第804話_戯れの手紙

「じゃあラブレターは何通?」

 ソファに腰を落ち着けたところで、早速の追撃。ラブレターについて何故か女の子達がめちゃくちゃ前のめりですね。お年頃かな。しかし私は明確な答えを持っていなくて、肩を竦めた。

「数えてないよ。今日は、二通がそんな感じだったかな?」

 多分ね。別に「ラブレターです」と宣言があるわけじゃなくて私が勝手にそう思っただけだから、定かではない。

「とは言え、どれも『ちゃんとしたやつ』ではないよ。気軽なやつ」

 手紙の中にどれだけ『愛に似た何か』がつづってあっても、全てはただの戯れで、本物の想いなんて入っていない。

「ねー」

 隣に居るカンナを覗き込んで同意を求めたら、彼女はぱちぱちと目を瞬く。他の子達は「カンナに同意を求めてどうする」という呆れた顔をしているけれど、私は冗句や揶揄からかいのつもりじゃなく、カンナであれば同意を得られると思っていた。その予想通り、カンナは少しの思案顔をしつつも間違いなく肯定の意味で頷いた。

「年頃の者なら……意中と言えるほどの思いが無い相手にも、そのような手紙を綴ることはございますね」

「それは、婚約者探しではないの?」

 カンナが言う『年頃の者』はきっと貴族に限定された話だろう――という認識で、ナディアが聞き返すけれど。この言葉にカンナは少し困ったように首を傾けた。

「建前としては、そうなります。ただ、『疑似恋愛』を楽しんでいらっしゃる方も一定数は……」

「ええ~、こわ~」

 リコットがドン引きしている。可愛い。

 貴族も自由恋愛が増えたと言え、平民ほど気軽にデートは出来ない。そうなると手紙での駆け引きや、愛を綴ることを楽しむ文化が発展しても不思議じゃないよね。

「恋愛って、本気の恋愛の何倍も楽しいからね。苦しくないし」

「……教育に悪い言葉ね」

「あははは」

 仰る通りだ。私は手で口を押さえる仕草をした。子供達の前で良くないねぇ。一旦、黙りましょう。女の子達が静かになった私を可笑しそうに見やったものの、視線はまたすぐにカンナへと集中した。

「カンナも、男性にそういう手紙を書いたことがあるの?」

 妙に弾んだ声でラターシャが尋ねる。カンナの恋愛事情が気になるらしい。女の子達がずっと前のめりで可愛い。

「ええと……はい、幾つかは」

 カンナは酷く戸惑った様子で、一瞬、私の近くに視線を向けた。以前「カンナが男と社交で踊る姿すら見るのは気に障りそう」って告げたせいかも。会話を止めてしまわないように、このまま静かにしていよう。私は地蔵になる。

「お付き合いした人も居た?」

「婚約者が居たことは無いの?」

 矢継ぎ早にルーイとラターシャが質問を重ねる。庶民にとって縁遠い『貴族令嬢の恋愛』は、好奇心が湧くのかもしれないな。頻りに目を瞬くカンナを見ても、引き下がる気配が無い。姉組もそんな二人を微笑ましく見つめるだけで止めようとはしない。

「……お付き合いした方は、お一人だけです。今はもうおりません。婚約者『候補』なら両親の計らいで数名いらっしゃいましたが、結局、ご縁は無いままです」

 ずっと私の方を気にしながら丁寧に回答している。きっと私が少しでも不満な顔を見せたら、カンナは委縮して黙っちゃうだろうね。努めて口元を穏やかに保った。まだ大丈夫。妬くほどのことではない。

「高位貴族の令嬢で、カンナみたいに可愛くてしっかりしてても、そんなことあるんだねぇ?」

 心から意外そうにリコットが言うと、カンナは少し照れた様子で視線を彷徨わせる。愛らしくてならないのはそういうところ。でも本人は自覚していないから、少しの間を空けて、眉を下げつつ首を振った。

「私は笑うこともできませんし、話をするのも上手くありませんから」

 何処か寂しげに呟くカンナに、リコットはやはり不思議そうに首を捻る。

「そう? 私、カンナと喋るの楽しいけどなー」

「あなたは初対面からお気に入りだったものね、カンナのこと」

 くすくすとナディアが笑った。そういえば、ものの数日でリコットはカンナのことが「好き」って言ってたかも。リコットは誰に対しても人懐っこい顔をしながら、実は誰より警戒心が強くって、多分、三姉妹の中では最後まで私のことも警戒していた。だからカンナに対してのガードの緩さは、私もちょっと意外だったし、嬉しくもあった。……私に対しての警戒心だけが特別強かったという可能性については考えないようにする。

 さておき。今のリコットの言葉はひたすらに素直でお世辞の気配が無く、カンナは返答に困っている。しかもナディアのお墨付きがあるから否定の隙間がなかった。しばらく言葉を選んだ末に、「ありがとうございます」と小さく言った。かわい。

「王命でも縁談が止められてたらしいよ。私が気に入っちゃったから」

 思い出した瞬間もう口から出ていた。地蔵だったはずなのに喋ってしまった。長く維持できない地蔵の姿。

「じゃあアキラちゃんのせい」

「王様のせいじゃない?」

「あの、いえ、それは短い期間のことで、そもそも縁談も、頻繁に頂いていたものではございません」

 慌てた様子で訂正を入れている。貴族令嬢として厳しく教育を受けてきたカンナからしたら、救世主わたしや王様に責任をなすり付けるのは恐ろしいよな。ちょっと意地悪な揶揄い方をしてしまった。「冗談だよ、ごめんね」と付け足したら、身体を縮めたままで会釈した。うーん、結局、委縮させてしまった。申し訳ない。頭を撫でよう。よしよし。今日も可愛いねぇ。撫でた瞬間に意図が変わってしまった。ちらりとナディアの視線が私に向いた為、バレている気がして慌てて手を離す。

「さて。そろそろ工作部屋に行こうかな~。見張りの人~?」

「はーい」

「私も行くわ」

 リコットとナディアに続き、当たり前のようにカンナも立ち上がったから三人が見張り。子供達はリビングでお話するらしくて留まっていたものの、多分、工作部屋をぎちぎちにしない為に引いたんだと思う。気遣い屋さんだね。私の子供達はいつも良い子だね。

「小さい方の照明魔道具だから、板のサイズは、うーんと」

 設計書を引っ張り出して、各彫刻板のサイズに記憶違いが無いかをきっちり確認する。とりあえず、魔道具四つ分くらい用意するか。板を調整したら、後は模様を転写するだけ。ほい、ほい、ほい。

「よし、出来た。あとは宜しくねー、リコ」

「ありがと。魔力も入れちゃっていい?」

「いいよ。無理だけはしないでね」

 私の言葉にリコットは目尻を下げて「分かってるよ」と柔らかく言った。まあそうだね、私にだけは言われたくないよね。肩を竦めて、私は工作部屋から退散した。

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