反応するかな~。腰を撫でながら待つこと三秒。喉の奥だけで小さく咳払いをしたカンナは、「はい」と言った。質問の方だったね。真面目さんだ。私はそれでも撫でることを止めない。
いつもより少しだけ硬い声で、カンナがナディア達に伝えた考えを私にも教えてくれた。撫でられていることに動じないようにすると、どうしても硬くなるらしい。それもまた良い。
「あの、アキラ様」
「んー?」
「の、飲めません、ので……」
「ははは」
会話の途切れたタイミングで、腰を撫で続けている方も突かれてしまった。そうだね、撫で方が急に変わった拍子に零すかもしれないと思うと、お酒が飲めないよね。「ごめん」と言って手を離した。
「そういえば、モニカと仲良しだったって言う、オルソン伯爵のこと、カンナは知ってる?」
色気のない話ばかりで、ちょっと申し訳ないな。でも話し始めてしまったので、とりあえずこの件だけ聞いてしまおう。カンナが真面目な顔で、私に向き直った。
「我が家と爵位が同じであることもあり、社交界でもご一緒することが多く、接点は多い方でございます。ただ……」
半端なところで止まっちゃった。妙に言葉を選んでいる様子だ。言いにくいことがあるらしい。あまり突っ込まない方がいいかな。とりあえず黙って続きを待ちつつ、辛そうなら止めよう。そう思ったものの、カンナの表情は『辛い』と言うよりは、『困惑』や『呆れ』に見えた。
「ご当主様と私の父があまり友好的な関係でない為、オルソン卿の人となりについては、詳しく存じ上げないのです」
「えぇ?」
予想外の言葉が出てきて目を丸める。どちらの家もアグレル侯爵家とは仲が良かったはずだ。だから派閥違いとかは無いと思っていた。そんな私の思考を察したらしいカンナは、目を瞬いてから首を振った。
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