第806話_かき揚げ

「あ、そうだ、私、今夜はカンナと……あれ? フラられたんだっけ?」

 デートの為に外出しますと宣言しそうになったが。まだ答えを頂いていない上に、後ろ向きな返事だった気がする。私が首を傾けると同時に、カンナは「いえ」と声を挟んだ。ちょっと慌てた色だった。

「アキラ様が夜に不調でなければ、喜んでご一緒いたします」

 その返事に、思っていたよりホッとした。断られてもまあいいかってつもりだったけど、本当はカンナに甘やかしてほしかったみたい。

「ありがとう。出掛けられるように、安静にするね」

 改めて、元気だったら夜はカンナとお出掛けするとみんなにも伝えた。

「でも晩御飯はみんなで食べようか。昨日、私が不調だったせいでかき揚げも作れなかったからねぇ」

 かき揚げ、いつ作るかは明確に言わなかったものの、私としては早くに作ってあげたいと思っていた。しかし、みんなは今思い出した顔で「あぁ」と零す。昨夜は騒がせて心配を掛けてしまった為、そっちの意識は無かったみたいだ。

「明日はスラン村に納品する用の品とか、色々お買い物かな」

「買い物は私らでも出来るから、しんどかったら代わるよ。無理しないでね」

「はは。そうだね、うん、その時はお願い」

 みんなに頼んでもいいし、次の訪問まで数日の猶予があるから急いで明日に買う必要も全く無い。リコットの言う通り、しんどかったら無理しません。

 この後も時々失敗して不意に立ち上がってしまったものの。必ず女の子達が厳しい視線を向けてくれるから、すぐにハッとして座り直すことが出来た。子供達が午後にサラ達を見にも行ってくれたし、みんなのお陰で色々安心だ。

 そして夕飯の準備は、みんなで取り掛かる。楽しい楽しいかき揚げの料理教室。

「調理はシンプルだけど、これちょっと油断したらバラバラになる!」

「あはは。バラバラでも食べられるからいいよ~」

「ぐ、ぬ……」

 慰めたのに苦悶の表情で応えられた。みんなお鍋に夢中だ。でもあんまり近付き過ぎないでね。油跳ねに注意。

「そうだ。かき揚げリング作ろうかな。ちょっと待ってね~」

 唐突に一人でキッチンから抜け出して工作部屋に移動したが、夢中になっていた女の子達に声が届いていたのかは分からない。追いかけてこなかったから気付いていなかった可能性もちょっとある。

 とにかく、かき揚げを作るのに便利な道具を作ろう。私の世界じゃ百均ショップでも見るようになった調理器具。簡単な仕組みだからきっとすぐに作れるだろう。

 薄い金属板に穴をぽつぽつ開けて、筒状にして。取っ手を付ける。持ち手部分は耐熱にしないとね。よし、完璧。もう完成。

「できた~」

「あれ、なにしてたの?」

「便利なものを作ってきたー」

 私が手にしている不思議なものを、女の子達は怪訝な顔で見つめている。こういうのは口で説明するよりも実演あるのみ。

「これを油の中に沈めて、筒の中にタネを入れればいいよ。バラバラにならない」

「すごい! もっと早く作ってよ!」

「あはは。ごめん」

 筒がかき揚げの形を保ちつつ、筒に開いている沢山の穴がちゃんと油を取り込むので、生焼けになることもない。注意する点と言えば、入れる量をあまり欲張らないようにするくらいかな。

 みんなで使えるようにもっと作れと言われたので、一人でまた工作部屋に戻り、合計六つ作りました。一人一つずつ使っていいよ。鍋も三つある。

「沢山揚がったねぇ~」

「楽しくてちょっと作りすぎたね……」

 食卓には山盛りのかき揚げ。私はニコニコだけど、みんなは「こんなに食べられるかな」という不安げな顔をして、後悔を滲ませる。

「……アキラちゃん、これ全部、食べられる?」

「大丈夫だよ、いっぱい作ってくれてありがとね」

 山盛りのかき揚げなんて、嬉しくなるだけです。へっちゃら。

 一応、胃もたれ防止の副菜を沢山添えています。みんな若いから大丈夫だろうと思うけど。あと卵焼きと、鳥肉のハムも追加。大量のかき揚げはどれだけ余っても私が全部食べる。みんなはバランスよくお食べ。

「今日はこの後また飲みに行くんだよね? ……大丈夫そう?」

 普段、飲みを控えている場合、夕飯を控え目に食べているから心配になったみたい。私はかき揚げを一つ頬張ってから大きく頷いた。

「余裕。つまみは別腹~」

「また言ってる……」

 呆れた顔で笑われているが、笑ってくれるなら何でもよい。心配そうな顔よりずっといい。

 さておき、みんなで作ってみんなで食べるかき揚げは一段と美味しいね。女の子達も嬉しそうに食べていて、食卓が和やかだった。


「今夜は少し冷えますので、こちらをお召しになって下さい」

「はーい」

 ヴァンシュ山と比べてジオレンは平地だし南部の街だから温かいんだけど、今日はちょっと寒いらしい。山の夜のお散歩と同じくらい厚手の上着を着せてくれた。

「それじゃ行ってきます」

「行ってらっしゃーい」

 見送られながら、いよいよカンナとお出掛けです。うきうき。左腕に絡む柔らかで優しい手に、自然と頬が緩む。

「アキラ様、既にお店は決められておりますか?」

「ううん、候補はいくつかあるけど……どうして?」

「まだ本調子ではないでしょうから、今夜は宿泊先で過ごす方が宜しいのではと」

 ふむ。未だに私の体調が心配らしい。先程あんなにも沢山のかき揚げを平らげたというのに。

 身体は本当にもう大丈夫なんだけど。このままお店に行ったとしても私のことが心配になってカンナは楽しめないかもしれないな。応じる方が良さそうだ。カンナと二人で過ごせるなら、宿でも何処でも構わないからね。

「分かった。簡単なおつまみだけ、近くで買って行こうか」

「はい」

 ホッとした顔でカンナが頷いてくれる。正解の対応だったみたい。さておき今夜は私も腹いっぱい食べたから、別腹とは言え、少なめにしておこう。ナッツやクラッカーなら収納空間にもあるし。

 おつまみだけの買い物を終えると、カンナとの外泊でいつも使っているお高めの宿で部屋を取る。

 互いに風呂を済ませてから、備え付けのソファで乾杯。今日はワインだけじゃなくウイスキーもあります。上質なお酒と、可愛い寝間着を着たカンナ。ご機嫌にグラスを傾け始めた私は、一分後、カンナが零した言葉に目を丸めた。

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